18-5
次の日、王宮の厨房に私達は集まっていた。
竈に薪をくべて、火力を上げる。
熱した鍋にたっぷりの油を入れて、良く馴染ませる。
使う油はなるべく質の良い菜種油を用意した。
鍋全体に行き渡ったら、余分な油は容器に戻す。
この下準備が一番大事だと私は思う。
今回、ザビーネさんとの料理勝負に私が選んだのは炒飯だ。
お米をメインにした料理として、私はこれが一番最初に思い浮かんだ。
がっつりとお腹に溜まるし、この世界のあまり風味の良くないお米でも、味付けによって誤魔化せる。
鍋の準備が出来たら、まずは良く解きほぐしておいた卵を入れる。
オタマで手早くかき回して、卵をふわふわのスクランブルエッグにしていく。
最初に鍋に油を馴染ませているので、焦げ付くことが無い。
油を吸ってそれだけでも美味しそうになった卵を一旦鍋から取り出す。
取り出さずにそのまま、ご飯を投入する作り方も有るけど、今回は手間でも後から混ぜ直す作り方だ。
その訳は今回作るのは普通の炒飯ではなく少しアレンジを加えた物だからだ。
卵に吸われて少なくなった油を補充して、鍋を再び火にかける。
程好く温まったところで、みじん切りにしたニンニクを入れて、香りを出す。
ニンニクが焦げないギリギリの処で同じくみじん切りのタマネギを入れて、炒める。
火が通り過ぎない所でご飯を投入する。
ご飯は予め炊いておいて冷ましてある。
勢い良く鍋を振って、ご飯に満遍なく火を通していく。
鍋はそこそこ重いけど、コツを掴めば振るのは難しくない。
程よく炒められたところで、除けておいた卵と具材を入れる。
具材は小さなサイコロ状に切った豚バラのベーコンと、予め下茹でしていた人参、水で戻したホタテの干し貝柱だ。
具材はそのままでも食べられるものばかりなので、軽く火を通すだけで良い。
ここからラストスパート、鍋肌にお醤油代わりの魚醤を垂らす。
旨味成分が焦げる香ばしい匂いが広がる。
貝柱と魚醤はモモの村との交易で手に入れたものだ。
代わりに私達の村からはりんごを送っている。
お互いの村では中々手に入らない物だから、自分達でそのまま食べても良いが、売っても良いお金になる。
最後に、スパイススミックスを振り掛け、鍋を振って良く混ぜる。
最近手に入ったターメリック入りのスパイスミックスなので、香りが一気にカレー炒飯のものになる。
オタマで掬って、皿に丸く盛り付けて完成だ。
「よし、まず一人前!」
直ぐに鍋を軽く洗ってから、次の分を作り始める。
最低でも三人の王子様と、王様の分の四食分を作らなくてはいけないので、忙しい。
隣の竈ではユキが付け合わせのスープを作っている。
リーナとカレンはご飯を炊いたり、人参の下茹でしたりとかをしてくれていたが、今はやる事が無いので休んでいる。
「ねえねえ、君達もフラウリーゼの魔女なんだよね?どんな厳つい女戦士かと思っていたけど、結構かわいいね。君達が婚約者候補だったら良かったのにな・・・」
料理の様子を見に来ていたリチャード王子が手の空いていたリーナとカレンに声を掛けて来ている。
他の王子様は食堂で待っている。
この第三王子、フットワークが軽い様で、それは良いのだが、その原動力が女の子と話す為と言うのが困りものかもしれない。
二日前はお兄さん達や他の大勢が居たから、猫を被っていた様だが、それが居ないと直ぐにこんな感じらしい。
ヴィクトリアさんやステラさんから聞かされていた通りの人物の様だ。
私は、手早さが重要な炒飯を作っている最中なので、止めに入ることも出来ない。
リーナとカレンが、お互いの顔を見合わせて苦笑いをしている。
どうやら二人とも、王子だからと言ってなびくつもりは無い様だ。
と言うか、鬱陶しいナンパ男をぶん殴りそうな雰囲気だ。
まあ、流石に本当に殴ったりはしないだろうけど。
「あの、私達はただのお手伝いで、婚約者候補はてんこちゃんですから、そちらの方を見ていた方が良いのでは?」
リーナが引きつった顔でそう言う。
「ん?ああ、良いだろう?どうせ勝ったとしても後で婚約破棄するんだから。それに僕としては背の高い女性はあんまり好きじゃないんだよね」
チャーリー王子は私の方をちらりと見てそう言う。
「それに年増よりはマシだけどさ、彼女、少し地味な感じじゃない?そこもちょっとね・・・」
今日は舞踏会とかではないので、私もみんなもドレスではなく普段着で来ている。
料理をするのにドレスでは不便だし、普段着と言っても、ちゃんと見苦しくない程度には清潔な格好だ。
似合わないドレスよりはマシかもしれないが、地味な印象は免れない。
背の高さで目立つ私だけど、それ以外ではぱっと見リーナやカレンの方が可愛いと言うのは納得する処だ。
私としては、それに関しては特に何とも思わないが、リーナとカレンはそうでは無い様だ。
王子を見る眼差しが一段冷たくなったのが分かった。
「もう一人の子はこれはちょっと小さすぎるかな?顔はまあ可愛いと思うけど、僕としては子供とかそっちの趣味は無いからね・・・」
二人の冷たい視線に気付かないのか、チャーリー王子はペラペラとユキの事も品定めする様な発言をする。
これはちょっとマズいかもしれない。
二人は静かに怒っている。
王子としては、私やユキを下げる事で、リーナとカレンの事を褒めているつもりなのかも知れないが、ちょっと考えれば分かる様にこれは逆効果だ。
流石に王子を殴らないとは思うが、きつい言葉で怒鳴り付けるくらいはしそうだ。
もう一食分炒飯を作り終わったら、止めに入ろうかと思っていたが、ちょっと間に合わないかもしれない。
無神経に話し続ける王子に、リーナとカレンがキレそうになっている処に、意外な方向から横槍が入る。
「チャーリー殿下!料理中の様子を視察に来るとは流石です。こちらは十分拝見なされたでしょう?ぜひ私共の方も見に来てくださいませ!」
厨房の反対側で自分達の料理の監督をしていたザビーネさんがやって来て、早口でそうまくし立てる。
リーナとカレン、それに私の方を睨みつけてから、王子の腕を掴んで強引に連れて行く。
「なんなのアレ?」
リーナが溜息をついてそう言う。
私は二食目の炒飯を皿に盛りつけた。




