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春日部てんこの異世界器用貧乏  作者: O.K.Applefield
20章
182/215

20-6


 模擬戦は二つの組に分かれて戦い、相手の本陣を奪取した方が勝ちと言うルールで行われる。

 一方は第一王子のアレックス王子が、もう一方は第二王子のブルーノ王子が総大将として率いる。

 王様と第三王子のチャーリー王子は審判役をする。

 王国軍と各貴族家は両陣営に大体同じ戦力になる様に振り分けられている。

 それぞれ千人程度の人数が居る。

 実際の戦争では多数の農民兵や傭兵が駆り出されるからこれより一桁も多い人数が動員される事になるが、今回は模擬戦なので、王国軍と貴族の領兵の職業軍人だけの戦いになる。

 戦場バトル・フィールドもそれに合わせて、見える範囲の牧草地だけだ。

 昨日の集団訓練の様に隊列を組んだ両陣営が正面からぶつかる。

 得物は槍を模した木の棒を使い、お互いをバシバシ殴り合う。

 鎧はちゃんとした本物を身に纏っているので、死ぬことは無い。

 それでも当たり所が悪いと大怪我をしてしまうので、そこは暗黙の了解でお互い手加減をする事には成っている。

 手加減はしているけど、集団で棒で殴り合うのは私達の様な女の子にはやっぱり怖い。

「うひゃー、あっちじゃなくて良かったわ」

 その様子を見て、カレンがそう言う。

 私達は正面からぶつかる人達を見ながら、彼等を迂回する様に草原を走っている。

 私達は主力部隊ではなく、攪乱を目的とする遊撃部隊の役を担っている。

 この部隊は私とリーナとカレン、それとノアさんとその従者達がメンバーだ。

 体力の無いユキは本陣で参謀役をしている。

 遊撃隊は機動力重視でフルアーマーじゃないけど、そこそこ重い防具を身に纏って走るので、かなりの運動量である。

 実際の戦場の縮小版という事なので、高速で移動できる馬の使用は禁止になっている。

 自分達の足で走りながら、敵軍の側面や背後を突ける隙を狙う。

 もちろん、出来るのなら敵本陣を急襲して決着を付けても良い。

 私達はアレックス王子が大将の赤組で、相手はブルーノ王子率いる白組だ。

 向こうの参謀にはベルフォレストさんの叔父さんのアルフレッドさんが付いているはずだ。

 流石に、私達の動きを警戒して、向こうも遊撃部隊を出してきた。

「予定通りだな」

 私の隣を走りながらノアさんが言う。

「いえ、ちょっと予定と違うかな?」

 私はそう答えた。

「と言うと?」

「本当ならもっと沢山の人数を引き付けたかったけど、こっちと同じくらいの数しか来てないです」

 これまでに色々有ったお陰なのか何なのか、私達はフラウリーゼの魔女として結構有名に成ってしまっている。

 だから、向こうも警戒して大人数を出してくると予想していたのだが、そんな事はないみたいだ。

 大人数が釣れたら私達はなるべくその人達を引き連れて逃げ回り、相手方の有効な戦力を減らすつもりだった。

 その隙に本隊が数の有利を生かして、押し切る予定だったのだが。

「流石アルフレッドさん。私達を過大評価しないで、必要十分な戦力だけを回してきてる」

 わざと目立つ為に、私のトレードマークになってしまっている鍋を被っているのに、無駄に成ってしまった。

「どうする?」

 リーナが聞いて来る。

「しょうがない、何とかあの部隊を抜いて、もう一回過大評価してもらおう」

 私はこちらに迫って来る白組の遊撃部隊を指して、そう言う。

 双方複数の遊撃部隊を用意しているので、私達の部隊だけが活躍する必要も無いし、せめて二部隊くらいを引き付ければ上出来だろう。

「あんまり張り切って怪我してもしょうがないしね」

 リーナもそう言う。

 実際この模擬戦に勝っても公式には褒美とかは出ない。

 過去には勝った方にちょっとした褒美を出していた時期も有ったらしいけど、それで張り切り過ぎて事故が起こった事も有ったので、今はそう言うのは無くしたそうだ。

 今は純粋に訓練の一環で、隊列や部隊運用の確認の為だけに行われている。

 勝って得られるのは名誉だけで、大部分の人は真面目にやってはいるが、ムキには成っていない。

 ただ一部の人はそうじゃない。

 対外拡大路線派の人達はその名誉と発言権の為に必要以上に張り切っている。

 正面からぶつかり合っている主力の一角で、一際気を吐いている人が居る。

 目立つ豪華な鎧を身に付けているその人はザビーネさんのお父さんのビルタン伯爵だった。

