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「あ、そうだ。村に戻る前に、ちょっと買い物して行こうよ。ローゼス商会がアルマヴァルト支店を出したって言ってたじゃない」
エドガーさんとの話し合いの後、領主邸を辞去したところで、リーナがそう言いだした。
今はまだ昼前だから、少しくらい寄り道しても、夜までに村には着けるだろう。
「そうだね。リンちゃん達の生活用品とかも買って行った方が良いだろうし」
カレンも賛成する。
アルマヴァルト市のメインストリートの一画に、真新しいお店がオープンしていた。
ローゼス商会はベルドナ王国を中心に周辺国に販路と仕入れ先を持つ商会だが、隣のワーリン王国には支店を持っていなかった。
それが今回、アルマヴァルト地方がベルドナ王国に編入された事で、こちらにも支店が必要になって、急遽建てられたと言う訳だ。
商会のキャラバンの拠点にもなるし、王国各地で作られた製品や外国産の物品を販売するお店でもある。
「うーん、やっぱり高いな・・・」
お店に入り、包丁や鍋などの台所用品の棚の値札を見て、リンとクロイが唸る。
今年収穫した農作物を売ったお金は山賊に奪われてはいないから、買えない事は無いのだろうけど、それでも今後色々支出は嵩むだろうから、節約はしたいみたいだ。
「お金なら私達が出すよ」
カレンがまた安請け合いをする。
「ね、良いでしょ?」
私の方を見て確認を取るだけ、まだ良いけど。
「会計係はリーナ」
私は端的にそう答える。
リーナに丸投げだけど、彼女も友達に甘いから、実質OKを出しているに等しい。
「今の手持ちは、こんだけ」
リーナがお財布を出して中身を見せる。
避難して来た村の人達に食事を提供しているので、全財産を持って来ているクロイ達に比べると少ない。
「何とかなるかな?」
カレンがそう言う。
今直ぐには農具とかは必要ないから、鍋や包丁などの台所用品を買うだけなら足りるだろう。
「そうゆうのも、うちらが使ってるの貸せば良いんだから、今はまだ買わなくても良いんじゃない?」
「それじゃあ、ナイフ・フォークとかの食器類が要るかな?」
「でも、いずれ必要になるんだから、今買っておいても良いんじゃない?」
ユキ、リーナ、カレンが商品とお財布の中身を見比べながら話し合う。
「皆さんがお相手でしたら、特別にお安く致しますわよ」
私達がワイワイやっていると、店員らしき中年女性がやって来て、そう言ってくる。
「「アレ?」」
その店員さんの顔を見て、私達は声をあげる。
何処にでも居そうなおばちゃんだけど、何処かで見た覚えが有る。
「あー!」「スージーさん!」
心当たりに思い至ったリーナとカレンが大声を出す。
カレンが名前を言ったので、私も思い出した。
そのベルドナ王国諜報部事務官、スージー・クレス女史が、人差し指を唇の前に立てて、『静かに』と注意する。
店内に他のお客も居たが、若い女性客が知り合いに会ってちょっと騒いでいるくらいにしか思っていないのか、特に気にはされない。
それにしても、王都の宮廷内にある諜報部で事務仕事をしているはずの彼女がここに居るのが謎だ。
「お時間有る様でしたら、事務所の方で少しお話しませんか?」
スージーさんがそう言ってくる。
サムソンは事務所のソファーに腰掛け、ぼんやりとしていた。
禿頭の巨漢で、少し着慣れない感じだが仕立ての良いスーツを着ている。
厳つい見た目から、裏社会の住人の様にも見えるが、今の彼の肩書はローゼス商会のアルマヴァルト方面キャラバン隊の総責任者だ。
「何でこんな事になってるんだ?」
天井を見上げながらそう呟く。
こんな見た目だが、彼はごく普通の家具職人の家に生まれた。
親の仕事を継ぐ為に修行をしていた事も有ったが、生来の手先の不器用さから諦めた。
父親の仕事の伝手からローゼス商会に丁稚奉公に入る事になる。
不器用でも体の大きさから荷物運びなどの力仕事なら出来ると思ったのだ。
それが、その見た目から会長の娘のボディガードに抜擢されたところから様子がおかしくなった。
そのボディガード中にてんこに投げ飛ばされたのが本当の転機だった様に思う。
失態ではあったが、彼はそれを会長に正直に報告した。
当然叱責されるかと思ったが、それより先に護衛対象であったエリザベートが『冷蔵庫』の修理にに必要な物資の調達を父親である会長に頼み込み、会長の興味はその『冷蔵庫』なる魔法装置に移った。
彼女自身が無事であった為に、彼の失態は有耶無耶になってしまった形だ。
エリザベートは彼女の通う学院での発表会に集中していたので、サムソンはそれを手伝いながら設計図を複写し、会長に逐一報告した。
彼は手先は不器用であったが、頭は悪くは無かった。
専門の教育は受けていないので『冷蔵庫』の作動原理は分からないが、故人だった開発者のメモや部品の外注先の伝票などを探し出し、商会の技術部門に渡す事で、その魔法装置の複製にかかわる事になる。
その功績により彼はキャラバンの一つを任される事になるが、その後もてんこ達にかかわるたびに知恵を授けて貰い、それを実行する事で商会内の評価を上げて来た。
その結果が、一地方ではあるが複数のキャラバン隊の責任者だ。
今も山賊対策になるべくまとまって運行出来るようにスケジュール調整をして通達を出したところだ。
「感謝はしてるんだが、やっぱり苦手ではあるんだよなあ・・・」
てんこ達に対する感想を口にする。
やはり、初対面の時に投げ飛ばされたのが響いているのだろうか。
仕事の間の休憩中で、口の中に入れた飴玉を舌で転がす。
彼はたばこは吸わない。
酒は最近呑む様になったが今はまだ勤務中だ。
頭を使った後なので、糖分が染み渡る。
「あら、サムソンさん、ちょっと場所をお借りしますね」
急に事務室の扉が開いて、クレス女史が入って来る。
彼女は王国のお役人らしいが、出向と言う形で少し前からこの支店で働き始めていた。
「はい、どうぞ」
だらけていた処を見られて、少しばつが悪そうに居住まいを正す。
クレス女史の後から数人の人影が入って来る。
「あ、やっぱりサムソンさん居た」
小柄な少女ユキが声を掛けて来る。
「うひゃあ!」
その後ろに女性としては長身のてんこの姿を見付けて、サムソンは驚いてソファーから立ち上がる。
やはり苦手意識が抜け切っていない様だ。




