19-4
私達は応接室に通された。
そこにはエドガーさんより少し年上で良くに似た顔の男性と、その奥さんらしき女性が既に居た。
「弟が世話になっている。ヴェルガー・ベリーフィールドだ」
「妻のシェリーです」
二人が挨拶をしてきたので、私達も自己紹介をする。
今回の『演習』にはお父さんの現ベリーフィールド子爵ではなく、長男のヴェルガーさんだけが出るらしい。
「さあ、座って。お茶はいかがかしら?」
エリシアさんが私達に席を勧める。
「母さん、もうすぐ夕食だろう」
ヴェルガーさんがそう言う。
声の感じもエドガーさんそっくりだ。
「そうでしたわね。ヴェルモンドもお腹空いたかしら?」
エリシアさんが抱っこしている赤ちゃんに話し掛ける。
そのタイミングで、ヴェルモンドちゃんがぐずり始めた。
「あら、やっぱりミルクの時間かしら?」
「その様ですわ、お義母様。失礼します」
お母さんのシェリーさんが赤ちゃんを受け取って、ミルクを与える為に別の部屋に行く。
「あ、今夕食を作ってますよね?私達も何か一品作っても良いですか?」
「お姫様が私達の料理を気に入ってるみたいで、カレー味の何かを作ってあげたいんです」
私と、ユキがそう言う。
王妃様と王女様は後から来るそうなので、それまでに少しだけ時間がある。
「まあ、例の料理勝負で使ったスパイスですわね。もちろん構いませんわ。私達も頂けるのかしら?」
「はい、もちろんです」
私が答える。
エリシアさんに厨房に連れて行って貰って、お屋敷の料理人の邪魔にならない端っこの方を貸してもらって、私達は料理を始める。
少し時間が経ち、完全に日が暮れた頃に、王妃様と王女様がやって来た。
「エリシアさん、急にごめんなさいね」
王妃様が、エリシアさんに謝る。
「いえ、こんな所で宜しければ、何時でもおいでください」
エリシアさんがそう言って、二人を食堂に案内する。
エリシアさんより王妃様の方が結構若く見える。
「あ、カレーの匂いだ!」
食堂に入ったベルダちゃんが私達の作った料理の匂いを嗅いでそう言った。
やっぱりカレーの匂いは強烈で、他の料理の匂いを駆逐してしまう。
せっかく料理を作ってくれたここの料理人に少し申し訳なく思う。
今回は既に作られていた牛肉のシチューを半分貰って、カレー粉を加えている。
小麦粉でとろみも付けたので、ほぼビーフカレーだ。
王様の農業試験場で貰ったお米はもう使い切って無いので、カレーライスではなく、ナン・カレーにしている。
ヴェルガーさんとシェリーさんもやって来て、王妃様に軽く挨拶してから食事が始まる。
当たり前だが、貴族同士なので既に知り合いで大仰な挨拶はしないらしい。
「まあ、このスパイスのシチューとても美味しいですわ」
カレールーを付けたナンを直接手で持って口に運んだエリシアさんがそう言う。
ヴェルガーさんとシェリーさんも美味しそうに食べてくれている。
「そうですわね、何種類か頂きましたが、このシチューが一番美味しい気がしますわ」
王妃様もそう言う。
もちろん私達のこのカレー粉は、このとろみのあるカレーに合わせてミックスしているので、これが一番合う。
ベルダちゃんも夢中で食べている。
辛味はそんなに強くないし、隠し味にすり下ろしたりんごと蜂蜜を入れているので、お子様にも安心だ。
「でも、いくらカレー味が美味しくても、流石に続けて食べると飽きるんじゃないかな?」
「そうだな、多くても週一くらいで十分だな」
リーナとカレンがそう言う。
「そうですわね。味が濃い分、毎日では飽きるかも知れませんわね」
エリシアさんがそう言う。
私達の作ったカレーはそんなに量が無いので、後はここの料理人が作った料理を頂く。
「ご馳走様でした。それでは、私の話を始めてもよろしいかしら?」
食事があらかた終わってから、エレナ王妃が口を開く。
そう言えば、私達に話が有るって言っていた事を思い出す。
「それは私達も聞いて良い話でしょうか?」
同じく食事を終えたエリシアさんがたずねる。
「ええ。と言いますか、ベリーフィールド家の皆さんにも聞いて欲しい案件ですわ」
王妃がそう言った。
「え~?てんこちゃん達の外国の話を聞くんじゃないの?」
ベルダ王女が不満げな顔をする。
「ごめんなさいね、それはこの話の後にしましょう」
王妃様が少し嗜める様な口調でそう言う。
「ベルダ様。こちらで遊びましょうか?」
さっきミルクを飲んでお腹いっぱいで寝てしまった赤ちゃんを抱えたシェリーさんが、彼女を部屋の端に呼んだ。
王宮から二人に付いて来たメイドさん達も彼女用のおもちゃなどを出して、気を引こうとする。
「分かってますわ。そんなに子供扱いしないでくださいませ」
聞き分けの良い振りをした王女様はそう言って、シェリーさんの所に行き、ヴェルモンドちゃんの頭を撫でる。
取り敢えず、こちらの話が出来そうだ。
でも話って何だろう?
