20-9
少し高い丘の上から戦場を見下ろしていたユキだが、自軍があまりにもあっけなく逆転したことに驚いていた。
「これは・・・てんこちゃん達のお陰?それともアレックス王子の功績かな?」
今回の模擬戦では特に複雑な作戦を考えてはいなかった。
全体の人数も少なく、戦場も狭いので、教科書通りに大部分の部隊は正面からぶつかり、少数の遊撃隊が両脇から攪乱すると言うだけの布陣だった。
ここ最近有名に成って来た新参の女男爵を使い、上手く攪乱できれば良いだろうと言うだけの作戦だったが、これが何故か上手く行ってしまった。
最初の内は相手方もその作戦を読んでいた様だが、半ばゴリ押しで押し切った感じだ。
「ゴリ押しだけど、それを何とかする現場の指揮官が凄いのかな?」
ここまでの展開を見て来て、ユキはそう呟く。
相手の攻勢を粘り強く耐えていたのもそうだが、後から合流した増援部隊を上手く受け入れ力を合わせて、ビルタン伯爵の部隊を押し返した兵達も良く訓練されていると思える。
てんこの部隊の動きに即興で合わせて援護した他の遊撃隊の動きも慣れたものだった。
本陣で参謀をしているユキだったが、彼女自身は特に指示は出していない。
経験豊富な将を現場に配置して指揮を任せたのが上手く行った。
『実際の戦争でも王様が前に出ないで現場に丸投げしてるから、そう言うのは得意なのかもね』
口には出さずに、ユキはそう思う。
「不味いですな。こちらの増援は間に合いませんな」
側面から迫る遊撃隊に不要な反応をして崩れたビルタン伯爵の部隊を見て、アルフレッドはそう言う。
てんこ達の部隊はビルタン伯爵の部隊を引き付けた後はまともに戦う事無く逃げに徹している。
「そうだね。一度崩れると増援が行っても抑えるのは無理だ」
別段慌てた様子もなく、冷静にブルーノ王子が応える。
「増援を戻して、本陣で迎え撃ちますか?」
「いや、一度勢いのついた相手に抵抗するのは無理だろう。潔く負けを認めようか」
アルフレッドが次善の策の提案をするが、ブルーノはあっさりと諦めた。
本陣に掲げられた自軍の旗を部下に言って降ろさせる。
降参の合図だ。
「ずいぶんとあっさり諦めますね?例の件で国王陛下に認めて欲しかったのでは?」
アルフレッドが聞いて来る。
その質問にブルーノはただニヤリと笑うだけだった。
ブルーノ王子が旗を降ろして負けを認めた事で、模擬戦は私達赤組の勝利で終わった。
これで、今回の演習も終了となる。
撤収して、王都やそれぞれの領地に戻る旅程も訓練の一環ではあるが、それは明日からの事だ。
今夜は打ち上げみたいな感じで、王家の振る舞いでご馳走が出る。
「あれって、牛の丸焼き?」
リーナがソレを見て、指差す。
大きな焚火の上に丸太を渡し、足を縛られた牛が逆さになって丸ごと一頭焼かれている。
豪快な料理だ。
牛は王様が地元の牧場から買い上げた物だそうだ。
演習でかなり牧草地を踏み荒らしているから、その分の補填としても高く買っているらしい。
「でも、あんな大雑把なやり方じゃ、中まで火が通らないんじゃない?」
ユキがそう言う。
内臓は取り出しているが、それでもかなり分厚い肉だ。
「ケバブみたいに外側の焼けたところからどんどん削って食べてくスタイルなんじゃないかな?」
リーナが言う。
「ケバブは薄切りのお肉を重ねたのを焼いてるから良いけど、丸のままの牛だと最後の方は骨が邪魔になるんじゃない?」
尚もユキが疑問を口にする。
「ケバブとか言うのは知らないけど、あれは最初の内は肉を削いでみんなに分け与えて、途中からは火から降ろしてちゃんと解体してもう一度焼き直すよ」
私達を案内しているルカさんが説明してくれる。
私達は野営地の中を通り、王城の方に向かって歩いている。
掃除が終わった王城では、今回の個人戦や模擬戦で活躍した人を表彰する事になっている。
