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夏木さんはゆったりとしたローブを着ていて、先端に拳大の宝石のようなものを嵌め込んだ杖を持っていた。
どこかゲームに出てくる僧侶っぽい格好だ。
夏木さんの話によると、向こうのエストの街の近くに転生してきた彼女は、街の中で他の転生者三人と出会い、しばらく一緒に行動していたそうだ。
赤城翔馬、青山鋼雅、黄原駿の三人だそうだが、女子のこともあまり覚えていないのに、男子のことなんかさっぱりだ。
「それで、四人で冒険者をしようってことになって、まあ、最初の内は良かったんだけど、モンスターとかすぐに居なくなっちゃって・・・」
つまり、依頼を受けて、近隣の街や村に出没するモンスターを狩っていたが、モンスターとかそう沢山は居ないらしく、仕事がなくなったという話だ。
確かに、私のいる森でも熊のモンスターを倒して以来、別のモンスターは出ていない。
そんなにほいほいモンスターが現れるようなところじゃ、街や村なんて出来ないか。
「一度、この先の村にも行ったけど、もう誰かが倒しちゃってて、無駄足だったし」
ゴメン、それ私が倒しちゃってた。
というか、村の誰か、多分村長さんあたりが依頼を出してたのか。
でも私、討伐料とか貰ってない。ちゃっかり誤魔化されたか?
まあ、私は依頼を受けた訳でもないし、山小屋をタダで使わせてもらってるからいいんだけど。
「そんな訳で、一人当たりの取り分が少なくなるからって、私だけ仲間外れにされてね。私ヒーラーだけど、みんな強いから怪我なんかしないからヒーラーは要らないとか言って」
悲しそうな顔をする。
ちょっと、男子~。
「仕方ないから、治癒魔法を使って、街でモグリのお医者みたいなことをしてたんだけど・・・」
そこで、夏木さんの顔が暗くなる。
「赤城君たちお金が無くなったみたいで、食い逃げして、街の兵隊さん達に追われて戦って、赤城君は死んじゃったみたいなの・・・」
え?死んだ?
前世で一月くらいしか一緒のクラスに居なかった人だけど、死んだと聞かされると流石に驚く。
聞くと、夏木さんはその場に居合わせたわけではないが、街の衛兵と大立ち回りを演じた挙句、衛兵側にも何人か死傷者を出して、結局やられてしまったそうだ。
他の二人は早くに降参して、牢屋に入れれたという話だった。
「それで、その時はもうツルんでなかったけど、最初の頃は私も仲間だったのを知ってる人もいるし、居辛くなって別の街に行こうとしてたの」
それで、途中で行き倒れてたと。
「お金はまだいくらか残ってたんだけど、街を出るとき食料を買い忘れちゃって・・・」
そりゃそうだ、この世界コンビニも自販機も無いんだから。
さて、どうしよう。
ここまで話を聞いておいて、彼女を放り出すのはあまりにも冷血だと思うだろうか?
しかし、私が食料を分けてあげたことにより、彼女は体力を取り戻している。
今なら、なんとか当初の予定通りトーラの街まで行けるだろう。
そこで今まで通りモグリの医者としてやって行けるかは彼女しだいだ。
一方、もし、私の山小屋に連れて行った場合、彼女に何が出来るだろう。
あの小さな村では医者の需要はあまりない。
こないだの風邪の流行や、例えばリックさんの腕を治すとかは有るが、そんなのは一時的なものだ。
病気や怪我が頻発しても困るが、逆に頻発しないと夏木さんの仕事がない。
私一人で二人分の生活を賄えるかは微妙なところだ。
やはり、ここで別れてお互い別々に生きていくのがいいのだろうか。
そう思って、彼女を見るが、・・・
何かを期待しているような、キラキラした目でこちらを見返している。
ヤバイ。食べ物をあげたことで、完全に餌付けされたペットみたいになっている。
「え、えーと、それじゃこの辺で、私この先の村の更に奥の方に住んでるから、暇になったら訪ねて来て・・・」
私がそう言うと、彼女はこの世の終わりのような顔をした。
はぁ。
彼女に気付かれないように心の中だけで溜息をつく。
流石に、これまでの仲間と別れて一人ぼっちになった夏木さんの心細さも分かる。
「な、夏木さん、良かったら私の家に来ますか?」
「え、いいの?行く行く!」
一転して私に抱き着かんばかりに喜ぶ。
私はそれを押し留めて、
「その前にお互いの出来ることを確認しましょう」
そう言った。
「夏木さん治癒魔法のレベルはどれくらいですか?あと他に神様から貰ったスキルは?」
「まって、『夏木さん』じゃなくて、『リーナ』って呼んで、こっちじゃそう呼ばれてるから。私も『てんこちゃん』て呼んでいい?」
流石、陽キャのコミュ力モンスター、ぐいぐい来る。
夏木さん、いえ、リーナと一緒に山小屋に着いたのは、もう日も暮れかかった頃だった。
「狭い家だけど、どうぞ」
「お邪魔しまーす。わぁ、十分広いじゃない。私なんてお金の節約のために安アパートだったんだから」
聞いた話では、最初の内は宿屋に泊っていたけど、お金が掛かり過ぎるんで、アパートと言うか長屋みたいなところを月極めで借りて住んでたそうだ。
そういう意味では、家賃の必要がない私は恵まれているのだろう。
「晩御飯は何がいい?鹿、鴨、兎、熊肉とかあるけど?」
木工スキルで小屋の床下に自分で作った収納スペースから、燻製したお肉を見繕いながらそう聞く。
「鹿がいいかな?うわっ、凄いじゃん、お肉いっぱいある」
収納スペースを覗き込んで、リーナがそう言う。
「偉いな~、てんこちゃん。猟師としてちゃんとやってるんだ」
「そ、そんなことないよ」
改めて言われると照れる。
「そんなことあるって、私達なんて変に冒険者用のスキルなんか取ったせいで、もうどうしようもなくなってたんだから」
どうやらこの世界には冒険者って言う職業は無いらしい、有るとすれば傭兵くらいだそうだ。
確かに、トーラの街にはゲームとかにありがちな冒険者ギルドなんて無かった。
もちろんエストの街にもなくて、モンスター退治の依頼は職業斡旋所、ハローワークみたいな所で受けていたそうだ。
「なつ・・・、リーナさん、お肉と野菜を切ってもらえる?」
ナイフと食材を渡す。
「分かった」
そう言って、リーナは割りと慣れた手付きで、村から物々交換で手に入れたジャガイモとニンジンに似た野菜の皮を剥きだす。
彼女も料理スキルは取っているし、今までも自炊していたそうなので問題なさそうだ。
私は、暖炉に火を入れ、水の入った鍋をかける。
小麦粉をこねて、パンを作る。
鍋とは別にフライパンも買ってあるので、パンはフライパンで焼く。
リーナに切ってもらった食材を鍋にぶち込み、塩で味付けする。
最後に今日買ってきた牛乳のバターを一欠け入れてみた。
山小屋には小さなテーブルと椅子が一脚しかないので、椅子にはリーナを座らせ、私はベッドに腰掛けて食べることにした。
「「いただきます」」
二人で食べ始める。
鹿鍋はバターの風味が効いていて、美味しかった。
「てんこちゃん、料理の天才!」
リーナが大げさに褒めてきた。
夜は一つしかないベッドに二人で寝た。
やっぱり、狭いな。




