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女の子の夢として、王子様に見初められるとかあるけど、そう言うのって普通小学校低学年くらいにはもう卒業していると思う。
元の世界では現代まで続く王室とかの数は少ないし、そんな人と会う確率なんて庶民の自分にはほぼゼロだって分かってた。
この世界に転生して来て、この国が王制だって知った時、もしかしたらって考えた事も有ったが、直ぐに諦めた。
と言うか、小さな女の子が憧れる王子様は具体性が無いから良いのである。
なんか、顔も姿も曖昧な感じで、なんか良く分からないけど、とにかくかっこいいみたいな、そんな概念みたいな存在だ。
それが、実際に存在するとなると、あまり興味は引かれない。
今日初めて遠目で見た三人の王子も着飾ってはいるが普通の人間で、特段、謎のかっこいいオーラなんかは出してはいない。
更には、王子本人から直接プロポーズされた訳じゃなくて、親である王様から、言われるのもなんか嫌だ。
「ええと、流石に恐れ多いと言いますか、私、王子様の事は良く知らないですし、だいいち、王子様の方も私なんか気に入らないんじゃないかって・・・」
私はしどろもどろになりながらも、なんとか王様の申し出を断ろうとする。
「ふむ、第三王子では不満かね?」
王様がそう聞いて来る。
いや、そうじゃない。
なんか面倒臭い役職を振られるのかと思ったら、いきなり結婚とか想定外だ。
今日会ったばかり、と言うか、遠目で見ただけの王子様とか、第何でも同じだけど、より偉い方、王位継承権の高い方は更に嫌だ。
私は何とか断る口実が無いか頭を巡らす。
何か奇行でもして、王子様の方から断って貰う様に仕向けた方が良いだろうか?
そんな事を考えていると、意外なところから助け船が来た。
「陛下、結婚だけが女性の幸せではないでしょう?無理強いは頂けませんわ」
一早く逃げ出していたはずのディアナさんがまた近くに戻って来て、そう言ってくれた。
「おや、君は確か・・・」
「アルマヴァルト子爵家執事のディアナ・ユーノと申します」
ディアナさんが優雅に一礼する。
「おお、ユーノ男爵殿の娘であったな。いや、今は代替わりして弟殿が当主だったか?」
「はい」
「そう言えば、君も未婚のままエドガー君の下で実務に当たっていたな。確かに今の時代女性が仕事に生きる事も多い。うむ、無理に嫁に来い等と言ってしまって悪かった」
王様が、私に向かって謝る。
良かった、それなりに話の通じる王様の様だ。
「では、王都での何某かの役職を用意しよう。領地の方は代理人に任せれば良かろう。確か何人か友人が居て、その者達も準男爵として取り立てているのだったな。その者達に頼むと良い」
前言撤回。
私は田舎でのんびりしたいのだ、結婚しないで良いのは助かるが、人の多い都会には住みたくない。
「それもどうでしょう?先程の例え話の様に、てんこ殿の発想力は農村に住む事で得られている様に思われますわ。王都に連れて来ても、その能力が落ちては元も子もないのではないでしょうか?」
ディアナさんがそう言ってくれる。
私の言いたかった事を全部代わりに言ってくれて、有難い。
こうして見ると、私の胸の内を理解して、的確に言葉にしてくれる頼りになるお姉さんだ。
さっきは、逃げたとか、行き遅れの飲んだくれとか思ってしまって、本当に申し訳ない。
「なるほど、そうなのか?」
王様が私に聞いて来る。
「は、はい。出来れば、今の村に居たいです。王都に来るのはたまにで十分です」
私はなんとかそう答えた。
「そうか、残念だな。君はどう思うバラモンド?」
王様が執事長に聞く。
「そうですな、この国の国王陛下は人を使うのが上手で、どうしても必要な場合以外に配下に無理強いをしないのが美点でございます」
バラモンドさんがそう答える。
「そうか、分かった。確かに無理強いをして、他国に逃げられたりしては困るからな」
