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スージーさんに案内されて事務所らしき部屋に入ると、サムソンさんが私達を見ていきなり変な声をあげて立ち上がった。
私達と言うか、明らかに私を見ての様な気がする。
「女の子を見て、その反応はどうなの?」
リーナがそう言う。
「ゴホッゴホッ。いや、済みません。ちょっと休憩中でぼんやりしてたんで、いきなりでびっくりしてしまいました。失礼」
何かが喉にでも引っ掛かったのだろうか、サムソンさんが咳き込みながら、そう言い訳をする。
「大丈夫ですか?今、一緒にお茶でも入れましょうか」
スージーさんがティーセットの入っている戸棚を開けながら、そう言った。
「あ、私達はエドガーさんのとこでお茶はもう十分頂いて来てるんで大丈夫です。お構いなく~」
ユキがやんわりと断る。
「あらそう?じゃあ、取り合ず座って下さいな。あ、丁度良い物が有るわね。代わりにこれでもどうぞ」
スージーさんはそう言って、サムソンさんが座っていたソファーの前のテーブルに乗っていた小箱を差し出す。
中には色とりどりのキャンディーが入っていた。
「どうも、あ、これハッカ?もらい!」
ユキが白い飴玉をひょいと口に入れる。
「うえっ、ハッカなんか好きなの?」
カレンがそれを見てしかめっ面をする。
私達は事務室の一画のソファーに腰を掛ける。
今まで一人でそこを占領していたサムソンさんは追い出される様にデスクの方に移る。
休憩中だったみたいだけど、悪い事をしたなと思う。
「それで、スージーさんは王宮でのお仕事からローゼス商会に再就職したんですか?民間に天下り?」
私達の向かいに座ったスージーさんに、リーナがそう聞く。
「そうではないわ。私の本籍は今でも王国諜報部よ。ただ、今までは事務方だったのですけど、実務部隊の方が少し手薄になったので、そちらに転籍という事ですわね」
「実務部隊?つまり女スパイですか?」
カレンが何故か興奮して、聞き返す。
「そう言う事になるかしらね」
スージーさんはあっさりと肯定する。
しかし、私達の目の前に座っているのは、一見何処にでも居る様な普通のおばちゃんにしか見えない。
こう見えて、実はスゴイのだろうか?
「スパイと言っても、お店でお客さんとお話したりして噂話とかを集めて、分析するだけですけどね」
スージーさんはそう説明した。
「え?どこかに忍び込んで、情報を手にれるとかの仕事じゃなくて?」
カレンが、少しがっかりした様な顔する。
「そう言うのって、他所の国に潜入してするんじゃないの?一応ここは自国内でしょ」
リーナがそう言う。
「そう言う仕事は専門の人が居ます。私はそう言うのには向きませんから、一般の方の間の噂話を聞くくらいですね。でも、自国内であっても市井の噂などを把握しておくのは重要なのですよ。王宮や貴族側の人間には言えない事も、庶民同士でなら話してくれる事も有りますしね」
「へえ、それで、民間人のふりをしてる訳ですか?」
ユキが感心した様にそう言う。
確かに、その為にはスージーさんの様などこにでも居そうな風貌は都合が良いのだろう。
「ええ、ここアルマヴァルトは我が国に併合されて間もない土地ですからね、一般人の全てが味方では無いでしょう。例の山賊団も元はここの住人ですし、今もつながりのある人間は何処かに居て、その噂は庶民の間で流れています」
「ああ、もしかして、エドガーさんから聞いた山賊の情報って、スージーさんが調べた物も含まれてるのか!?」
ユキが、そう言って、膝を叩く。
「確かに、少しばかりですが報告した情報は有ります。一般人、特に主婦の情報網は侮れませんわよ。そんな訳ですので、このままここの店員のふりをしたいので、私が諜報部の人間だという事は内密にお願いします」
スージーさんがそう言う。
なるほど、私達が一般の人の目に付かないここに連れて来られた訳が分かった。
「あと、皆さんの方でも気になる噂話を聞く事が有りましたら、教えていただけると幸いです」
その言葉に私達は頷く。
「私の話はこれくらいですね。では、皆さんのお買い物のお手伝いをしましょうか。なんでもお安くしますわよ・・・サムソンさんが」
「いや、待って下さい。俺はキャラバン隊の責任者であって、店の方は管轄外ですよ。支店長は所用で出かけてるから、俺一人じゃ値引きの話とかは出来ないっすよ」
スージーさんの無茶振りにサムソンさんが慌てる。
「ええと、それじゃあ、値引きはいいですから、完成品じゃなくて材料の方を売ってください。鉄・・・品質の良い鋼が有れば、うちの村の鍛冶屋さんに鍋でも包丁でも作って貰えますから・・・」
私はそう提案する。
「それじゃあ、俺が倉庫の方見て来ますよ」
そう言って、サムソンさんが立ち上がる。
少し多めに買い込んだ鋼を馬車に積み込み、私達は村に戻った。
アルマヴァルト市から村までの道は、この数か月間を掛けて整備して来たので、支障なく進める。
日が完全に沈む前には村に到着出来た。
事前の知らせが届いていた様で、山賊対策の為に護衛の四人が武装して警戒に当たっていた。
クロイとリンには元村長が使っていた部屋に入って貰う。
紫色の壁紙が悪趣味な部屋だが、離れの一軒家は大掃除をしないといけないので、直ぐには使えない。
「ゴメンねー。家族で入れる大きさの部屋ってあそこしか空いてなくてねえ」
リンに向かって、リーナがそう言う。
簡単に夕食をとった後、私達はお風呂に入って旅の汚れを落としている。
「え?広いし、綺麗に掃除されてて、もったいないくらいの部屋だよ。壁の色はちょっと派手だけど・・・」
リンはそう答える。
私達が来る前にこの村の村長だった人はかなりのやり手だったらしく、彼が建てたこのお屋敷もかなり大きくて立派だ。
私達が浸かっているこの天然温泉も女子五人で入っても余裕がある。
流石にクロイは村の共同浴場の方に行ってもらっている。
レンちゃんは、先にタライのお湯で体を洗ってあげて、メイドさん達に面倒を見て貰っている。
オリビアさんは彼女の弟や妹が小さかった頃にお世話をしていた経験が有ると言っていたので、安心してお任せした。
「赤ちゃんは可愛いけど、二十四時間休みなく育児してるとまいっちゃうんだよね。正直、少しの間でも預かってもらえると助かるわ」
湯船の中で伸びをしながら、リンがそう言う。
そうして見ると、母親じゃなくて、私達と同い年の女の子に見える。
「少し瘦せた?」
カレンが彼女に聞く。
「少しね。ご飯はちゃんと食べれてたんだけど、赤ちゃんが居るとほら、出て行く分も有るから」
リンがそう答える。
妊娠していた時は大きくなっていただろうお腹は今はシュッとしているが、胸は赤ちゃんの為に張っていた。
「あんまり見ないでよ」
みんなの注目を浴びて、リンは両手で胸を隠す。
「ごめんごめん」
カレンが謝る。
「ところで、アレはどう思う?」
脈絡が有るのか無いのか、急にユキが私の方を指差して、彼女に聞く。
ええ、ええ、どうせ私は最近脂肪が増えましたよ。
私は不貞腐れながら、視線を避ける様に湯船に沈んでいく。
「ぷにぷにしてて、なんて言うか、私よりも『お母さん』って感じがする」
リンがそう言う。
単純に太ったって言われるより、ショックなんですけど?




