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春日部てんこの異世界器用貧乏  作者: O.K.Applefield
20章
183/215

20-7


「例のカスカベ男爵の部隊がこちらの部隊を下した様だ」

 ブルーノ王子が渋い顔でそう言う。

 少し小高い丘の上に張られた白組の本陣から、模擬戦の様子を見下ろしている。

「対処はしなくて良いのかな?」

 傍らの参謀役に聞く。

「問題は有りません。一部隊を抜くくらいは想定の範囲内。近くに居る別の遊撃隊が対処するでしょう」

 白組参謀のアルフレッド・ベルフォレストがそう答える。

「そうなのですか?あれは貴方の甥であるロナルド・ベルフォレスト卿を出し抜いて、ワーリン軍を撃破したと言う別名鍋被りの魔女ですよ」

「別に彼女等だけで全軍を撃ち破った訳では無い。それは、この国の将兵全ての手柄でしょう。確かに彼女達、特にあのてんこ殿は若い女性でありながら肝の据わった処はあるが、だからと言って、特段強い訳では無い。今は特定の部隊に注目するよりも、全体を見通すことが重要です」

 ブルーノ王子の言葉に、アルフレッドは冷静に返す。

「では、特に追加の命令は出さずに、このままで良いと?」

「そうですな。ビルタン伯爵等の部隊が相手を押し込んでいます。このまま行けば、正面突破できるでしょう。イレギュラーが無ければこちらの勝ちです。ここで彼女等の部隊に必要以上の戦力を投入すると、勝ちつつある正面の戦力まで崩れかねない。聡明な殿下であれば、ご理解できましょう」

 アルフレッドは、王族ではあるが自身より遥かに年下の相手に、慇懃に答える。

「ワーリンの賢者殿に聡明などと言われると面映ゆいな。だが確かに、お互いの戦力が同じであるならば、余計な所に戦力を割いた方が負けるが道理か」

 ブルーノ王子がアルフレッドの説明に頷く。

 こちらも年長者とは言え新参の子爵の縁者程度に対して、必要以上に丁寧な態度である。

「ご明察に御座います」

 アルフレッドが首を垂れる。

「ふむ・・・しかし、ワーリンの賢者殿も意外に堅実な戦法を採るのだな」

 ブルーノは再び戦場に視線を戻してそう言う。

「奇策を御所望でしたか?」

「いや、あくまでこの模擬戦は訓練だ。教科書通りの戦術で構わない」

 王子の言葉に、アルフレッドも頷き、戦場に目を戻す。

 模擬戦であるが故に仕方の無い事だが、本来の戦場で両軍が全く同じ戦力である事はほぼ無い。

 お互いが真正面から馬鹿正直にぶつかる事もである。

 実戦であれば、敵を有利な地形に誘い込むなり、相手の士気を挫く手段を講じるなり、もっと時間があるのなら味方の兵力を増やすなり、幾らでもやり様が有るのだが、それらが出来ないのでは、軍師としては片腕を封じられた以上の状態だ。

『言っても詮無き事か。まあ、それはあちらも同じではあるがな』

 アルフレッドは声には出さずに、そう考える。


「おう、てんこ殿が敵の部隊を抜いたぞ!」

 戦場の逆側でアレックス王子が、感嘆の声をあげる。

「それは良いんですけど、メインの部隊が押されてきてますよ。ルカさんやヴェルガーさんの部隊が何とか頑張って押さえてるけど、それ以外の部隊は崩れそうだ」

 隣に立つユキがそう言う。

「それは不味いな。しかし、てんこ殿が何とかしてくれるのではないのか?」

 王子が聞く。

 赤組の軍師と言うか参謀はユキの他にも居るのだが、何故か彼女が王子に助言する事になっていた。

 経験豊富な将は前線の部隊に着いて現場で指揮を執っている。

「そうなって欲しいとこだけど、てんこちゃんの部隊に敵部隊が集中してくれないから無理かも。こっちの思惑がバレてる感じだ。名軍師って言われるだけあって、やっぱりアルフレッドさんは手強いな」

 爪を噛みながら、ユキがそう言う。

「君もバリス公国で海賊相手に名軍師ぶりを発揮したのではないのかね?」

 王子がそう聞いて来る。

 彼女達が行ったアルフレッド氏亡命作戦はその一部始終が報告書として上げられている。

 それにはワーリン王国潜入の前段階の出来事も含まれている。

「規模が違いますよ。それに、あの時は事前に色々準備出来たから勝てたけど、こう言う準備無しのイコール・コンディションじゃ出来る事なんて、多くは無いっす」

 ユキがそう言う。

「それもそうか。そうなるとやはり勝利の鍵は気合か?」

 王子は落ち着きの無い感じでその場で足踏みをしながら、そう言う。

 それを見て、ユキが苦笑する。

「そうっすね。王子様が前線に出れば士気は上がるかも。予備戦力は残しておきたいけど、前線を突破されるのは不味いし、本陣の守備の半分くらいなら出しても良いかな・・・?」

「良し、分かった!近衛一番と二番隊、俺に続け!残りはこのまま本陣の守備だ!」

 ユキが言い終わる前に、アレックスが叫び、走り出す。

「右翼が特に押されてます!そっちの救援に行ってください!」

 走り去るアレックス王子の背中に、ユキが声を掛ける。

 王子は振り返らずに、走りながら木刀を持った右手を挙げて応えた。

「しっかし、血の気の多い王子様だな」

 前線へと走って行く兵士達を見送りながらユキが溜息を吐く。

「さて、こっちに合わせて向こうも予備兵力を出してくるかな?・・・出してくるだろうな。向こうの方が優勢なんだから、変な事をしないでこっちに合わせるだけで良いんだし・・・」

 独り言を言いながら、ユキが再び戦場を見回す。

「・・・アレ?」

 彼女は戦場に小さな変化を見付けて、妙な声を出した。

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