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春日部てんこの異世界器用貧乏  作者: O.K.Applefield
20章
184/215

20-8


 足止めの為に自己犠牲精神を発揮したノアさんの部下はリタイアになった。

 木刀で何箇所も打たれた彼は戦死判定になる。

 他にも包囲して叩いた際に反撃された二人も脱落になったので、私とリーナ、カレンとノアさんともう一人だけになる。

 半減とまではいかないが、戦力はかなり減ってしまった。

「今、治癒魔法を掛けます」

 リーナが、脱落者三人に声を掛ける。

 防具を着けていたとは言え、木刀でしこたま殴られたので痣に成っているかもしれない。

「それは、俺達がやっておく。こっちにも治癒術師ヒーラーは居るからな。てんこ殿達は直ぐに次の行動に移るべきだ」

 リーナを制止して、マックスさんがそう言ってきた。

「良いんですか?」

 私が聞く。

「問題ない。模擬戦だからな。脱落判定になった同士なら、敵も味方も無いだろう」

 マックスさんがそう言ってくれる。

「組が違うから表立って協力は出来ないが、これくらいは良いだろう」

 照れ隠しなのか、斜めの方を向いて、さっさと行けと言う感じで手を振る。

「有難うございます」

「有難い、恩に着る」

 ノアさんも、お礼を言う。

「で?これからどうする?」

 続けて、聞いて来る。

 私は少し考える。

 なんとかマックスさんの部隊には勝ったけど、私達は三人脱落して五人になってしまった。

 攪乱の為の遊撃隊とは言え、この人数では出来る事は少ない。

「もう一部隊、引き付けるのが良いとこかな?」

 カレンがそう言う。

 丁度、前の方から白組の別の遊撃隊がこちらに向かって来ている。

 見た感じ向こうの方が人数も多いし、こちらはさっきの戦いで疲れているから、今度は私達の負けになるだろう。

 私達一部隊で、二部隊の行動を一時的にでも封じれるなら、それで十分だと言えるかもしれないが、でも、それだけじゃ、物足りない。

「どうせ玉砕するなら、もっと大物相手が良いな」

 正面の遊撃隊から視線を逸らし、私は周囲を見回す。

「大物と言うと?」

 ノアさんが聞き返す。

「白組で一番強そうなとこは?」

「ええと、一番偉い侯爵家か、それとも正規軍の部隊とかかな?」

 リーナが答える。

「士気が高いと言うか、勢いの有るところなら、やはりビルタン伯爵のところだな」

 ノアさんがそう言う。

 さっきも少し見たけど、やっぱり模擬戦なのにどうしても勝ちたがっているあそこが、他より気迫が違う。

「よし、ザビーネさん家のとこを挑発しよう!」

 私はそう言う。

「いや、この人数で百人は居る伯爵家の相手は無理だろう?それに、正面の戦線には他の白組の部隊も居る」

 ノアさんが反対意見を言った。

「まあ、何処相手にも勝てそうにないから、そう言うのもアリか?」

「模擬戦だし、痛い事される前に降参すれば問題ないかな?」

 カレンとリーナが、そう言う。

「流石に、真正面から突っ込んだりしないよ。挑発するだけで良いんだ」

 私はそう言う。

「それはそうだが、果たして上手く釣れるか?」

 やっぱりノアさんは懐疑的だ。

 確かに人数を減らした私達なんか、普通は無視する処だろう。

 でも、私達はマックスさん達の部隊を撃破した。

 同数の相手に割と短い時間で勝てている。

 思い付きの包囲戦が運良くハマっただけなんだけど、勝った事で周りの目が私達を意識しているのが何となく分かる。

 小さな勝利だけど、私達は一つの勝ちを得た。

「ええと、上手く釣る為には目立つ必要があります。こ、声を出していきましょう」

 私はそう提案する。

 そうは言ったものの、私自身は大きな声を出すのは苦手だ。

 根っからの陰キャだからだが、その点カレンは元運動部で、大きな声を出すのは慣れている。

「良し分かった。みんな!!行くよー!!」

 私の意図を理解した彼女が腕を振り上げ、声をあげる。

 男の人の野太い声が多い中で、カレンの声は戦場に良く響いた。

 続いて、リーナやノアさん達も声をあげる。

 更にはリタイアした人も雄叫びを上げた。

 その中にはマックスさん達、元敵方の人達も含まれる。

 リタイアになると、その後戦闘には参加できないけど、声を上げてはいけないと言う決まりはない。

 少しグレーだけど、ルール違反ではないだろう。

 兎に角、これで、戦場の空気が少し変わった。

 そして私達は再び走り出す。

 目指すは主戦場のビルタン伯爵の部隊。

 私達に迫って来ていた白組の遊撃隊はまだ少し距離が有ったので、無視した。

 無視されて怒ったのか、私達の後を追い掛けて来る。

 何か叫んでいるので、私達は更に注目される。

 お互い自分の足で走っているので、スピードに大きな差はなく、中々追い付かれない。

 それを見た、他の白組の遊撃隊も私達に進路を邪魔しようとやって来る。

 更には味方の遊撃隊が私達を進ませようと援護を始める。

 遊撃隊同士の混戦が巻き起こる。

 その中を縫って、私達は走る。

「思った以上に上手く行ってる」

 私はそう呟く。

 多分、アルフレッドさんの指示だと思うが、白組の人達は私達を必要以上に意識しない様にしている雰囲気はあった。

 でも、そう言われると、かえって気にしてしまうのが人の性だ。

 そして、一つ状況が変わると、あらかじめ出されていた命令は忘れられてしまう。

 孫氏の兵法に『将は軍に在りて、君命も受けざる所あり』と言うのが有る。

 要はあらかじめ出されていた命令も現場の判断で臨機応変に破っても良いと言う話なのだが、白組にとっては今回はそれが悪い方に出た感じだ。

 そして、それはビルタン伯爵の部隊にも起こった。

 彼等は何としても勝ちたい、出来ればなるべく派手な戦果を挙げたいという意識が強すぎた。

 そこに、みんなが注目している私達の部隊が迫って来たものだから、一も二も無く飛び付いた。

 勝ち筋が見えていたのに、いや、見えていたからこそ更なる戦果を狙って私達の方に部隊を割いた。

 私達は五人しかいないのだから、小隊の一つで十分なのに、三分の一近くの戦力を差し向けて来る。

 多分、彼等の部隊は三分隊に分けられていて、それが最小単位だったのだろう。

 戦闘中に分隊を更に分ける暇は無かっただろうし、いっそ、五人程度の遊撃隊は無視するのが最善手だったはずだが、それだけの余裕が無かったみたいだ。

 人間、勝利が目前に迫ると、視野が狭くなるのはしょうがない。

 だが、好事魔多しって奴だ。

 ビルタン伯爵にとっては不幸でしかない。

 戦線の横から迫る私達に戦力を割いたそこに、アレックス王子の増援部隊が正面から到着する。

 今まで正面の赤組を押していたビルタン伯爵の部隊は、あっという間に逆転され、瓦解した。


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