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春日部てんこの異世界器用貧乏  作者: O.K.Applefield
17章
157/215

17-5


「昔、この国の王がまだ王子だった頃に戦争に大負けしてな。それ以来、彼は自分がそう言う事に向いてない事に気付いた」

 仮面の王様が話し始める。

「それ故、こちらから他国に攻め込むことは控え、攻め込まれた場合には前線は部下に任せる事にしているそうだ。守りに徹し、内政、特に農業に力を入れて、国力を貯える事に重点を置いて来た。そのお陰で一部の者は儂・・・ではなくその王を臆病者だと言うが、君はどう思うかね?」

 そう聞かれて、私は困った。

 王様がそう言うのは完全に自虐である。

 これを否定して、王様を持ち上げるのは簡単だ。

「え、ええと、そんなことは無いと思いますよ」

 私はそう答える。

「ふむ、何故そう思う?」

 王様は更に聞いて来た。

 そう、お世辞でそう言っても、理由を聞かれてしまう。

 そしてここで、理由を言うのも難しくは無い。

 だが、今私が考えているおそらく正しいと思われる回答をすると、王様の中での私の評価がまた上がってしまいかねない。

 別に私の回答が絶対正しくて、評価爆上がりだと思い上がっている訳では無い。

 一応、エドガーさんやベルフォレストさんとその叔父さんであるアルフレッドさん達から聞いた話を纏めているのである程度確実な答えのはずだ。

 ともかく、その事を言って、私の評価が上がって、また国の重要な仕事とかを任されるのは避けたい。

 一瞬の間に色々な考えが頭の中を巡るが、私は答えた。

「ええと、これはエドガーさんや他の人達から聞いた話ですが、臆病である事は問題ではないと思います。実際、その昔の大敗以降に領土を失う程の負けは無いんですよね?だったら、その王様の判断は正解だったと思います。同じ臆病者でも嫌な事を全て投げ出して何もしない人と、苦手な事だけ人に任せて、それ以外の仕事はきちんとやる人が居ると思います。王様は後者だと分かってる配下の人も多いのではないでしょうか」

「ほう、エドガー君がそう言っていたと?」

「はい、他の人もそう思っていると思います。王様の事を臆病者だと思っているのは極一部の人だけではないでしょうか?」

 私はそう答えた。

 王様の機嫌を損ねず、かつ、私の評価があまり上がらない様にする為には他の誰かがそう言っていたとするのが一番無難だと思ったのだ。

 人の悪い所を言うのに他の誰かが言っていたって言うのは良くない事だと思うけど、良い所を伝える場合なら多分大丈夫だろう。

 私の主体性が無いと思われるかもしれないが、変に評価が上がるよりは良い。

 とっさに思い付いた方針だが、とにかくこれで行こう。

「例の冷害に強い小麦の開発は凄い事だと国民はみんな言ってますよ。私の村の様な標高の高い所以外では十分な食料の確保が出来ていると聞いています。そのお陰で去年の戦争でも、こっちの陣営では十分な食べ物が有りました。その兵站の仕事を指示していたのも王様ですよね。対して敵側は食料が少なかった様ですし、もし、私達の活躍が無かったとしても、最終的には勝てたと思いますよ」

 続けて私はそう言う。

 確かにワンパターンなメニューしか出されなかったが、食事の量自体は不足は無かった。

「だが君達が居なかったら、逆侵攻してアルマヴァルトを取り返す事までは出来なかったのではないかな?」

「ええと、それもエドガーさんの作戦が上手く行ったからです。私達はその作戦通りに動いたに過ぎません」

 私は嫌味にならない程度に謙遜して見せる。

「ふむ、なるほど」

 王様はそう言って、頷いた。

 なんとか、私達の評価を下げず、それでいて上げ過ぎない様に出来たか?

 私が、内心胸を撫で下ろしていると、王様は続けて話し始める。

「では、ここからが本題なのだが、その臆病な王様が、他国、特に沿岸諸国のバリス公国かベルデン共和国に攻め込もうとしているのだが、上手く行くだろうか?」

 そう言われて、私は一瞬意味が理解できなかった。

 ここから本題って、今までのは前座だったのか?

 と言うか、現在敵対しているワーリン王国ではなく、比較的友好関係にある沿岸諸国に攻め込むってどういう事?