王様も納得してくれた様だ。
きっと私はかなり嫌そうな顔をしていたと思う。
ディアナさんやバラモンドさんもそれを察して助言してくれたのだろうし、王様自身にも伝わっていたとは思う。
それを怒らずに受け入れてくれた王様の寛容さには感謝だ。
そうでなければ、本当に逃げ出す事を考えていた。
今や私はリーナ達の代表で、逃げ出すと彼女達に迷惑が掛かるから、全部投げ出すのは最終手段ではあるが、それでもいざとなったら、私はやりかねない。
「とは言え、この先男爵殿の知恵を借りたい事も有るだろう。その時は手紙を送っても良いかな?」
「は、はい。もちろんです。ファーレン伯爵邸に連絡役を置きますので、そちらを通してもらえれば」
「分かった。今日は良い話が聞けて満足だ。さて、年寄りはそろそろ退散するかな」
そう言って、王様が席から立ち上がる。
バラモンドさんも立つ。
私も慌てて立って、一礼する。
「そうそう、カスカベ男爵殿は農業に造詣が深い様だが、良かったら王都の農業試験場を見て行くと良い。まだ何日かはこちらに滞在するのであろう?」
立ち去り際に王様がそう言ってくれた。
「は、はい」
「話は通しておく。好きな時に訪ねると良いだろう」
「有難うございます」
私は礼を言って、去って行く仮面の王様を見送る。
どうやら、王様は私一人に会う為にわざわざこの舞踏会に顔を出したらしい。
「疲れた・・・」
私は再びテーブルに着いて、突っ伏す。
「お疲れ様です」
一旦離れていたマリーさんがやって来て、ねぎらいの言葉を掛けてくれる。
エラさんが飲み物のお代わりを持って来てくれる。
「もう帰りたいわ」
温かい紅茶を飲みながら、私はそう言う。
その時、私達を遠巻きにしていた一団の中から、貴族令嬢らしき人物が近付いてきた。
「ちょっと、貴女!陛下からチャーリー様の婚約者に指名されたと言うのは本当ですの!?」
高そうなドレスを身に付けた令嬢が、私に怒鳴り付けて来る。
どうやら、王様が第三王子との結婚話を持ち出した後は、騒めきが大きくなってその後の話は聞こえていなかったらしい。
「あ、いえ、その話は無くなりました。あれは王様、いやあの仮面の人の冗談だったんじゃないかな?」
私は慌てて立ちあがり、弁明する。
「本当ですの!?」
その女性が怒り顔のまま聞く。
「本当です。私の様な新参の男爵なんかが、王子様と結婚できる訳ないです」
私はそう答えるが、彼女はまだこちらを睨んで来る。
色鮮やかな高価そうなドレスを着ているが、年齢は私より結構上の様に見える。
「私も聞きました、ザビーネさん。一度チャーリー王子のお嫁にと言う話は有りましたが、直ぐに撤回されました」
ディアナさんもそう証言してくれる。
「そ、そうよね。こんな新参の田舎者に王子との縁談なんて、冗談でもなければ有り得ないわ」
ザビーネと呼ばれた女性が私をジロジロと見ながらそう言う。
嫌味の様な事を言うが、私は別に気にしない。
私の預かっている領地が田舎なのは事実だからだ。
「それよりもザビーネさん、名乗りもせずに、その様に目下の者への高圧的な態度は良くありませんね」
ディアナさんがそう言う。
そう言うって事は、やっぱりこの人は男爵より上の家柄の様だ。
「こ、これは失礼。私、ビルタン伯爵家のザビーネと申します。以後お見知りおきを」
彼女が自己紹介をする。
あくまで、高圧的な態度だ。
「ええと、最近男爵に成ったてんこです」
私もそう名乗る。
いつの間にか、私達の周りに人垣が出来ている。
その人垣が割れて、更に別の人達がやって来る。
「さっきまで父上が来ていた様だが、これは何の騒ぎだい?」
そう言いながらやって来たのは、さっきまで遠目で見ていた第一王子のアレックス王子。
その後ろには第二と第三の王子も付いて来ている。
一難去ってまた一難てやつか?
これ以上話をややこしくしないで欲しい。
私は本気で帰りたくなった。




