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春日部てんこの異世界器用貧乏  作者: O.K.Applefield
20章
180/215

20-4


 ザビーネさんが私の膝の上で目を覚ました。

「ここは・・・?、痛っ!!」

 寝ぼけた感じで起き上がろうとするが、右腕の痛みに顔をしかめる。

「動かないでください。小さな傷は治しましたけど、私の治癒魔法じゃ折れた骨までは治せませんから」

 私はそう言って、彼女を再び寝かせる。

 私は道の脇の斜面になっている所の下で、地面に座り込んでザビーネさんを抱える様にしている。

 落馬して地面と言うか茂みの上に落ちる時、彼女は一応受け身を取っていた様だったけど、その衝撃を受ける為に突いた右手を骨折していた。

 ザビーネさんが顔をしかめる。

 痛みの為もあるのだろうけど、競争相手である私に助けられた事にプライドが傷ついているのもあるのだろう。

「放っておいて、先に進めば良かったのではなくて?」

 拗ねた様な目付きで私を見上げて、彼女はそう言う。

「そう言う訳にもいかないですよ。あの熊がまた戻って来るかも知れないですし」

 私はそう答える。

「そうですわ!あの熊はどうしましたの?」

「何とか追い払っておきました」

「そう・・・馬は?」

「ザビーネさんのは逃げて行ってしまいました。私の方の子は手紙を持たせて助けを求めに行ってもらってます」

 念の為に紙と筆記用具を持って来ていたので、熊に襲われた事を簡単にしたためて馬具の隙間に挿んで、ジルヴァを放してやった。

 頭の良い子だから、スタート地点の王子達の所に行ってくれるだろう。

 私達がここに居る事を知らせる為に、折り返し地点で貰った赤いハンカチを上の道の木の枝に結んでおいてある。

 ザビーネさんを抱えて道に戻ることも出来なくは無いが、怪我人を無理に動かすのは不味いと思ったので、ここで応急処置をした。

「もう少し待ってれば、王子様達が助けに来てくれると思いますよ」

 私のその言葉に、ザビーネさんは少し考え込むような顔をする。

「・・・」

 私の膝枕に頭を乗せたまま、彼女は暫し無言になった。

「そうだ、何か食べます?」

 沈黙に気まずくなって、私は自分の腰のポーチをあさる。

 食料や調味料を入れてあったリュックサックは置いて来たが、最低限の非常食は持って来ている。

「こんな物しかないですけど・・・」

 私は豚の脂身の味噌漬けを取り出す。

「あまり美味しそうではありませんわね・・・」

 それを見たザビーネさんが文句を言う。

「美味しくは無いけど、体力回復の為には食べた方が良いと思います」

 確かに、脂っこくて食べ難いけど、カロリーだけはある。

 漬けている味噌はいつものハーブ入り味噌だ。

 普段は私達の口に合わないハーブだけど、臭み消しにはなるのでお肉などを漬けるのには合っている。

「・・・分かったわ」

 私が拳大程の脂身の塊から一口分を切り出した物を渡すと、ザビーネさんは渋々受け取る。

 私も一切れ口に入れる。

 ハーブのお陰で大分マシだけど、獣臭さが幾らか残っている。

 味噌の塩味と旨味で食べれないことは無いけど、やっぱり非常食だ。


「おーい!そこに居るのか?」

 森の中で暫く待っていると、道の方から声を掛けられる。

「ここでーす!」

 私が呼び掛けに答えると、数人の男の人達が藪を掻き分けて降りて来る。

 見覚えのある男性が先頭でやって来た。

「ザビーネさんが怪我をしています。治癒術師ヒーラーは居ますか?」

 私が彼に状況を伝える。

「分かった。おーい、治癒術師ヒーラー!!」

 ノアさんが後続に声を掛ける。

 彼はディアナさんの弟のノア・ユーノ男爵だ。

 ユーノ家の当主である彼も今回の演習に参加している。

 ディアナさんとは髪の毛や瞳の色が同じだが、顔はあまり似ていない。

 それでも肩幅が広くがっしりとした体形で、ワイルドな感じのイケメンだ。

「てんこちゃん、大丈夫!?」

 ノアさんを含む男の人達の後ろからリーナとカレンがやって来る。

 心配して、捜索隊に加わってくれた様だ。

「私は大丈夫。ザビーネさんが骨折してるみたいだから、治してあげて」

 治癒魔法を得意とするリーナにお願いする。

「申し訳ありませんが、お願いいたします」

 私の膝枕で安静にしていたザビーネさんもそう言う。

 これまでと違って殊勝な態度だ。

「どうしたの?なんか仲良くなってない?」

 治癒魔法を発動させているリーナの隣から、カレンが私に聞いて来る。

「まあ、ちょっとね」

 私は曖昧に答えた。

 周りを見回すが、ユキは来ていない様だ。

 駆け付けてくれた時間からして、みんな馬に乗って来た様だけど、ユキは二人乗りで誰かの後ろに乗るのも苦手にしていたから、留守番をしているだろう。

 ノアさん達はそこら辺から切り出した木の枝とマントとかの布で即席の担架を作り始めていた。


「済まない。コースの下見が不十分だった様だ。熊が出るとは思っていなかった」

 野営地に戻ると、アレックス王子が私とザビーネさんに謝って来た。

「しょうがないですよ。私達は昨日ここに来たばかりですし、熊が出るなんて分からないでしょう」

 私はそう言う。

 責任問題になって、コースの下見をした人の首が飛んだりしたら寝覚めが悪い。

「そうだな。王城の留守役からもこの近辺に熊が出るとの話は上がっていなかった。昨日今日辺りに山から下りて来たのだろうな。この件で誰かの責任を問うつもりは無い」

 王子がそう言う。

 私は周りを見回す。

 私達がレースに出る前と同じように、剣や槍の個人競技をしている人達が居るが、その数は半分くらいになっている。

 ヴェルガーさんとルカさんの姿も見えない。

 私達の捜索に出ているのだろうか?

 でも、まだ戻って来る気配はない。

「有志を募って熊狩りをしてもらっています。流石に放っては置けないですからね」

 私の疑問に気付いたのか、ブルーノ王子がそう言う。

「二人も無事・・・では無いが、戻って来たのだから、俺も、もうそっちに行って良いだろう?」

 そわそわした感じで、アレックス王子がブルーノ王子に聞く。

 さっきから気になっていたけど、片手に長い槍を持っていたのは、自分も熊狩りに参加したいかららしい。

「責任者である兄上にはここに居て欲しいのですがね。まあ、お嬢様方の安否が確認出来たのですから、良いのではないでしょうか?」

「良し!俺が二人の仇を取って来るぞ!」

 言うや否や、自分の馬に飛び乗り森の方に駆け出す。

「あの血の気の多さはどうにかなりませんかね?」

 ブルーノ王子が嘆息する。

「あのう・・・それで、僕の婚約者の件はどうなったのかな?」

 今まで口を開かなかったチャーリー王子がそう言ってきた。

「さあ?仕切り直しをするにしても、兄上が戻ってから決めるしかないでしょう」

 ブルーノ王子が冷淡な口調でそう言う。

 私とザビーネさんが顔を見合わせる。

 ザビーネさんがほんの少しだけ意味有り気な笑みを浮かべた。

 そのまま何も言わずに、それぞれの野営地に戻って行く。

 ザビーネさんの乗っていた白馬は、折り返し地点まで逃げて、そこに居た係の人が捕まえてここまで連れて来たそうだ。

 ジルヴァは私のお使いを果たした後、ファーレン家の野営地で先に休んでいる。


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