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春日部てんこの異世界器用貧乏  作者: O.K.Applefield
18章
162/215

18-1


 王宮の北側、貴族の屋敷が並ぶ一角に広大な農園が有る。

 広い庭を持つ貴族の屋敷に比べても数倍の面積は有るだろう。

 比較的上級の貴族街の中に場違いに在るこの農園が、王立農業試験場である。

 例の冷害に強い小麦もここで品種改良によって造られたそうだ。

 今も品種改良は続いていて、他にも小麦以外の作物も作られているらしい。

 王宮での舞踏会の翌日、私達は料理勝負の為のお米を貰う為にここに来ている。

 王様から勧められたので、見学もするつもりだ。

「王宮の北側は来た事が無かったけど、こんな場所が有ったんだ」

 大きな門をくぐり、カレンがそう言う。

 今私達が泊まっているファーレン伯爵邸やエドガーさんの実家のベリーフィールド子爵邸は南側に在るので、こちら側に来たことは無かった。

「土の匂いが強いね」

 リーナもそう言った。

 自分達の村が恋しくなる匂いだ。

 貴族の屋敷には芝生や木が植えられた庭が有り、そこでも自然の香りは感じられるが、作物を作っているこの独特の匂いは都市の中では中々味わえないものだ。

「さっさと終わらせて、村に帰りたいよな」

 王都に来て数日だが、もう田舎が懐かしくなったのか、ユキがそう言う。

「私の問題なんだから、みんなは先に帰っても良いんだよ」

 私はそう言う。

「何言ってんだ。こんな面白そうな事・・・じゃないや、てんこちゃん一人放って帰れるかよ」

「村には帰りたいけど、結果が気になり過ぎて仕事が手につかないじゃん」

 カレンとユキがそう言う。

「受け付けはあそこで良いのかな?」

 門の脇に在る事務所らしき建物を指してリーナがそう言う。

 私達はそこに向かって歩き出す。


「おう、よく来たな。米は今精米中だ。先に農場の見学をしようか?」

 建物に入ると、農作業着を着たおじさんが私達に話し掛けて来た。

 馴れ馴れしい話し方だが、見覚えの無い人だ。

「話は聞いた。チャーリーの婚約者の座を賭けての勝負だそうだが、別に気が変わった訳じゃないよな?きっと息子達が面白がって事を大きくしてしまったのだろう?済まないな」

 続けてそう言う。

「王様!?」

 私は驚きの声をあげる。

 昨日会った時は仮面を着けていたので顔が分からなかったし、こんなどこにでも居る様な農夫の格好をしているとは普通思わない。

 そう言えばよく見ると、三人の王子と顔のパーツが似ている。

「何でこんな所に居るんですか?」

「儂の肝入りで作らせた農業試験場だ。儂が居ても可笑しくはあるまい?」

 王様は笑って答える。


 私達は王様自らの案内で、農場の見学をする事になった。

「小麦の改良には十年かかった。それでも早い方だ。ここよりもっと北の方から種を手に入れてな。そう言う品種は寒さには強いが収穫量が少ない。こちらの在来品種と掛け合わせて、収量と寒さに対する強さを兼ね備えた物を造るのには苦労した」

 黄金色の麦畑の中を歩きながら、そう話してくれる。

「まあ、儂は命令しただけで、実際苦労したのはここの技官スタッフ達だがな。米に関しても色々苦労してもらっている」

 畑の中を流れる小さな川を渡ると、麦とは違うものが植えられている。

「これお米?」

「でもなんか田んぼって感じじゃないけど?」

 リーナとカレンが稲穂を見てそう言う。

 確かに、麦と同じように水田ではなく畑のような場所で育っている。

陸稲おかぼって奴だ。稲は別に水田じゃなくても、直接土に播いても育つ。収量は落ちるらしいけど」

 ユキがそう言う。

「連作障害も起きるって聞いた。水田だとたっぷりの水のお陰で起きないから、水が豊富なら水田の方が良いみたい。ただ水田はそれこそ水の確保が大変だけどね」

 私もそう説明する。

「ほう、良く知っている」

 王様が感心した様にそう言う。

 いけない、また知識をひけらかし過ぎたかもしれない。

「米は様々な育成方法を試している処だ。水田も向こうの方に有るぞ。そちらの方はもう収穫してしまったがな」

 こちらの内心の動揺に気付いているのかいないのか、王様はそう言う。

 小川に架かる橋のそばに小さな水車小屋がある。

「この水田と言う奴、造るのも大変だが、やはり水の確保が問題だな。小規模ならばなんとかなるが、我が国での普及は難しいかも知れん・・・」

 そう言って、王様は水車小屋の中で作業をしていた人に声を掛ける。

「・・・出来ているか?」

「これは陛下。取り敢えず一袋、こちらになります」

 水車の力でお米を精米をしていたらしい。

 精米済みのお米が入っている袋を指す。

「うむ、もう一袋はビルタン家の方に送っておけ。カスカベ男爵殿、こっちは君達の分だ。持てるか?」

 私はお米の入った袋を受け取る。

 重さは10キログラムくらいだ。

 重いが持てない程ではない。

「有難うございます。持てます。・・・あと、『カスカベ男爵』は言い難いですよね?てんこと呼んでください」

 コメ袋を持った私がそう言う。

「うむ、分かった。では、てんこ殿、向こうの方にりんごとかの果樹も少しだが栽培しているが見ていくかね?」

「は、はい」

 私はそう返事をして、王様の後について行く。

「ところで、チャーリーの婚約者候補の話だが、やはり本心では辞退したいのだろう?」

 王様が改めて聞いて来る。

「え、ええと、まあ、そうです・・・」

「ならば、儂の方から言って、今回の勝負、止めさせる事も出来るが?」

 王様がそう提案して来る。

 私は少し考える。

 確かに私は王子様の婚約者なんてものに興味は無い。

 王様の方から止めてくれるなら願ったりではある。

「とは言え、儂としては君が息子の嫁に来てくれるなら歓迎するがな」

 私が考え込んでいる内に、王様はそう言う。

「まあ、無理にとは言わない。それとは別にだが、儂も君達の作る米料理を食べてみたくはあるな」

 そう言われて、婚約者の座とかはどうでも良いけど、自分が今回の料理勝負の事が楽しみになって来ている事に気付いた。

「ええと、そう言う事なら、ザビーネさんとの勝負は続けますけど、王様の権限で勝ち負けに関係なく婚約は無しって事にしてもらえますか?」

 私は王様にそうお願いした。

 チャーリー王子との約束では、私が勝った後に暫くしてから何らかの理由を付けて婚約破棄って言う予定だったけど、王様の命令なら、最初から婚約自体無い事に出来るから都合が良い。

「ふむ、良いだろう」

 王様が含みのある顔で承諾してくれる。

 あれ?

「てんこちゃん、結局王様に借りを一つ作る事になってるよ」

 小声で、リーナが指摘して来た。


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