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春日部てんこの異世界器用貧乏  作者: O.K.Applefield
20章
179/215

20-3


 道の脇から出て来た大きな熊に、ザビーネさんが乗っていた白馬は驚いてつんのめる様に急制動する。

 予期していなかった動きにザビーネさんは前方に投げ出される。

 幸いなのかどうなのか、馬が身を捩ったお陰で、宙を舞った彼女の身体は真っ直ぐ硬い道の上ではなく、道の脇の藪に落ちた。

 落馬の衝撃が藪で吸収されたのは良かったが、その先が斜面になっていて、ずり落ちて行く。

「キャー!!」

 下生えの草木をガサガサと押しつぶす音と、ザビーネさんの悲鳴が響く。

 急停止した白馬は、踵を返して熊から遠ざかる様に逃げ出す。

 騎手の重荷が無くなった彼は、一目散に私とジルヴァの横を抜けて走って行った。

 熊は逃げる白馬は追わずに、道の脇に落ちて行ったザビーネさんの方に向かおうとする。

 マズい。

 藪がクッションになっていたとしても、彼女が怪我をしている可能性は高い。

 もし無事だとしても、ザビーネさんが熊を相手に出来るとは思えない。

「ジルヴァ、行ってくれる?」

 私は自分の乗る馬に話し掛ける。

 馬は臆病な生き物だ。

 普通はザビーネさんの白馬の様に、熊を前にしたらすぐに逃げ出すのが当たり前だ。

 だが、ジルヴァは私の言う事を聞いて、そのまま走り続けてくれる。

「本当に良い子だ」

 黒い大きな熊はザビーネさんを追って道の脇へと行こうとしていたが、迫って来る私達に気付いて、こちらを迎え撃つ様に後ろ足で立つ。

 熊の大きさは私がこの世界にやって来て直ぐの頃に対峙した奴と同じくらいだ。

 こっちに来てから私は二匹の熊を倒している。

 三匹目にもなれば、もう慣れたものだと思うかもしれないが、実は私は内心焦っていた。

 前二回は十分な準備をしていたが、今回は完全に予想外の遭遇だ。

 一番マズい点は槍を持っていない事だった。

 前回は長い木の棒の先に短剣を括り付けた即席の槍を使ったが、あれが有ると無いとでは大きく違う。

 勿論乗馬中にそんな邪魔なものは持っていない。

 それでも私は最低限の護身用に腰に挿していた短剣を鞘から抜く。

 以前持っていた短剣はワーリン王国に潜入していた時に川に落ちて無くしてしまっているので、これは村の鍛冶屋のロレンさんに新しく作ってもらった物だ。

 前の奴はこの世界に来た時の初期装備として神様?がくれた私専用の物だったので、とても使いやすかった。

 これはそれになるべく近くなる様に注文して作って貰っている。

 製造の時は私も手伝っているので、私の手に良く馴染む様になっている。

 私は熊の手前でジルヴァを止める。

 立ち上がった熊は人間並みの高さが有るが、私は馬の背に乗っているので見下ろす形になる。

 体重的にも馬の方が重い。

 それでも熊の方が鋭い牙や爪があるので、強いだろう。

 何と言っても向こうは肉食もする雑食性で、自分より大きい鹿を狩ったりするのだ。

 それが分かっているのだろう、熊は私達に襲い掛かって来る。

 私にも分かる。

 今の私の装備ではこの熊を倒すことは出来ない。

火球魔法ファイアー・ボール!!」

 私は熊に向かって、三点連射で火魔法を放つ。

 高レベルの魔法使いなら一撃で相手を火達磨にも出来るのだが、私の魔法は色んな種類を使える代わりに各魔法の威力が小さい。

 低レベルの魔法を連射する事も出来るが、それには魔石による魔力供給が必要だ。

 あいにく、今はその魔石を持っていないから、三連射が精一杯だ。

 一発毎の威力が低いので、熊の分厚い毛皮の表面を少し焦がす程度の効果しかない。

 だが、私は最初から目くらましが目的だ。

 熊は一瞬怯んで、立ち上がった状態から前足を再度地面について少し後ろに下がった。

 そこに目がけて、私は手にした短剣を投げつける。

 元クラスメイトで私達と同じ転生者の青山鋼雅コウガが得意にしていた投げナイフの真似だ。

 短剣と言っても、ナイフよりは大きく重いので、投げるのに力が要る。

 馬上の私の方が高い位置に居るので、投げ下ろす事で威力を上げる。

 お陰で、分厚い毛皮を切り裂いて、熊の肩の辺りに突き刺さる。

 熊は痛みに驚きその場で転がる。

 突き刺さった短剣が傷口から抜けて、地面に落ちる。

 ただ、致命傷には程遠い。

 それでいて、私は唯一と言って良い自分の武器を手放してしまっている。

 魔法は使えるが、それは短剣に比べてほとんど有効打にはならない。

火球魔法ファイアー・ボール!!」

 それでも、私はもう一度魔法を放つ。

 熊は慌てて火球から身をかわす。

 さっきはこの魔法で目くらましをされた後に、訳が分からない内に痛い目を見ているので警戒している。

 私はなるべく余裕が有る様に見える様に、ジルヴァの背中から悠然と熊を見下ろした。

 心臓がバクバクしているが、それは表に出さない。

 私の意図を理解しているのか、ジルヴァも鼻息を荒くして、熊を威嚇する。

 少しの間、逡巡していたが、スッと熊はこちらに背を向けて森の中に帰って行く。

 私は警戒しながらその姿を見送る。

 藪を踏み分ける音が聞こえなくなるまで待って、私はようやく大きく息をついた。

 なんとか私のハッタリに引っ掛かってくれたみたいだ。

 今までに何度か有ったが、大事なのは相手に勝つ事では無くて、自分と知り合いの安全を確保する事だ。

 道の脇に落ちて行ったザビーネさんが居なければ、私はとっくに逃げていただろう。

「こんなんばっかりだな・・・」

 ジルヴァの背中から降りて、投げ付けた短剣を拾いながらそう言う。

 それから、ザビーネさんが落ちて行った辺りを覗き込む。

 藪が深くて、姿は見えない。

「大丈夫ですか~!?」

 声を掛けるが、返事はない。

 気絶しているのかも知れない。

 私は短剣で藪を切り開きながら、道の脇に降りて行く。


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