17-8
結局、三本勝負で、最初は社交ダンスの上手さで勝負する事になった。
二本目の種目は一本目で負けた方が提案するというルールも決められる。
審査員は三人の王子が行う事になる。
当事者のチャーリー王子だけが審査すれば良いと思うかもしれないが、乗り気ではない彼がいい加減な審査をするかもしれないという懸念が有ったので、そうなった。
今は、その準備の時間である。
「てんこさん、少しの時間ですが、今の内に練習をしましょう」
マリーさんが私にそう言ってくる。
どう言う訳か、直接関係無いはずの彼女が前のめりになっている。
「は、はい」
負ける気満々の私だが、真剣なマリーさんに気圧されて、返事をしてしまう。
マリーさんの手を取って、ダンスステップの確認をし始めた。
「そうそう、上手ですわ・・・って、待って下さい!」
途中までやって、マリーさんが止める。
「てんこさんのそれ、男性側のステップですわ」
ああ、普通にやるとマリーさんは女性側のダンスをする事になるから、私が男性役をする事になってしまう。
なんで私が男性側のステップを覚えているかと言うと、ステラさんから習った後にも自分達だけで練習していて、リーナ達の練習相手として私が男性役をしていたからだ。
男性役、女性役を交代で練習すれば良かったのだが、背の高い私がより低いリーナ達を相手に女性役をするのは無理があった。
自主練習だったので、ステラさんの所の執事さん達をその都度借りるのも気が引けた。
お陰で私は、男性用のステップばかり練習する事になってしまっていたのだ。
「困りましたわ。今から誰か男性に練習相手をお願いするにしても・・・」
マリーさんが困り顔になる。
「何やってるの?」
そうこうしていると、会場のあちこちに用意されている料理やお菓子を食べに行っていたリーナ達が戻って来た。
「え、ええと、話すと長くなるんだけど、なんとかって言う伯爵令嬢とダンスで勝負する事になった」
自分で言ってても、良く分からない状況だ。
「どゆこと?」
リーナが聞き返すが、その後ろから何かの皿を持ったユキが前に出て来る。
「てんこちゃん!それより、これ食べて!」
なんか興奮した口調で、白いババロアの様なモノが乗った皿を突き出してくる。
「え?なにこれ?」
「良いから!」
ユキはスプーンで掬ったそれを私の顔の前に出す。
直接口をつけるのはマナー的にアレなので、スプーンを受け取りそれを口の中に入れる。
「うっ、これは・・・」
思わず、声が出る。
不味くは無いのだが、強烈な違和感が口の中に広がった。
「ね、お米だよ、これ!」
ユキがそう言ってくる。
「牛乳と砂糖と一緒に煮たお米を固めてるみたい。違和感しかないよね」
カレンがそう言う。
これはライスプディングと言う奴だ。
主食として米を食べる日本人としては、甘いご飯に拒否反応を起こす人も多い。
私のお父さんの地元ではお赤飯が甘かったりして、子供の頃から食べたことが有ったから甘いのは問題ないのだが、それよりも牛乳が受け付けない。
良くある米飯給食に牛乳が合わない問題だ。
別々で出されればなんとかなるんだけど、一緒になっているとどうしようもない。
「味はどうでも良くて、お米よ、お米!この世界にも有ったんだ!」
ユキが興奮してそう言う。
確かにこの世界に来てから、穀物と言えばは小麦や大麦、ライ麦等の麦が主だった。
たまに蕎麦やトウモロコシもあったが、お米は見た事も食べた事も無かった。
「久しぶりに白いご飯が食べたくない?」
ユキがそう言うが、私は少し考える。
「でも、今まで見た事なかったって事は、この国じゃかなり珍しい食材なんじゃないの?値段も高いかも・・・」
「ああ、そうか。せめて何処で手に入るかだけでも分かれば良いんだけど」
「おや、君達、米を知っているのかい?」
私達が話し合っていると、チャーリー王子が声を掛けて来た。
「あ、はい・・・」
私は曖昧に答える。
「それは、別の大陸で作られている作物らしくてね、最近父上が手に入れて試験的に我が国でも栽培を始めた物だ。まだ一般には出回ってないから、手に入れるのは難しいだろうね」
王子がそう教えてくれる。
「え?王子様?なんで?」
リーナ達がヒソヒソ声で私に聞いて来る。
「ええと、さっきも言ったけど、どう言う訳かこの王子の婚約者の座を賭けて、向こうに居る伯爵令嬢とダンスで勝負する事になっちゃって・・・」
同じくヒソヒソ声で、大分端折った説明する。
「その件で、ちょっとお願いが有ってね・・・」
チャーリー王子が近付いて来て、彼まで小声で私達の内緒話に加わって来る。
「カスカベ男爵だったね、君は僕との婚約に実は乗り気ではないね?」
「え、ええと・・・」
私は思わず言い淀む。
また顔に出ていたらしい。
肯定するのも失礼だろうか?
