20-10
時間は少し戻る。
森の中で怪我をしたザビーネさんに応急処置を施して、救助を待っていた時だ。
「獣臭くて美味しくない上に、喉が渇くわね」
豚の脂身を骨折しているのとは別の方の手に持ち齧りながら、ザビーネさんがそう言う。
「済みません。非常食はこれしかないです。水筒も空になってるし・・・」
私はそう言って、辺りを見回す。
「あ、木苺が有ります」
藪の中に小さな赤い実を見付ける。
膝枕の上に寝かせていた彼女を、一度地面の上に座らせ、私は木苺を取りに行く。
木苺の木は近場には一本しかなく、少量の実しか採取できない。
森の中を探し回ればもっと沢山収穫は出来るのだろうけど、ザビーネさんを放っておいて行く訳にもいかないので、ここで採れるだけの木苺を摘んで、彼女の所に戻る。
喉の渇きを癒すほどの量は無いが、無いよりはマシだろう。
全部をザビーネさんに渡す。
「足りないわ」
十個に満たない木苺を受け取り、案の定、彼女はそう言った。
「近くにはもう無いみたいです」
私はそう答える。
「そう、なら仕方ないかしら・・・」
ザビーネさんはそう言って、渡された実の半分を食べ、残った分を私に返してきた。
「・・・ええと、全部食べても良いですよ」
私はそう言った。
「いえ、採ってきて頂いた物を独り占めなど、私のプライドが許しません」
ザビーネさんがそう言うので、私は残りの木苺を受け取る。
数個の木苺程度では食べたところで喉の渇きは癒えないけれど、ほんのりとした甘みと酸味が気持ちを少しだけ和らげる。
食べ終わると、少し間、沈黙が訪れる。
「まだ腕が痛いわ。横になって良いかしら?」
沈黙の後、ザビーネさんがそう言う。
「あ、はい」
私はまた、膝枕を貸してあげる。
「・・・この勝負、貴女の勝ちかしら?」
また少し沈黙が続いてから、ザビーネさんがそう言った。
そう言えば緊急事態で、思考から抜け落ちていたけど、今私達は勝負の最中だった。
「ええと、この場合引き分けって言うか、不測の事態ですし勝負は無しになるんじゃ?」
私はそう言う。
「私は怪我をして動けないですし、放っておいて行けば、貴女の勝ちになるのだから、そう言う事で良いのでは?」
ザビーネさんがそう言う。
ついさっきまで、あんなに勝ちにこだわっていたはずなのに、急に諦めた感じになっている。
「でも、ちゃんとゴールした訳でもないですし・・・」
なんて答えて良いのか分からず、私はそう言う。
「やっぱり貴方、チャーリー殿下との婚約に乗り気ではないのね?」
「え?いえ、その・・・」
いきなり自分の心の中を言い当てられて、私はしどろもどろになる。
「・・・ええと、何て言うか・・・私としては、王子とか関係なくて、誰が相手だったとしても、当分は結婚するつもりは無いって言うか・・・」
色々迷ったけど、私は本当の処を話す事にした。
「そうね、ノアのお姉さんのディアナさんの様に女性でも独身で仕事に生きる人生も良いかも知れないわね。あなた自身が爵位を持っているのも都合が良いでしょうし」
ザビーネさんはそう言ってくれたけど、私自身はディアナさんの歳までとか、一生独身でいるかとかは分からない。
ただ、今はその時期じゃないと思っているだけだ。
元の世界に居た時はかなり先の事だと思っていたし、こっちに来てこっちの結婚適齢期が早い事を知っても、それでも実感は無かった。
とは言え、彼女にそんな事を話してもしょうがない。
「・・・ええと、ザビーネさんはノアさんやヴェルガーさんと結婚する気は無かったんですか?」
代わりに私は、別の気になっていた事を聞いた。
