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王様がこの国で米の栽培を研究し始めたのは数年前からだそうだ。
収穫された米の活用方法も同じ期間、試行されて来た。
元から米を作っていた大陸から料理方法も伝わって来てはいるが、断片的でしかなく、普通に炊いておかずと合わせる食べ方は何故か思い付かれていないらしい。
それまでこの大陸には無かったので、特別な食べ物と言う意識が強くて素のままで食べるという発想が無かったのかも知れない。
それ故、様々な味付けが試され、ライスプディングの様な物も生み出された様だ。
一部の貴族にも渡されて、食べ方の研究を依頼されていた様だが、まだ数年ではあまり進んではいない様だ。
ザビーネさんの所の料理人も、王宮で作られている料理の模倣に留まっている。
炒飯の様に一回味付け無しで炊いたものを再度調理すると言うやり方はまだ無いのだろう。
元日本人で日常的にお米を食べて来て様々な料理方法を知っている私達は、お米料理に関しては言わばチートではあるが、そこはザビーネさんがプロの料理人を使うのと同じ様に、持っているものを使っているだけと開き直る事にする。
「こんな、見栄えの良くない料理に私自らが飾り付けたライスプディングが負けるなんて有り得ませんわ!」
ザビーネさんがそう抗議する。
「第一、ニンニクの匂いが下品すぎますわ!こんな物、庶民が食べるものです!」
そんな事も言っている。
確かに、見た目で言えば色とりどりのドライフルーツを散りばめたザビーネさんの料理に比べれば私の炒飯は地味ではある。
それでも人参の赤色とかで彩りも気にしてはいるんだけどね。
「まあ、確かに上品ではないがな。だが、だからこそ時々こういう物は無性に食べたくなるものなんだ」
アレックス王子がそう言う。
「そうですね、ニンニクとスパイスの香りが非常に食欲をそそってくれました」
ブルーノ王子もそう言う。
「僕は甘い方が好・・・いや、このスパイスが良いよね。うん」
チャーリー王子がもごもごと、そう言う。
「そんな!こちらは外国から取り寄せた最高級のフルーツを使いましたのに」
ザビーネさんがなおも食い下がる。
「確かに良いドライフルーツを使っていたが、今回はあくまで米料理の勝負だ。米の味が分からなくなる様では意味が無い」
「それでは、そちらの料理はスパイスでお米の味が掻き消されているのでは?」
アレックス王子の解説に、ザビーネさんが反論する。
「それは違いますね。てんこ殿の料理はスパイスの辛味、魚醤の塩味と旨味により米の甘みがより引き立っていた」
ブルーノ王子がそう言う。
「そうだな。噛めば噛むほど米の甘みが出て来て、味のコントラストが素晴らしかった。それに対して、ザビーネ嬢の方はドライフルーツに使った酒の辛味も有ったが、全体的に甘いだけで米の味がぼやけていた」
アレックス王子も弟の意見に賛同する。
「くっ・・・」
完全に論破されて、ザビーネさんが悔しそうな顔をする。
「ま、まあ、良いですわ。まだ一勝一敗ですわ。次の種目は私が選んで良いのですのよね?」
気を取り直したザビーネさんがそう言う。
「その事なんだがな・・・」
ここで、王様が口を挿んで来た。
「丁度一勝一敗に成ったのだ。ここで引き分けにしたらどうかな?あと数日で毎年恒例の『演習』がある。お前達もこんな事をしている暇は無くなるだろう?」
王子達の方を向いてそう言う。
「それもそうか」「そうですね、確かに時間が少し厳しい」
アレックス王子とブルーノ王子が顔を見合わせてそう言う。
どうやら、王様が約束通りこの茶番の様な婚約者決定戦を終わらせてくれる様だ。
私としても、今回一勝出来たので心残りは無い。
ただ、チャーリー王子の婚約者の座とか最初から欲しくなかった私は良いけど、納得できない人が一人だけ居る。
「ちょっとお待ちになって下さい!その場合、王子の婚約者の座はどうなりますの!?」
そのザビーネさんが声をあげる。
「そうだな、一旦白紙に戻すことになるかな」
アレックス王子がそう答える。
「ここまで来て、それは納得できませんわ!!」
ザビーネさんが更に異議を唱える。
「まあまあ、また今度って事にしようよ。こういう事は焦ってもしょうがないだろう?」
婚約の話が無くなる事が嬉しいのか、チャーリー王子がヘラヘラと笑いながら彼女をなだめる。
「殿下はそれで良いのですか!?」
「ま、まあ、僕としてももう少し時間が欲しいと言うか・・・」
のらりくらりと問題を先延ばしにしようとするチャーリー王子に、ザビーネさんは苛立った顔になり、今度は私の方を向いた。
「あなた!あなたも納得できませんわよね!?」
私に同意を求めて来た。
「え、ええと、皆さんも言ってる様に『演習』の日程も近いですし、今は止めといたほうが良いかなって・・・」
私はそう答える。
本当は、そこまで必死になるなら、ザビーネさんに勝ちを譲ってしまっても良いと思っているのだが、そうするとチャーリー王子との約束を反故にする事に成ってしまう。
この王子の事は好きではないので、そうしても良いかもとか考えてしまうけど、それでも約束は約束である。
「『演習』?それでしたら、その演習で決着を付けるのはどうでしょう?それなら問題は無いのではなくて!?」
ザビーネさんがそう言いだした。
『演習』とは、王国が年一回この時期に行っている軍事演習の事である。
国内の貴族と軍を集めて、『王城』で行われるそうだ。
年一回と言いつつ、去年はワーリン王国との戦争が有ったので、中止になっている。
また、準臨戦態勢にあるアルマヴァルト周辺の貴族は参加を免除されている。
もちろん、私達も参加する義務は無いので、舞踏会の後は少しだけ自由時間を取って、演習前には領地に帰るつもりでいた。
「なるほど、それなら問題は無いか・・・」
ザビーネさんの言葉に、アレックス王子がそんな事を言い出す。
待て待て、それは困る。
「待ってください。今回の勝負は平和的なもので行うと言う条件だったでしょう?軍事演習では、どうしても物騒になってしまう」
ブルーノ王子がそう言ってくれる。
「軍事演習と言っても色々な事をする。そこは、なるべく荒事に成らない勝負を考えれば良いではないか?」
「そうですわ。私、どんな勝負でも受けて立ちますわ」
アレックス王子の言葉に、ザビーネさんもそう言う。
「ええと、私達、なるべく早く自分達の領地に戻りたいんですけど。ほら、アルマヴァルトの方は色々大変ですし・・・」
旗色が悪くなってきたので、私はそう言いだした。
チラリと王様の方を見る。
約束したのだから、王様の権限でこの場を何とかして欲しい。
ふと、王様の隣の席に座っていた王女様の姿がそこに無い事に気付いた。
「もう帰ってしまわれるの?」
ベルダ王女はいつの間にか私の目の前に来ていた。
「お料理、美味しかったです。もう少しここに居て、もっと他の料理も作って欲しいです」
私を見上げながらそう言う。
王様の方に目をやる。
その表情から、私は色々と察してしまった。
あれは、末っ子にめちゃめちゃ甘い親バカの顔だ。
「私には少し油がきつかったですが、娘がこんなに喜んで食べたのは珍しいですわ。王宮の料理人に雇いたいくらいですわね。男爵としてのお仕事が有るでしょうから無理は言えませんけど、出来ればレシピだけでも教えて下さらないかしら?」
王妃様までそんな事を言う。
これは逃げられない感じなんだろうか?




