21-1
「天高く馬肥ゆる秋って奴かな?」
りんごの収穫をしながら、私はそう呟く。
その言葉通り、りんごの枝の隙間から見上げた空は真っ青で果てが分からない。
今日は自分達の畑で、りんごの収穫だ。
りんごの品種は幾つか育てているけど、晩生のこの品種が一番数が多い。
他の品種は全て収穫済みで、山間の僅かな平地に植えた少しばかりの麦の収穫も終わっているので、この品種をもいでしまうと、今年の収穫が終わる。
収穫後にも作業は残っているけど、主な仕事はこれで最後だ。
私の名前は春日部天呼。
天が呼ぶと書いて、てんこと読む。
ここは私の名前が付いたカスカベ村だ。
一年半くらい前までは私達は普通の高校生だったのだが、神様だか世界の管理者だかの手違いで死んでしまい、この世界に転生して来てしまった。
死亡した際に前の肉体は完全に破壊されてしまったみたいで、今のこの身体はこの世界で当時の年齢と同じ設定で再構築されている。
だから、異世界転移ではなく転生と言う事になるらしい。
赤ちゃんからのやり直しでは無いから、精神的な齟齬も少なくて助かる。
そして、転生して来てなんやかんや色々有って、私は今この村の村長で、更には男爵の爵位持ちになっている。
私以外にも当時のクラスメイト全員がこの世界に転生して来た。
みんなはこの大陸の比較的文明レベルが高い地域にバラバラに出現したらしい。
その全員では無いが、そのうちの何人かと再会したり、また別れたりとかしている。
今、この村には私以外に三人が住んでいる。
「ねえ、てんこちゃん、りんごのもぎ方のコツもう一度教えてくれない?」
私に向かってそう言ってきたのはその内の一人、リーナこと夏木梨衣奈だ。
「あ、私も教えて欲しい。なんか教えて貰ったやり方でやっても上手く行かない時が有るんだけど」
ついでに聞いて来るもう一人も同じ転生者のカレンこと秋元可憐である。
二人も私と一緒にりんごもぎの作業をしている。
もう一人は収穫した実を選別して箱詰めする作業を担当している。
「え?コツって言ってもそんなに無いと思うんだけど、前に言ったみたいにツルの部分に指をかけてひねるだけだよ」
私はそう答える。
私の父親の実家がりんご農家だったので、知っていた収穫のコツを以前教えていたのだが、もう一度同じことを言う。
りんごの実を収穫する時は鋏などは使わない。
素手でも簡単にもぎ取ることが出来るので、片手でもいで、反対の手に持った手籠に入れていく。
これが一番効率が良い。
「うーん、それで上手く行くときも有るんだけど、なんかそうじゃない時も有るんだよね」
「ええと、ちょっとやってみて・・・」
「・・・こうかな?」
リーナが枝にぶら下がるりんごの実をもぎ取ろうとする。
片手で、実を包み込む様に持ち、人差し指をツルの部分にかけて横にひねる。
最終的に枝側とつながっているツルの先端部分でポキリと小さな音がして取れるのだが、それまでに何度かぐりぐりと無駄な動きをしている気がする。
「ああ、それちょっと違う」
私はそう言う。
「え?どこが?」
「うーんとね、リーナは横に捻りながら、りんごを下に引っ張ってる。そうじゃなくて、上に持ち上げる様にすると良いよ」
私はそうアドバイスをする。
手早く収穫をしようと下に引っ張っているのかも知れないけど、実はそれでは上手く行かない。
ツルと枝の接合部は少し膨らんでいて、時期が来るとそこから分離するのだが、りんごが完熟するまでは簡単に離れない様になっている。
「つまり、離れ易い場所ではあるんだけど、簡単に離れても困るから、重力が掛かる方向には強くなってるんだ」
私はそう言いながら、枝に生っている別のりんごに手を掛ける。
「だから、下方向に引っ張るとかえって取り難くて、逆にすると、ほら、指を掛けなくても簡単に取れる」
上に持ち上げて逆さまにする様に、くるりと回転させるとりんごの実は呆気なく枝から離れた。
「つまり、『押して駄目なら引いてみな』って事?いや逆か、引っ張って駄目なら押してみなって処か?」
私の実演を見て、カレンが納得したみたいだ。
「ああ、なるほど。でも、最初からそう教えてくれたら良かったのに」
リーナが少し不満そうにそう言う。
「ごめん。でも、自分で当たり前だと思ってる事って、わざわざ教え様とは思わないモノみたい」
私はそう言った。
「おーい!休憩にしよう!」
私達がそうしていると、遠くから別の女の子が声を掛けて来る。
この村に居る四人の転生者の最後の一人、ユキこと冬野由紀だ。
「紅茶はアップルティーを淹れて来ました」
空のりんご箱を椅子とテーブルにした即席のお茶会場にうちで雇っているメイドのオリビアさんが紅茶とお菓子を並べて行く。
前から私達のお世話をしてくれていたベテランメイドのヴィクトリアさんが王都の方に行っているので、彼女がここでの新しいメイド頭だ。