「・・・あの二人は同い年ですから、小さい頃から知ってはいましたけど、かえって幼馴染みたいなものですし、そんな感情はあまり抱きませんでしたわ。私の方が家格が上なのもありましたし・・・それに今更ですわ」
ザビーネさんが、そう答える。
確かに、二人は既に別の人と結婚してしまっているから今更なんだろう。
ザビーネさんは少し遠い目をする。
多分、昔の三人が子供だった頃の事でも思い出しているのだろう。
「そ、それはともかく、貴女、殿下との婚約をするつもりは無いのに、私との勝負を受けたのは何故かしら?」
私の視線に気付いたのか、ザビーネさんは少し顔を赤くしながら話題を元に戻してきた。
「え、ええと、なんて言うか、王様とか王子様のお兄さん達とか、周りが勝手に盛り上がっちゃって、断れない雰囲気になっちゃったって言うか・・・」
私は慌てて、そう答える。
「それに、チャーリー王子が・・・ああ、ええと、これは言って良いのかな?」
「何かしら?そう言われると気になりますわね。支障が無いのなら言ってくださいません?」
焦った為に思わず口に出した言葉に、彼女が目を光らせる。
私は少し迷ったが、結局全てを言ってしまう事にした。
今回の茶番劇とか色んな事が面倒になってしまったのもある。
最終的には王様が何とかしてくれると言う保証が有ったのも大きかった。
「そう。貴女が勝負に勝って、最終的に全てを反故にするつもりでしたのね。そこまでする程、私との婚約が嫌でしたとは」
私の説明に、ザビーネさんは少なからずショックを受けた様だ。
「いえ、別にザビーネさんが嫌と言う訳では無くて、多分あの王子様は束縛されるのが嫌みたいな感じだと・・・」
「無理にフォローしてくれなくても良いですわ、私の方が大分年上なのは承知しておりますし」
私はフォローを入れるが、あまり上手くはいかなかったみたいだ。
「ですが、それを知ってしまうと、今まで舞い上がっていた自分が恥ずかしいです」
落ち込む彼女に私は何と言って良いか分からなくなる。
そんな私の様子に気付いたのか、ザビーネさんは口を開いた。
「貴女が気に病む必要はありませんわ。そうですわね、知ってしまった以上、私も婚約者に固執するほど厚顔無恥ではありませんので、やはり、貴女に勝ちを譲った方がよろしいでしょうか?そうすれば、チャーリー殿下からの報酬も貰えるでしょう?ああ、でも、そうすると、貴女の経歴に婚約破棄されたと言う汚点が付きますわね。どうした方が良いのでしょう?」
「それは大丈夫です。勝負の結果にかかわらず、王様の方から婚約自体無くしてもらえる約束は貰ってますから。報酬の方も料理勝負でのレシピを教えた事で王様の方から十分貰えるから、別に王子様から貰わなくても良いし・・・」
そこまで話して、私は少し考えた。
「・・・ザビーネさんも私も辞退する事になって、結果、王子様も婚約を先延ばしに出来て、みんな丸く収まる感じになるのか・・・」
「そうなりますわね」
「でも、なんか・・・なんか、すっきりしない」
「と言いますと?」
ザビーネさんに聞かれるが、私は上手く言葉に出来ない。
膝枕の上から私を見上げる彼女がフッと笑った。
「そう言えば、私達がこんな大変な目に遭っていますのに、当事者なのに一人だけ何の被害も受けていない人が居ますわね」
「ええと、それって?」
「貴女、本当にお人好しですわね。勝負の相手である私を助けてくれたり、自分を利用しようとする人に怒りもしないなんて」
そこまで言われて、私は彼女の言わんとする事に気付いた。
そして、言葉に出来なかったもやもやの正体にも気付く。
「少しは怒っても良いのですわよ」
「・・・そう言われると確かにムカついてきた」
「ではこうするのはいかがかしら?・・・」
ザビーネさんが悪戯っぽく笑い、一つの提案をしてきた。