 バリス公国には私達と同じ転生者のモモ(桃山梓)が住んでいるので、そことの戦争は止めて欲しい。

 あ、レオンこと緑川礼尾太郎も居たっけ。

 等々、色んな思考が頭を巡る。

「おっと、少し違うな。貴族の一部にそう言う意見もあると言うくらいか。ワーリン王国との戦勝の勢いで、沿岸諸国を併合しようと言う意見だ。我が国は海に面していない。これからは海運が重要だと言う者も多いのだ。我が国の食料生産力と軍事力を背景に圧力を掛け、我が国に統合するか、属国にするかと言う企みだ。どう思うかね?」

 私は高速で考えを巡らせる。

 エドガーさんや他の貴族もそんな話をしてはいなかった。

 今回初めて聞いたし、王都でもそう言った戦争と言うか軍事的圧力を掛ける準備をしている様子は無い。

 そこから考えると、本当に一部の貴族だけからの意見だと思われる。

 今私達の周りで聞き耳を立てている貴族達も一瞬ざわっとしたが、それ程驚いていない事からすると、そう言う話は有っても、まだ実際には動いていないと見て良い。

 それと合わせて、この仮面の王様の少しおどけた言い方からすると、王様自身と大多数の貴族はその案には反対なのだろう。

 新参の下っ端貴族にそんな国家の大事にかかわる事を相談するなんて、どうかしているとも思ったが、王様自身の方針は決まっていてると見て良い。

 それを肯定するか、否定するかが問題か?

「地理的に見てバリス公国が良いのだが、圧力だけでこちらの軍門に下らないのであれば、実際に軍事行動に出る事も考えている。いや、この国の王もそう考えているだろう。なにせ、散々臆病者と言われてきたのだ。それを払拭したいと考えたとしても不思議ではないな」

 仮面の王様は他人事の様にそう言う。

 そうは言うが、これは私の反応を見る為のブラフだろう。

 果たして私はこの質問に何と答えれば良いのだろう?

 ふと、王様の食べているりんごのタルトが目にとまった。

「ええと、海運の事は良く分からないですけど、領土を拡大すると言うその一部の貴族様の意見は理解できます」

 私は持っていたアイスレモンティーを一口飲んでから、口を開いた。

「ほう?」

 王様が相槌を打つ。

「領地や収入が増える事によるメリットは、それ以外のデメリットを簡単に覆い隠すことが出来るでしょう」

「確かにそうだな」

「でも、一度その旨味を知ってしまうと、人は更なる拡大路線に走ってしまいます。その貴族様も今回アルマヴァルトを手に入れた事による利益から、次の目標を探しているのでしょう。でも、拡大路線はいずれ頭打ちになります」

「うむ、千年前の彼の帝国も大陸全土を支配下に収めた後は、それ以上攻め込む所が無くなって内部から崩壊していった。歴史の真実である」

 王様は満足げに頷く。

「なので、無理な拡大路線には反対ですが、国の大きさが変わらないままであれば、同じように停滞が起こってしまいます。国や組織は常に成長を求めていると言って良いでしょう。例えばりんごの木の様に」

「なに?」

 私の言葉に王様が少し怪訝な声を出す。

「知っていますか?りんごの実は前の年に成長した枝の先にしか生らないんですよ。収穫を得るには常に木を成長させる必要があります。でも、木が大きくなり過ぎると重みで枝が折れたりするので、ある一定の大きさまでにしか出来ません。でも、成長させる必要がある。どうすれば良いか分かります?」

「いや、儂も麦に関しては少しばかり知見は有るが、果樹の方はさっぱりだ」

「そこで、剪定をするのです。不要な枝を切り落として、残した枝が成長する余地を作り出す技術です。これによって木の全体の大きさを変えずに永続的にりんごの実が収穫できるのです。これを国や組織に応用すれば、規模をそのままに、成長する事によるメリットを受けられるかもしれません」

「そんな事が出来るのか?」

 王様が半信半疑で聞いて来る。

「分かりません。私は少し前に男爵に成ったばかりの小娘で、国家運営とかの経験は皆無ですから。でも、りんごの木では出来ている事です。応用できるかどうかは、偉い人の仕事でしょう」

 私がそう答えると、王様は少し考え込んだ。

「・・・ふむ、カスカベ男爵殿、貴公は興味深いな。拡大路線の不利を見抜く事までは予想できたが、その先の対策まで面白い例えで示してくれるとは思わなかったぞ。想像以上の人材と見た!」

 王様がそう言って笑う。

 しまったあああ!

 急に国家規模の戦略の話を振られたんで、テンパってしまった。

 それまでの無暗に評価を上げさせないって言う方針を忘れてしまっていた。

 剪定の例え話は先日ステラさんやエリシアさんに上手い事言えなかったのを気にしてて、色々考えていたのを思わず話してしまったのだ。

 お陰で、王様から面白い女扱いである。

「やはり、田舎に置いておくのは勿体無いな。どうだ、うちに嫁に来ないか?三男のチャーリーなら、丁度歳も近いだろう」

 いきなり、そんな事を言い出す。

 遠巻きにしていた他の貴族達が、先程の比ではないくらいにざわめき出す。

 私は頭を抱えたくなった。


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もうしがらみを捨てて、遁走するしかないね
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