村娘から雇っている他のメイドさんも、一緒に収穫作業を手伝って貰っている。
更には私達の護衛のギリアムさん達四人も仕事をしている。
彼等は元はこの地方全体の領主であるエドガーさんが私達に付けてくれた人達だが、私達が独立した領主に成った時、元の主人の所に戻ると言う選択肢も有ったのだが、彼等の主体性に任せた結果、全員この村に残ってくれた。
なし崩し的にみんなのリーダーに成った私が男爵の地位を貰った事により、この村の徴税権とそれと共に有事の際の兵役の義務も負う事になったから、彼等の様な戦闘技能を持った人が居てくれるのは助かる。
彼等がエドガーさんの所に戻ると言っていたら、別に兵士を雇う必要が有った。
まあ、ギリアムさんはメイドのオリビアさんとつき合っているらしいので、彼はここに残ってくれると思っていた。
他の三人も、もしかしたら村の誰かと良い感じになっているのかも知れない。
りんごの収穫と選別・箱詰め作業は私達女性陣が行って、それを倉庫まで運んで仕舞い込む作業を男性陣にお願いしている。
この国で仲買や王都などの別都市への輸送をしているローゼス商会が直ぐに持って行く分もあるが、一部は私達で貯蔵しておいて、春までかけて少しずつ市場に出したりもする。
今の時期は他の地方でもりんごの収穫が行われていて、市場には沢山出回っているから値段はそんなに高くはない。
時期をズラす事で高く売れたりする。
品種によって長期保存が可能なりんごの特性と、十分な生産量を誇るここアルマヴァルト地方だから出来る販売戦略だ。
「わあ、チーズケーキだ!」
オリビアさんが作って来てくれたおやつを見て、リーナが喜ぶ。
エドガーさんの奥さんのロリアーネさんの実家のファーレン伯爵家に長い間勤めていた元メイド頭のヴィクトリアさんがみっちり仕込んだ様で、新しいメイドさん達も十分な料理の腕を得ている。
みんなでりんご箱に座り、おやつを食べる。
チーズケーキはしっかりと火を通したベイクドで、どっしりした感じの食感で食べ応えが有る。
アップルティーは少し前に収穫した別の品種の皮と芯の部分を煮出して使っている。
酸味と香りが強い品種で、お菓子やアップルティーには最適だけど、あまり長期保存が出来ない品種だ。
香りが強い品種はどちらかと言うと、賞味期限が短い。
香り成分が抜け易くて、かつ、自身が放出したその中の或る成分によってりんごは更に過熟して行くのだ。
と言っても、切ったり火を通したりしないうちは生のままの実からそんなに匂いが出る訳では無いので、収穫して一ヶ月くらいは美味しく頂ける。
「あ、そうだ、マーサちゃんにもおやつあげないと」
急に思い出して、私は収穫したりんごの中から傷付きの二級品を数個持って、彼女の所に持って行く。
マーサと言うのは最近うちで飼い始めたお馬さんの事だ。
馬車を引いて、収穫したりんごを倉庫まで運ぶ仕事をしてもらっている。
黒毛のマーサと名付けられた牝馬で、その名の通り黒毛で、そして結構大きい。
普通の軍馬と大型の農耕馬の合いの子だそうだ。
軍馬は武装した騎士を一人だけ乗せてなるべく早く走る事を目的とするので、それ程の巨体は必要が無い。
逆に農耕馬は重い荷物を運んだり、鋤を曳いて土を耕したりする為の馬なので、足の速さは二の次で、体格は大きければ大きいほど良い。
「マーサちゃんて言うか、どう見ても黒王号だろ」
ユキがそう言う。
良く知らないが、昔の漫画に出て来る馬の名前らしい。
「本格的な農耕馬よりは身体は小さいみたいだけど?」
「そうだよ、まだ若いし、その子も乙女なんだから」
リーナとカレンがそう言う。
真っ黒な毛並みのせいで遠目には怖そうに見えるが、近くに寄ると優しそうな表情をしているのが分かる。
少し前に借りた馬に乗る事が有ったのだが、その一件で騎士を名乗るなら馬は必要だと思って、買う事にしたのだ。
騎士なら普通の軍馬の方が良いのだが、どうせなら畑仕事とかにも使える方が良いだろうと言う貧乏性が出てしまい、この子を買ってしまった。
ちょっと大き過ぎて背中に乗るのに苦労するけど、前に乗ったジルヴァと同じくらい従順な子で、買って良かったと思う。
「天高く馬肥ゆる秋って奴か」
私のあげたりんごを美味しそうに食べるマーサを見て、ユキがそう言う。
「でも、知ってる?この言葉って、昔の中国で北方の騎馬民族がスタミナを付けた馬に乗って略奪にやって来るから気を付けろって意味なんだってさ」
続けて彼女はそう言った。
「へえ、そうなんだ。でも、乙女としてはやっぱりその言葉で気になるのは自分の体重かな?」
リーナがそう言う。
そこで何故か、みんなの視線が私に集まった。
太ももとか二の腕あたりに視線が突き刺さっている気がする。
「ねえ、てんこちゃん太った?」
カレンがそう言う。
「うなっ!!」
いきなりの暴言に、私は変な声を出してしまう。




