19-3
ベティさんにカレー粉のサンプルとレシピ、それと有袋りんごのサンプルを渡して、私達はうどん屋さんをあとにした。
午後からはまた王宮でお米料理を教える事になっている。
今日はピラフや炊き込みご飯などの、炊く時に味付けするタイプの料理を王宮のシェフ達に教える。
こっちの世界に来てからお米料理を作った事は殆んど無いので、うろ覚えで教える事になるが、相手はプロの料理人なので、料理のコンセプトだけを伝えて、後は彼等にそれぞれ工夫して貰う事に成るだろう。
と言うか、プロでもない小娘達に教えて貰うと言うのに、嫌な顔もせずに良く私達の話を聞いてくれている。
王様と王妃様は流石に忙しいのか今日は見学には来ていない。
ただ、王女のベルダ姫は私達が作った料理の味見に来ていた。
昨日作ったカレー炒飯が余程気に入ったのだろうか?
「もっとカレー味の料理は無いのか?」
厨房の真ん中のテーブルに子供用の椅子を持って来て座った王女様が私の作った茸の炊き込みご飯を一口食べて、そう言う。
やっぱりカレー味の方が子供にはウケが良い。
「そう言われても、カレー料理じゃなくてお米料理を教えに来てるんだけどな」
そう言いながらも、ユキがカレーチーズドリアを作って出す。
もちろん甘口だ。
「うむ、美味しい!」
早速、試食して、王女様が笑う。
ベティさんにもサンプルとして渡してしまっているので、手持ちのカレー粉は大分減ってきてしまっている。
補充しようと思っても高いので、躊躇ってしまう。
早くベティさんの方で廉価版を開発して欲しい。
一通り料理を教えたので、厨房を出て王宮を後にしようと思ったら、王妃様に呼び止められた。
「これから、ファーレン伯爵邸に戻るのですか?」
厨房を出たところで、王妃様にそう聞かれる。
「あ、えと、今日はエリシアさんの所・・・ベリーフィールド子爵婦人にお呼ばれしてて、そっちの方に行く予定です」
急に聞かれてびっくりした私がそう答える。
「まあ、そうですの?そちらでも構いませんわ。後で私もお邪魔してよろしいかしら?少しばかりお話ししたいことが有りますの」
王妃様が少しばかり周りを憚る様な声で聞いて来る。
何だろう?今ここでは言えない話なのだろうか?
「ええと、私達は構わないですけど、エリシアさんに聞いてみないと・・・」
私はそう言う。
「そうですわね。これから使いの者を出してお伺いしてみましょう」
王妃様はそう言うが、まあ、エリシアさんが王妃様の頼みを断るとは思えない。
「お母様、てんこ達の所に遊びに行くのですか?それなら、ベルダも行きたいです」
さっきまで、私達の作る料理を十分食べてたはずの王女様がそう言う。
「あのね、お姫様、私達もお客として行くから、料理は作らないよ」
ユキがそう言う。
お呼ばれして行くから、夕飯はエリシアさんの所の料理人が作る筈だ。
「ご飯はお腹いっぱい食べたからもう良いです。それより外国のお話を聞かせてください」
ベルダ王女がそう言う。
料理を振舞った事で、お姫様は私達に懐いてしまった様だ。
「そうだね、この間まで行っていた隣の国の事とか話そうか」
リーナがそう言う。
嘘設定である出身地の話は、つじつまが合わなくなる可能性があるのであまり話したくはない。
それよりは最近の話の方が良いだろう。
思い返してみれば、海賊と戦ったり、敵国内で隠密行動をしていたりと、冒険話には事欠かない。
「わーい!ねえ、お母様良いでしょう?」
王女様が母親に重ねて聞く。
「先方にあまり迷惑を掛けない様にするのですよ」
王妃様はそう注意をした。
ベリーフィールド子爵邸に着くと、ディアナさんが居た。
アルマヴァルト邸は今絶賛建築中なので、彼女は元の職場であるこちらに宿泊している。
「舞踏会以来だな。ザビーネ嬢との勝負の話は聞いているよ。一勝一敗で、次の『演習』で決着を付けるらしいな」
玄関ホールで、私達を見付けて声を掛けて来る。
「ええ、まあ」
「一勝一敗で有耶無耶にするはずだったんだけど、相手がごねちゃって」
「あのザビたん、しつこい」
私達が答える。
「そう言えば、ザビーネさんとは知り合いだったんですか?」
最後にリーナがそう聞く。
「ああ、私は男爵家で、彼女は伯爵家だからあまり接点は無いんだが、若い頃、舞踏会で少し話をしたことが有る。ここ数年舞踏会には出ていなかったんだが、彼女がまだ婚約も結婚もしていなかったのには驚いたわね」
ディアナさんがそう答える。
「あれ?ステラさんやヴィクトリアさんから聞いた感じじゃ、ザビーネさんの噂って結構有名な感じがしたけど・・・」
「言った様に最近は社交界にはほとんど顔を出していなかったからな、そこら辺の話は疎いんだ」
「じゃあ、私とマリーさんにチャーリー王子を勧めたのも?」
私がそう聞く。
「ああ、済まない。後になって、ヴィクトリアさんや奥様から王子の噂は聞いた。知っていたら勧めはしなかっただろう」
ディアナさんが答える。
彼女が言う奥様って言うのはここの女主人のエリシアさんの事だろう。
私達が話し合っていると、そのエリシアさんが屋敷の奥から出て来た。
「まあまあ、皆さんいらっしゃいませ。玄関で立ち話もなんでしょう。さあ、奥へいらして」
貴族のお屋敷の玄関ホールなので、それなりに広くて居心地も良いのだが、流石に秋の夕方になると少し涼しい。
お言葉に甘えてお屋敷の奥に行きたいが、それよりもエリシアさんが抱っこしている赤ちゃんに目が行ってしまう。
「お初にお目に掛るわね、この子は私の孫のヴェルモンドよ」
そう言って、一歳くらいの男の子らしい赤ちゃんの手を振らせる。
まだ口がきけないらしい赤ちゃんがつぶらな目でこちらの方を見ている。
「エドガー様のお兄様のヴェルガー様の第一子です」
ディアナさんが説明する。
「そうなのよ~、今度の『演習』の為にヴェルガー達が昨日こっちに来ていてね、気を利かせて奥さんと子供も連れて来てくれたのよ~。会うのは三ヶ月ぶりかしらね~」
私達を応接室まで案内しながら、エリシアさんがそう言う。
「さっき、お使いの方が知らせに来ていたけど、エレナ様とベルダ様もいらっしゃるのよね。ついでにこの子のお披露目も出来るわ」
赤ちゃんを愛おしそうに抱きながら、喋り続ける。
完全に孫にデレデレだ。
「昨日からこの調子だわ。聞き流してればいいわ」
小声でディアナさんが私達にそう言う。
少しうんざりした様な表情だ。
どうやら、エリシアさんが私達を招待したのはお孫さんを自慢したいかららしかった。