金品での報酬は無いが、お褒めの言葉くらいは貰えるらしい。
私達も一応模擬戦では活躍した事になっているらしい。
実際は私達は攪乱をしただけで、決着はアレックス王子が付けた様な物だけど、それでも私達も呼ばれている。
と言うか、呼ばれている理由はそれよりも別の事だろう。
「例の有耶無耶になってるザビたんとの勝負の件でだろ」
ユキがそう言う。
「そうだろうなあ・・・」
ザビーネさんとは話し合って、どうするかは決めているけど、それでも私は気が重い。
王様や王子様達と言った偉い人達の前に出るのはやはり苦手だ。
「さっさと済ませて、戻ってきたいよな」
「そだね。牛の丸焼き残ってると良いな」
カレンとリーナがそう言う。
牛の丸焼きの他にも大鍋で何かを煮込んだりとか色んな料理の準備が進んでいる。
野営地の方は身分の低い貴族や兵士達が無礼講でワイワイやってるけど、王城の方には偉い人達が集まっているに違いない。
「ユーノ男爵、カスカベ男爵、今回の模擬戦での活躍、見事であった」
王城の謁見の間で、私達は王様からお褒めの言葉を貰う。
あの遊撃隊は私達とノアさん達の混成部隊だったので、一緒に王様の前に並んでいる。
正面の王様の周りには三人の王子や、お偉い大臣達も居た。
王妃様とベルダ姫は今日のお昼過ぎくらいに遅れて到着している。
「有難きお言葉、身に余る光栄です」
ノアさんが頭を垂れて、感謝の言葉を返す。
こういう事になれていない私は、慌てて彼の真似をした。
たどたどしく言葉を発するが、ノアさんが一緒じゃなかったらそれも怪しかっただろう。
彼が居てくれて良かったと思う。
私達は後ろに下がり、次の人達が表彰されていく。
私とノアさんだけ前に出ていて、リーナ達の所に戻る。
「緊張して上手く言えませんでした。ノアさんが居てくれて良かったです」
戻ったところで小声で、彼にお礼を言う。
「いや、礼を言うのはこちらの方だ。しがない男爵の俺が活躍する事が出来たのは、君達の知名度と判断のお陰だったからな」
ノアさんがそう言ってくれる。
無骨な笑顔がまぶしい。
表彰が続き、ビルタン伯爵も表彰される。
「最終的に負けたとは言え、模擬戦前半での戦いぶりは見事であった」
「・・・有難うございます」
負けた白組でも活躍した人は表彰されるらしい。
ビルタン伯爵は苦々しい声で、応えた。
表彰されたとは言え、模擬戦では負けているので、例の件での意見は言い難いのだろう。
個人戦と集団戦それぞれの優秀者の表彰が全て終わると、王様に代わってアレックス王子とブルーノ王子が前に出て来る。
「さて、知っている者も居ると思うが、今回の演習ではもう一つの勝負が行われていた」
「我等の弟チャーリーの婚約者を決める勝負だったのだが、不測の事態で勝負は無効になってしまった」
王子達が話し始める。
チャーリー王子の婚約者決定戦の主催者はアレックス王子である。
やっぱり、この話が出て来るか。
それにしても、国の対外政策では意見が割れているはずなのに、この二人、何と言うか仲は悪くない様に見える。
自分にかかわる話なので、ビルタン伯爵の後ろに居たザビーネさんが王子達の前に出て来る。
もう一方の当事者だから、私も出て行かざるを得ない。
さっきもそうだが、こう言う偉い人達の注目を浴びる状況は本当に勘弁して欲しい。
「三本勝負で共に一勝一敗だった処、三本目の乗馬勝負が流れた訳だが、もう一度同じ種目で勝負するか、それとも別の種目にするかだが・・・」
ブルーノ王子が状況を説明している中、ザビーネさんが私の方にチラリと視線を送る。
「その件に関してですが、私の方からお願いが有ります!」
こんな状況で声を出したくは無いけど、私は裏返った声で、話し始めた。
予めザビーネさんと打ち合わせていた事を、言い出す。