エリシアさんやヴェルガーさんも関係がある話の様だが、最初、王妃様はファーレン伯爵邸の方に来ようとしていた。
ステラーナさん達の方にも聞かせて良い話だったのだろうか?
少し疑問に思う。
「陛下から聞きましたが、てんこさん達は一部の貴族が奏上している我が国の拡大戦略には反対の立場ですよね?ベリーフィールド家とファーレン家も同じ意見だと聞いていますが、よろしいですか?」
王妃様がそう聞いてきた。
「え?・・・ええと、はい」
「そうですね。私も父も無理な拡大には反対です」
私と、ヴェルガーさんが肯定で答える。
と言うか、アレって私の本音を引き出す為の作り話じゃなかったんだ。
「私はあまり政治には詳しくないですが、沿岸諸国に圧力を掛けて併合しようと言う意見は本当に一部の者達の間だけで言われている事ですよね?確かザビーネさんのビルタン伯爵家とあと数家だけだったと思いますけど」
エリシアさんがそう言う。
「ええ、多数派の意見ではないのですが、最近、賛同者を増やそうという動きが出て来ているんです」
エレナさんが困った顔でそう言う。
「でも、王様はその意見には反対なんだよな?ぴしゃっと止めさせられないのかな?」
ユキが聞く。
私と王様がその話をした時に、ユキ達はその場に居なかったが、事態を説明する為にその後に私が話をしている。
「一度奏上を受けた時に、陛下ははっきりと断っています。本来なら、それで終わる話なのですが、彼等はそれならばと王家の他の者に接触を図って来たのです。つまりは三人の王子達にです。アレックス殿下は陛下と同じ様に断りましたが、ブルーノ殿下がその意見に感化されてしまった様で・・・」
エレナさんがそう言う。
「第三王子は・・・ああ、アレの意見なんか全体に影響力とか無いか・・・」
「ちょっと、お母さんの前で、アレ呼ばわりは失礼でしょ」
ユキが言った言葉を、リーナが咎める。
「あら、御存じなかったかしら?私は前の王妃様が亡くなってからの後妻ですので、三人の王子とは血のつながりが有りませんのよ」
王妃様がそう言う。
確かに王妃様は二十代の子供がいる様には見えないし、三人の王子とベルダ王女との年齢差が少し開いている事も、そう言われると納得できる。
「ともかく、第二王子のブルーノ殿下が向こう側に立ってしまって困っているのですわ」
ユキの不敬な発言とかは流して、王妃様が話を元に戻す。
武闘派っぽいアレックス王子が拡大戦略に反対するとは、少し意外だ。
それはそうと、王国の偉い人達の意見の対立とかを私達に話して、王妃様はどうしたいのだろう?
ヴェルガーさんとかならまだ分かるんだけど。
「それで、ここからが本題なのですが・・・」
私の頭の中の疑問に気付いたのか、王妃様が話し出す。
「毎年恒例の『演習』ですが、毎回、二つのチームに分かれて模擬戦が有るのです。ブルーノ殿下はその片方のチームに拡大路線派を集めて、勝利を得ようとしているのです」
「え?それに勝つと、勝った方の意見が通るの?」
カレンが聞く。
「あくまで模擬戦なので、その様な事は無いのはずなのですが、それでも『演習』に於いて活躍した者の発言力は幾ばくかは増します。そうなると陛下としては面倒ですので、貴女方を第二王子派とは別のチームに入れますので、彼等に勝って頂きたいとのことです」
メイドさんの淹れてくれた食後のコーヒーを飲みながら、王妃様がそう言ってきた。
「陛下は立場上、一方に肩入れする訳にはいきませんので、私がお願いに上がりました。ザビーネ嬢との勝負もあるとは思いますが、なにとぞお願いいたします」
「そうは言っても、国中の貴族達がやって来るんだよね?私達だけが頑張っても勝てるかは分かんないと思うな」
王妃の言葉に、カレンがそう返す。
「勿論、他の貴族の皆さんにもお願いするつもりです。大半の貴族はどちらにも付かない日和見派ですので、私の方から口をきけばなんとかなると思います。ベリーフィールド家の皆さんにもお願いしますわ」
「分かりました。微力ながら力になりましょう」
ヴェルガーさんがそう言う。
うーん、ザビーネさんとの勝負だけでも面倒なのに、更にややこしい事に成ってしまった。
「お母様、お話は終わりました?そろそろ、てんこちゃんを私に貸してくださいな」
私達の話が一段落したと思ったのか、王女様がこっちに戻って来た。
「そうね、私はもうお暇しようかしら。貴方はこちらに泊めて貰う?よろしいかしら?」
「勿論ですわ」
王妃様の問いにエリシアさんがそう答える。
「では、一晩だけお願いします。それと、ファーレン家や近しい縁者にこの件の根回しをお願いしてもよろしいかしら?他の貴族達には私の方から連絡を取りますので」
そう言って、王妃様は席を立つ。
「わーい、お泊りだー!」
ベルダ王女がはしゃいで私達に駆け寄って来る。