「別に気にしなくても良い。まだ若い内なのに将来の事を決めろとか面倒なだけだろう。僕だってそうだ」
王子は軽い感じでそう言う。
「そこで、僕としては今回の勝負、君に勝って欲しい。婚約だけだから、後で破棄にしても良いし、君なら了承してくれるだろう?逆にザビーネさんが勝った場合、どんどん話を進められて結婚まで押し切らそうな気がするんだ」
心底嫌そうな顔でそう言う。
歳の差が有るとはいえ、そこまで彼女の事が嫌なのかと思う。
それに、チャーリー王子の話に乗ったとして、私にはメリットが無い。
後で破棄するにしても、一時的にでも王子の婚約者の立場なんて面倒でしかない。
それなら、わざと負けてしまう方が私としては楽だ。
「もちろん勝ってくれたら、何かお礼をするよ。父上に掛け合ってその米を融通しても良い」
私の考えを読んだのか、王子はそう言ってきた。
お米は魅力的だが、その為に婚約者に成るなんて有り得ないと思う。
「お願いだ、頼むよ」
王子がそうたたみ掛けて来る。
「わ、分かりました。努力してみます」
押し切られた感じで私は返事をする。
「ただ、最初のダンス勝負はどう見ても勝ち筋が有りません。一回負けて次の勝負にこちらの得意な分野を選ぶつもりですが、それで良いですか?」
私はそう提案する。
「そ、そうか、仕方ないか・・・」
「はい、なので、最初の勝負では私に票を入れないでください。示し合わせているとバレては面倒ですから」
「分かった。では、あまり長くここに居るのも不味いな」
王子はそう言って、私達のそばから離れ、お兄さん達の居る方に戻る。
「おや、何を話していた?」
戻って来たチャーリー王子にアレックス王子が聞く。
「少しばかり親睦を深めてまいりました。ザビーネさんは良く知っていますが、カスカベ男爵とは初対面で良く知りませんからね。同じ婚約者候補としてそれは不公平でしょう」
彼が如才無くそう答えるのが聞こえる。
「マジで?王子様の婚約者の座を賭けてダンスバトル?」
「もしかして玉の輿?」
「でも、あの王子、ビミョーじゃね?」
王子が去ってから、みんなが口々に言う。
「もしかして、てんこさん、婚約したくなかったんですの?」
マリーさんが聞いて来る。
「そうですね。王子の婚約者なんて荷が重いです」
私はそう答える。
「申し訳ありません。てんこさんの気持ちを考えてませんでした。ただ、あの伯爵令嬢に対して頭に来てしまいまして・・・」
マリーさんが謝る。
「良いんです。一応、王子と約束はしたけど、勝つ努力はするだけで、実際勝てるかは分からないから」
私はそう答える。
ふと、さっきからディアナさんが話に加わっていないなと周りを見回す。
お酒が回ったのか、会場脇のテーブルに突っ伏しているのが見えた。
私の為に王様に意見してくれたカッコよさはもう微塵も無い。
そうこうしている内にダンスの準備が整った様で、王宮の使用人の一人が私を呼びに来た。




