19-6
「マリーさん、どうかしましたか?」
やって来た彼女に対して、私がそう問う。
「取り敢えず座って、ご飯でもどう?」
リーナもそう声を掛ける。
「それどころじゃないです!」
マリーさんが金切り声を上げる。
彼女の格好は舞踏会の時の様なドレスとかではもちろんなく、動きやすい乗馬服の様なものだ。
革のブーツで地団駄を踏んでいる。
「とにかく落ち着こうか?」
まだ少し残っていた麦粥をお椀に盛って差し出しながら、ユキがそう言う。
差し出されたそれを見て、毒気を抜かれた彼女が、渋々私の隣に座る。
「で、何?」
改めて、私は聞く。
「それが・・・先程発表された明後日の模擬戦の組み分けは見ましたか?」
お椀を受け取ったマリーさんがそう言う。
ここに到着してすぐに、野営地の真ん中に掲示板が立てられ、色々な注意事項とかと一緒に組み分けが掲示されていた。
「ああ、そう言えば、ベルフォレスト家は私達とは別チームになってたね」
私がそう言う。
王妃様が言った様に、ファーレン伯爵家とベリーフィールド子爵家は私達と一緒に第一王子率いる赤組になっていたが、ベルフォレスト子爵家は第二王子の白組になっていた。
王様と第三王子はどちらにも属さないで、審判役をやるらしい。
表向きは双方の戦力が釣り合う様に均等に振り分けるはずなのだが、例の沿岸諸国併合派とそれに反対する派閥を意図的に別々にしている。
ただ、大半を占める日和見派は適当に割り振られた様だ。
新参者でまだ立場の固まっていないベルフォレスト家はその日和見派に分類されたらしい。
「そうなんです!私としてはてんこさんのお手伝いをしたいと言うのに!」
麦粥をやけ食いの様に掻き込みながらそう言う。
少し疑問なんだが、ベルフォレスト家と言うかマリーさんとは確かに少しだけ親しくしているけど、何でこんなに私達の味方をしてくれるのだろう?
「それじゃあさ、マリーさん達がわざと手を抜くとか、味方の邪魔をするとかして、私達が勝つ様にしてくれたらいいんじゃない?」
ユキがそう言う。
「・・・あ、その手が有りましたわ!」
マリーさんが、初めて気付いたと言う感じで手を打つ。
「・・・確かに、我々としてはそうしてくれると有り難いんだが、本当にそれで良いのかね?」
ヴェルガーさんが、横から口を挿んで来た。
含みのある言い方に私も気付く。
「そうですね。マリーさん達はこの国ではまだ立場が固まっていないですよね?そんな中で、味方を裏切るの様な事をするのは不味いんじゃないでしょうか?」
私がそう言う。
「確かに、どっちかの一派に着くだけならともかく、そう言うアンフェアなのは良くないよな」
カレンもそう言った。
「あ・・・」
マリーさんもそこに思い至った様だ。
「うーん、周りに気付かれない様に上手く出来ないものかな?」
ユキはなおもそう言う。
「気付かれる気付かれないじゃなくて、マリーさんの所は全力でやってこの国の人達の信頼を得るのが一番大事なんじゃない?」
私は諭す様にそう言う。
「そうだな、互いに全力でやるべきだろう」
ルカさんもマリーさんに向かってそう言った。
「でも、模擬戦では大叔父様に第二王子の参謀に着く様に言われていますわ。身内の私が言うのもアレですけど、大叔父様は戦略戦術に精通していますわよ」
マリーさんのお父さんの叔父さんであるアルフレッドさんは元ワーリンの賢者と呼ばれる凄い戦略家だったと言う話だ。
「別に良いんじゃない?その方がハリが有るってもんだ」
ユキがそう言う。
「第一、ベルフォレスト家の当主であるお父さんはどう考えてるの?今回の演習は自分達の力を売り込むチャンスだと思うし、マリーさんが私達の味方をしたいと言っても、取り合わないと思うんだけど・・・」
続けて私がそう言うと、マリーさんは黙り込んだ。
私の受けた印象では、マリーさんのお父さんのロナルド・ベルフォレスト卿は現実主義かつ保身に長けている様に見えたから、娘の友達の為だけに、自身が不利になる事はしないと思う。
私達はアルフレッドさんの亡命の手助けをしたけど、その対価を貰う約束はしているので、貸し借りは無いと言うスタンスでいるはずだ。
そこら辺はドライに切り分けるところがあの人の良い所だと私は思う。
「そうですわね。お父様や大叔父様が私の言う事で手心を加えるとは思いませんわね」
マリーさんがそう言う。
「まあ、ただの模擬戦だからな。勝敗は付くが、死人が出る訳でもない。気楽にやると良いだろう」
ヴェルガーさんが、そう言った。
「でも、小耳に挟みましたけど、模擬戦の結果で何か国の方針が決まると言う話なのでしょう?」
マリーさんがそう言う。
表向きはただの訓練で、どちらが勝ったとしても意味は無い事に成っているが、参加者の間では第二王子とビルタン伯爵達の派閥が例の件で発言権を上げようと画策しているのは公然の秘密となっている様だ。
「いや、そんなに簡単に国の方針は決まらないよ。とある一派が陛下に意見を奏上するかもしれないが、陛下の方の方針は変わらないから問題はない。ただ有力貴族の意見を無視するのは少し面倒だと言うだけの事だ」
「そうですね。模擬戦で我々の方が勝てば、彼等の発言権が上がる事も無いので、その面倒事が減ると言うだけです」
ヴェルガーさんとルカさんがそう言う。
「そうなんですか?」
「そうだな。王妃様も私達に絶対勝てっては言わなかったし。負けた処で別に何か罰が有る訳でもないし」
ユキもそう言う。
「そうですか・・・でも、私としてはてんこさんと同じチームに成れなかったのは残念ですわ」
本当に残念そうにマリーさんはそう言う。
「いいじゃん、別チームに成っても。演習なんて言ってるけど、要は運動会みたいなもんでしょ。勝ち負けとか気にしてもしょうがないし」
カレンがそう言って、慰める。
「分かりました。敵味方と言ってもその日限りのものですし、当日は正々堂々競い合いましょう」
そう言って、マリーさんは食べ終わった食器を私に返して立ち上がる。
「夕食、美味しかったですわ。有難うございます」
「どういたしまして」
「もう帰るの?」
「もう少しお話ししない?ガールズトークって奴さ」
「うちらのテント結構広いから、泊ってっても良いよ」
自分達の野営地に戻ろうとするマリーさんに、私達はそう声を掛ける。
「そ、そんな!いきなり、てんこさんとその・・・同じ所で宿泊なんて、はしたないですわ」
何故かマリーさんが急に顔を赤くして恥ずかしがる。
もしかして身分の高い貴族は同性でもテントで雑魚寝なんかしないのだろうか?
「ええと、無理にとは言いませんよ。また明日会いましょう」
私はそう言って、マリーさんに手を振る。
「そ、そうですわね、また明日・・・」
これまた何故か、残念そうな顔になったマリーさんがそう言って、来た方に戻って行く。
「では、我々もお暇しようか。模擬戦は明後日だが、明日てんこ殿はザビーネ嬢との勝負が有る。ゆっくり休むと良い」
「麦粥美味しかったよ。ありがとう。おやすみ」
ヴェルガーさんとルカさんも立ち上がって、それぞれの野営地に戻って行った。




