22-1
村に戻った次の日の朝。
私達は買ってきた鉄鋼を持って、鍛冶屋のロレンさんの工房を訪ねる。
リンの希望で、まずは包丁を作って貰う事にした。
「なかなか良い鋼だな。これなら切れ味の良い物が出来る」
渡された幾つかの鋼片を叩き合わせて音を確認したロレンさんがそう言いながら、炉の火にふいごで空気を吹き込む。
真っ赤になった炭がパチパチと火花を散らした。
「ところでさ、ファンタジー世界ならオリハルコンみたいな金属ってないのかな?」
後ろで見ているリーナがそう言う。
ロレンさんは鎚で熱した地鉄を叩き出したので聞こえてはいないだろう。
「そう言えば、道具類はだいたい鉄か青銅とかだよね。宝飾品や硬貨は金銀だし、知ってる金属しかないよね」
ユキもそう言う。
「でも、この世界の冶金技術、結構すごいよ。今ロレンさんがやってるのって『鍛接』だよ」
私はそう言う。
「鍛接?」
ユキが聞いて来る。
「二種類の鉄をくっつける技術」
「そう言えば、私達が持って来た鉄と別のを重ねて叩いてるね」
「何でそんな事するの?」
リーナとカレンがそう言う。
「私達が買って来た鋼って高かったじゃない。『鋼』って刃の鉄って言う意味でね。刃物に使えるくらい硬いんだけど、普通の鉄より造るのが難しいんだ」
「ああ、だから刃の部分にだけ使って節約するのか」
私の説明にユキが納得した様に頷く。
「それと、硬い鋼って粘りが無い分折れやすいんだよね。それを柔らかい鉄と合わせる事で折れにくくする意味も有るんだ」
「そうなの?同じ鉄でしょ?」
リーナがそう言う。
確かに同じ鉄ではあるけど、鉄は炭素の含有量によって硬さが変わる。
炭素が多いほど硬くなる。
鉄鉱石から取り出したばかりの鉄は銑鉄と呼ばれ、多量の炭素を含んでいて硬いのだが、その硬さ故に衝撃に弱く、脆くなる。
なので、熱を加える事で炭素を減らして、丁度良い硬さの鋼にする。
これが難しくて、ほとんどの炭素を抜いてしまって軟鉄にする方が簡単で、また、軟鉄の方が加工し易いから、これが主に流通している。
「ほら、乾燥パスタと茹でたパスタで考えると分かり易いよ。乾燥パスタはすぐ折れるでしょ。茹でたのより硬いのに。硬いって事は力を加えても変形しないから壊れるしかないけど、柔らかい方は変形して力を逃がせるんだよね」
「面白いな。鋼の性質を食いもんで例えるのは村長さんくらいなもんだ。しかし的は射ているな」
いつの間にか作業を一段落させたロレンさんがそう言って来る。
「へえ、そうなんだ。包丁一つでも色々考えて作られてるんだね」
リーナがそう言う。
「それこそ伝説の金属みたいな金属でもあれば、こんな面倒な事をする必要も無いのかも知れないが、残念ながら、そう言ったのは噂で聞くだけで見た事は無いな」
ロレンさんがそう言う。
どうやら断片的にだけど私達の話は聞こえていた様だ。
「無いんですか?」
カレンが聞く。
「無いな。だからこそ、伝説の金属なんだろうがな」
「うーん。硬過ぎると脆くなるなら、オリハルコンなんてのが有っても、それって結局使えないんじゃない?それより、こうやって硬い鉄と柔らかい鉄を合わせて両方の良いとこ取りした方が、良い気がしてきた」
ユキがそう言う。
「そうだな、違いない」
ロレンさんが笑う。
「さて、鍛接は終わったぜ。後は形を整えて研ぎと柄を付ける作業が有るが、全部は今日中って訳にはいかないな」
まだ赤い鍛接したばかりの鋼をヤットコで掴んで私達に見せる。
鍛接は鋼を真ん中に差し込む『割込み』ではなく、片面に張り付ける『片刃』だ。
比較的簡単な方の作り方だが、ちゃんと作っていれば切れ味に差はない。
「柄は私の方で付けます。研ぎまで終わったら、ロレンさんは鍋の方の作成に移って下さい」
私はそう言った。
鍋は軟鉄の板を叩いて作る。
刃物だけでなく、他の鉄製品も作れるのが野鍛冶のロレンさんの凄いところである。
柄付けする段階になるまではまだ時間が掛かるので、私達は別の仕事をする事にする。
「世話になってる分、何でもするぜ」
クロイがそう言う。
「じゃあ、ギリアムさん達と一緒に石垣の補修をお願いしようかな」
私はそう答えた。
村長邸の周りには侵入者避けの為に石を積み上げた壁が有るが、一部崩れている箇所が有った。
山賊の襲撃が予想されるなら、直しておきたい。
村全体を囲む壁を造った方が良い様にも思えるが、それは費用が掛かり過ぎるし、それだけ長い壁が有っても全周を守れるだけの人員が居ない。
なので、防御拠点を一つ作ってそこに村人を集めて守るのが、この辺の地方の村の主流らしい。
クロイ達の村もそう言う風になっていた。
「分かった」
クロイはそう言って、別れて行く。
彼は土魔法が使えるそうだから、土木作業には向いているだろう。
「私達はりんごの収穫をやっちゃうか・・・」
私はそう言う。
山賊の対策は必要だが、とは言え、通常の仕事を放り出す訳にもいかない。
「リンちゃんは赤ちゃんの面倒を見なきゃだし、お屋敷の方で休んでて良いんじゃない?」
カレンがそう言う。
「私だけ休んでるなんて出来ないよ。働かせて。これが有れば子供も何とかなるし」
リンはそう言って、村の人から借りたおんぶ紐を取り出す。
子供を背中に背負っておけば、両手が空くので収穫作業とかも出来ない事も無い。
とは言え、重りを背負っているので普通より疲れる事に変わりはない。
「あんまり無理しないでね。疲れたら休み休みやって」
私は彼女にそう言う。




