19-7
次の日の朝。
秋も深まって来ているので、早朝は冷え込む。
私達はテントから這い出してきて、高原の朝靄の中、朝食を作る。
支給された麦は粒のままのものと粉にしたものが半々だったので、今回は粉の奴をパンにする。
生地を寝かせる時間は無いので、水を加えて練った小麦を、そのまま油を軽く塗った鍋で焼いて、無発酵パンにする。
発酵で膨らんでいないので、ふわふわのパンにはならない。
代わりに薄く伸ばした生地にして、かみ切り易い様にする。
見た目的にはナンである。
「塗る物は、ジャムとバターが有るよ」
私は自分のリュックから幾つかの調味料を取り出す。
旅をする時はいつも私が鍋と食料の運搬係だ。
「ハムをスライスしてと・・・あとは新鮮な野菜が欲しい所だけど、高いからなあ」
ユキがそう言う。
今この野営地には私達の様な演習の参加者だけではなく、その参加者に色々な必需品を売る商人も居る。
王都から移動販売店に改造した荷馬車で付いて来た商人や、地場の食品を売る地元の人達だ。
貴族や軍人達が不足した物を買っている。
特に地元の人達は私達にはなかなか手に入らない生鮮食品を売っているから、結構、強気な値段を付けている。
「買えない事は無いけど、ちょっともったいないかな・・・」
リーナがそう言う。
私達は本来この演習には参加する必要は無かったので、その分の出費は予定に無かった。
「本当なら、今頃は村に帰ってる頃だからな・・・」
カレンもそう言う。
「そこら辺の食べられる草でも採って来る?」
私がそう提案した。
「それはちょっと、他の人の目が有るしねえ」
「直ぐに演習が始まるから、そんな暇とかも無いだろ」
リーナとカレンがそう言う。
「何日も野宿する訳じゃないんだから、少しくらいの栄養バランスの乱れとか、問題無いか。有る物を食べておこう」
ユキが、そう言った。
結局、バターを塗ってハムをのせたパンと、ジャムを塗った物をそれぞれ一切れずつ食べた。
食事が終わると、演習が始まる。
まずは牧草地の真ん中に集合して、整列したり、行進したりする。
まんま、学校の運動会の様だが、実はこれが大事な訓練なのだそうだ。
運動会と違って、重い鎧を着込んだ上に武器も持っているので、かなりの体力が要るが、それ以外にも重要な目的が有るらしい。
ヴェルガーさんや他の人達にも聞いた話だが、この世界の戦闘は主に槍による集団戦だそうだ。
古代ギリシャの密集陣形程では無いが、ある程度固まった兵士達が互いの左右を守り合いながら戦う。
一部が突出したり遅れたりすると戦列が乱れて不利になるので、指揮官の命令に沿って規律正しく動く事は重要である。
実際の戦争に於いては槍兵の多くは農民兵が担うが、彼等に教える為にも上位の騎士達がその動きを覚える必要がある。
騎士とは王国に仕える上級戦士を指す言葉だ。
貴族の男爵とか伯爵とかとは別に定義されている。
王様直属の兵士であれば爵位を持っていなくても騎士だし、貴族の当主もその配下も騎士である。
ただし、貴族の当主でも、軍務に就いていないと騎士とは呼ばれない。
例えば女当主とかで、こう言った演習とか実戦に参加しない人は騎士では無いが、その配下で武器を取る人は騎士と呼ばれる。
あとは、高齢で軍役に就けないとか、先代が早世してまだ子供の内に跡を継いで戦場に出れない貴族の人も騎士ではない。
つまりは昔の日本の侍と同じ感じだ。
大名も将軍に仕える侍だし、下っ端の武士も侍ではある。
侍と違うのは女性でも騎士を名乗れる事だ。
体力的には男性に劣るが、魔法が使えれば女性でもそれなりに戦闘力が有るからだ。
私も一応は女男爵だが、今回みたいに演習に出ているので、騎士の称号は名乗って良いらしい。
ただし、これはここベルドナ王国での話で、別の国に行くと国毎に微妙に違うらしい。
ともかく、数千人規模の騎士達が太鼓やラッパの合図で一糸乱れず動く光景は中々の壮観だ。
本当は私達もあの中に居て動き回らなければいけないのだが、午後にはザビーネさんとの乗馬の勝負が有るので、王様の計らいで、少し離れた丘で練習させてもらっている。
ルカさんから借りた茶色い毛並みの馬に乗って、丘の上を駆け回る。
「よーしよし、良い子だ、ジルヴァ」
軽く走りながら、首筋を撫でてやる。
ジルヴァと呼ばれるこの子はファーレン家が連れて来た馬の中で一番素直な馬だそうだ。
もっと足の速い馬も居たが、私の力量に合わせて乗り易い子を貸してもらった。
丘を一回りして、リーナ達の居る場所に戻る。
私のサポート役と言う事になっているので、彼女達も集団訓練の方には参加していない。
「おかえりー。人参食べる?」
並足に速度を落として近付いて行くと、リーナがジルヴァに人参を差し出す。
リーナの前で立ち止まった彼は、嬉しそうに尻尾を振りながら人参を食べる。
「向こうの方で、ザビたんも練習してるなあ」
少し離れた所で走る騎馬を見てユキがそう言う。
「ただのお嬢様かと思ったけど、結構上手いな」
かなりの速度を出す白馬とそれを操るザビーネさんを見てカレンが感嘆の声を出す。
「やっぱり貴族だな。こっちももっと早く走る練習した方が良いんじゃないか?」
鐙を踏み外さない様にゆっくり慎重に下馬する私に、ユキがそう言う。
「半日の練習でそんなに上達する訳ないよ。それより、この子と仲良くなっておくのが一番だと思う。本番前にこの子を疲れさせてもいけないしね」
地面に降りて、ジルヴァのお腹のサラサラの毛並みを撫でて、私はそう言った。
「そうか。馬だけじゃなく、てんこちゃんも体力は温存した方が良いか」
ユキが私に水筒を差し出した。
受け取って一口飲む。
ただの水じゃなくて、少量の蜂蜜と塩が加えられていてスポーツドリンク風になっている。
冷たくて美味しい。
乗馬は馬だけじゃなく乗り手もそれなりに体力を使う。
高原の空気は冷たいが、自分の体温がそれなりに上がっていた事に私は気付いた。
人参を食べ終わったジルヴァは足元の草を食べ始める。
ここは元々、牛などを放牧している牧草地なのだそうで、栄養価の高い良い草が生えている。
「さて、軽くもう一回りしようかな」
少し休憩した後、私は再び馬上に上がる。