 軍配の様な物を振るって、前線で戦う部下達を少し後ろから叱咤激励している。

 ザビーネさんとはそこそこ険悪な雰囲気は無くなったが、それはチャーリー王子の件でだけで、それはそれこれはこれである。

 こちらの陣営にも王様からのお願いでなるべく勝とうとしている人達は居るが、ちょっと押され気味になっている。

「来るよ!」

 カレンが注意喚起をする。

 視線を前に戻すと、敵の遊撃隊が眼前に迫っている。

「げ、マックスさんだ」

 敵部隊の中に見知った顔を見付けて、私は思わず唸る。

 ベルフォレスト家の従者でエラさんのお兄さんである。

 少しの間だが一緒に旅をした事が有って、私達の手の内もある程度知ってしまっているから、やり難い相手だ。

 彼を寄越すと言う事はアルフレッドさんも本気の様だ。

 マリーさんには手加減無用って伝えたけど、ベルフォレスト一族、本当に容赦なしだ。

「包囲して叩きましょう!」

 私が仲間のみんなに指示を出す。

 私とノアさんの部下の一人が右へ走る。

 リーナとノアさん他二人が真ん中で止まり敵部隊を迎え撃つ。

 カレンともう一人が左へ向かった。

 半包囲の状態にして、囲んで叩く戦法だ。

 鶴翼の陣の小さい版だと思っても良い。

 対抗策としては向こうもバラけてマンツーマンの様な形にするか、敢えて固まったままでバラけたこちらを各個撃破するかだ。

 マックスさんの取った策は後者だった。

 正面のノアさん達を無視して、私の方に進路を変えて来る。

 やっぱりだが、目立つ格好をしている私が最初の標的になる。

 向こうの人数も私達と丁度同じ八人だが、それだけの人数が殺到してくると流石に怖い。

 槍代わりの長い棒ではなく、機動性重視の為に木刀を手に持っている。

水球魔法ウォーターボール!!」

 迫る一団に牽制の水魔法を撃つ。

 魔法の使用は安全の為に低レベルの風魔法と水魔法に限って許可されている。

 もちろん威力は無いので、ちょっとした足止めにしかならない。

 撃ったらすぐ逃げる。

 私も木刀を手にしているが、これでまともに男の人と打ち合う気はない。

 それは以前に青山鋼雅コウガと戦った時で懲りている。

 私とノアさんの配下の一人をマックスさん達が追い掛けて、それをリーナ、カレンとノアさん達が更に追う。

 私達が先に追い付かれたら負けだが、逆にマックスさん達が追い付かれたら包囲された形になるので、こちらが有利だ。

 私が立ち止まって足止めをすれば良いのだが、八人相手では一瞬で負ける自信がある。

 しかし、私の隣を走っていたノアさんの配下の人が急に足を止める。

「ちょっ!」

 私は思わず声を出す。

 どうやら自己犠牲の精神で一人でも足止めをするつもりの様だ。

 一瞬考えるが、私は足を止めなかった。

 どうせ、模擬戦だから死ぬ訳ではない。

 そう思うと、あっさり見捨てられる。

 仁王立ちでマックスさん達を迎え撃った彼は、多勢に無勢で何発か木刀で打たれる。

 防具を着けていてもアレは痛いだろう。

 しかし、その甲斐あって、ノアさん達が追い付いて敵部隊を包囲する。

 流石に私も足を止めて、包囲の一端に加わる。

 マックスさん達はお互いの背中を守る様に円陣を組んで迎え撃つ。

 木刀での打ち合いが始まった。

 マックスさんが結構な腕前なのは知っていたが、ノアさんも負けずに強い。

 互角の様に見えるが、マックスさん達は狭い場所にひしめいているので、仲間同士が邪魔になって上手く動けない。

 私とカレンが少し距離を置いたところから、水魔法と風魔法でチクチク牽制するのも鬱陶しそうだ。

 意外なのはリーナで、水魔法での攻撃も出来るが、魔法の杖での打撃攻撃も得意としている。

 護身用に取ったと言う棒術のスキルが役に立っている様だ。

 木刀よりも長いリーチを活かして、相手の手足に打ち付ける。

 人数は同じでも包囲の状態に成った事で、こちらの優位は決まっていた。

 他の人達よりも一段上のレベルで打ち合っていたノアさんとマックスさんが、鍔迫り合いの状態になる。

 その横からリーナが、マックスさんの肩のあたりを杖で軽く叩いた。

 一瞬生じた隙にノアさんは鍔迫り合いを解き、木刀をマックスさんの喉元に突き付ける。

「まいりました」

 マックスさんが木刀を放して両手を上げる。

 模擬戦なので、相手が行動不能になるまで攻撃はしない。

 その代わり、自分の不利を悟った方は潔く降参するのがルールになっている。


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