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リンとクロイの村の村長とはエドガーさんとロリアーネさんの結婚式で初めて知り合った。
無骨な見た目通り、王国軍の元正規兵だったそうだ。
怪我が原因で除隊し、その後、アルマヴァルトの開拓に参加して来た。
古傷は痛んでいたそうだが、それよりも歳を取って、軍での激しい運動がきつくなって来ていたとも言っていた。
農作業くらいは問題無かったそうだ。
軍時代は小隊長をしていて、その指導力を買われて、村長に成っていた。
その彼の亡骸が火葬されていく。
山賊に壊された建物の廃材を村の中心の広場に集めて火が付けられ、他の亡くなった男性達と一緒に燃やされている。
村長の奥さんに取りすがって子供達が泣きじゃくっているが、彼女だけはただ静かに炎を見つめていた。
他にも炎を取り囲むように、無くなった人の家族達が居る。
私達はリンとクロイの村に来ている。
山賊達は既に何処かに行ってしまった。
エドガーさん配下の兵士が村に駐留しているし、第一目ぼしい物は粗方盗まれてしまっているので、山賊が再びやって来る可能性は低いだろう。
火が消えると、遺骨を素焼きの壺に入れていく。
墓はまだ出来ていないので、暫くこのまま保管する事になるだろう。
戦場や海賊との戦いで死体を見たことは有ったけど、これがこの世界に来てから始めてみるちゃんとした死者の弔いだった。
火葬が終わってから、私達はリンとクロイの家の片付けを手伝いに行く。
山賊に荒らされて酷い状態だった。
「鍬とか鎌とか鉄製品が根こそぎ盗られてるな・・・」
「鍋と包丁も無いわ」
惨状を見て、クロイとリンがそう言う。
食料だけでなく、そう言った鉄製品までも持って行かれている様だ。
今年の収穫物を売って得た現金等はリンが持ち出して逃げていたので無事である。
他の村人達も貴重品は持って逃げているので、そう言った生活用品が被害に遭っている。
農具や生活用品ばかり盗んで行って、山賊達は得になるのかと思うかもしれないが、この世界に於いて鉄製品はそれなりに貴重である。
この世界に来るまで私達が持っていたイメージの金銀財宝を貯め込んでいる盗賊団とかは普通存在しない。
お金の有る人はそれを守る為に十分な護衛を雇えるから、こんな場末の山賊が襲うのは護衛も雇えない旅人か、ここの様な小さな村くらいだ。
大金を手にしたのなら山賊なんて辞めるだろうし、山賊としてもギリギリの処でやっているのだろう。
とは言え、許せるはずもないけど。
それに、農民達にとっては、それらの農具や生活用品が無いのはかなりの痛手だ。
一式買い直すのにはそれなりのお金が必要である。
「それにゴメン、みんなから貰った鶏も盗られちゃったみたい」
家の脇の囲いの中を見てリンがそう言う。
鶏のものらしい羽毛と血痕だけが残っていた。
山賊が鶏に餌をやって卵を採るなんて面倒な事をする訳は無いだろうから、多分殺されて肉として食べられてしまっているだろう。
「仕方ないさ、鶏はまだうちの村に居るから、もう一度連れて来るよ」
カレンがそう言う。
「そんな、悪いよ。そっちでも鶏は必要でしょ?」
リンが遠慮する。
「そうだね、卵を産める牝鶏はそう何羽も居ないし、今居るヒヨコが大きくなるのを待って貰う感じかな?」
私はそう言った。
リンとクロイは数少ない『仲間』だけど、こちらの生活を削ってまで援助できる事にも限界はある。
「てんこちゃん、ケチ臭くない?」
カレンが私に非難の眼差しを向けて来る。
そんな目をされても、私はみんなのリーダーとして、自分達の生活を守る義務がある。
例え、それがなし崩し的に押し付けられたリーダーだったとしてもだ。
「いっそ、リンちゃん達もうちの村に来ればいいんじゃない?うちらのお屋敷、余ってる部屋が有るし、何なら使ってない離れの一軒家も有るし」
カレンと私の間の険悪な雰囲気を察したのか、リーナが間に割って入って来て、そう提案する。
「うーん、それねぇ・・・」
ユキが難色を示す。
リーナが言う様な選択肢も確かに有るが、それには少し問題が有った。
時間は少し戻る。
アルマヴァルト市で私達は戻って来たエドガーさんから話を聞いた。
「襲ったのはアルマヴァルト山賊団の様だ。食料や家財道具が盗まれている。村長宅に村の男達が立て籠もって戦っていたから人的被害は少なく済んだ」
公民館の一室で、エドガーさんが説明する。
そうは言うが、村長含め四人も亡くなっている。
それでも全滅する事に比べればマシなのだろうけど。
「食料に関しては冬が越せる分くらいは支給するつもりだ。家財道具に関しての補償は少し時間が掛かるかもしれない。知っての通り、アルマヴァルトでは今年の税収が無いからな。王国から借りている資金は使途が既に決まているし、僕やアーネの実家からも既に援助は受けていて、追加の援助を貰うのも難しい。どこか別の貴族から借入しなければならないだろうな」
そこまで言って、エドガーさんは溜息を吐く。
新興の領主様は大変そうだ。
「つまり、私達からも借りたいと?」
ユキがそう聞き返す。
今この部屋にはエドガーさんと私達四人しかいない。
リンとクロイの知り合いだとは言え、基本的には私達は襲われた村の部外者である。
その私達だけに話が有ると言えば、それが目的だろうか?
確かに今の私達は少しばかりお金に余裕が有る。
「あ、いや、そうじゃない」
しかし、エドガーさんは慌てて否定した。
「まあ、貸せない事も無いですけど、そんなには出せないですよ。私達の村でも何かと要りますから」
私がそう言う。
「いや、君達にそこまでして貰うつもりは無い。と言うか、その金は君達で使ってくれ。と言うか、君達を呼んだのはその為だ」
「えっと、どう言う事でしょう?」
私が聞き返す。
「先程も言ったが、今回村を襲たのはアルマヴァルト山賊団と言う集団だ。去年の秋頃までここアルマヴァルトはワーリン王国の領地だった。奴らは元々ここを根城にして、我が国の当時の辺境部、主にフラウ伯爵領の村々を襲っては、国境を越えて逃げて行く事を繰り返していた。国境を越えられると我々が手を出せないのを良い事にね。そして、国境が移動した今、ここアルマヴァルトを襲い始めたという訳だ。今は両軍とも新国境に張り付けていた兵の大半を引き上げているから、国境を越えて逃げるのも容易い」
エドガーさんが改めて、そう話す。
「ああ、なるほど。その山賊団の後ろにワーリン王国が居るんですね?正規軍に比べれば嫌がらせ程度だけど、こちらの国力をチマチマと削ることが出来る。表立って抗議しようにも、ただの山賊だってしらばっくれられるって寸法だ」
ユキが、先読みしてそう言った。
「確証は無いが、その通りだと思うよ」
エドガーさんが肯定する。
「そして、奴らにワーリン王国の息が掛かっているとすると、君達の村が危ない。何故なら、今や君達は双方の国に於いて有名人だからね。こちらの戦力を削る意図が有るのならターゲットになる可能性は高いだろう。その事を警告したかった」
「と、まあ、そんな話が有った訳だ。私等の村に来ると、また山賊に襲われる危険性が有るんだけど、どうする?」
リンとクロイに向かって、ユキはそう言った。




