17-4
似合わない仮面を着けた王様が執事のバラモンドさんを引き連れてこちらに歩いて来る。
王宮執事長のバラモンドさんは仮面を着けていないので、他の貴族達も王様の正体には気付いている様だ。
それでも、ディアナさんが推測したのと同じ様に仮面の意味を理解しているのか、大仰に挨拶はしないで軽く会釈をするだけで彼を素通りさせている。
私も気付かないふりをして何処かに逃げたいが、流石にそれは無理そうだ。
王様が、私とマリーさんの前まで来る。
バラモンドさんと目が合った時から予想していたが、思った通りマリーさんではなく、王様は私の前に立った。
目元だけを隠す仮面の下から、興味深そうな目で私を見る。
何の用が有るのかは分からない。
そう言えば、今年の夏頃にバラモンドさんから男爵の身分を表す剣を貰ったが、正式な授与式は後で行うと言われていた。
もしかして、今それをするのか?
でも、それだと仮面を着けて身分を隠しているのが分からない。
王様であることを隠していては正式な授与式にはならないからだ。
聞いた話では、授与式は一年以内に新任されたり代替わりした貴族をまとめて新年の辺りに行うそうなので、ますます今ではないだろう。
ともかく、王様みたいな偉い人と一対一で対峙するなんて、小心者の私には荷が重い。
私が固まっていると、隣のマリーさんがスカートの端をつまんで、礼をする。
それを横目で見て、私も慌てて倣う。
ドレス姿での正式な礼の仕方もステラさんとエリシアさんに習っているが、急な事なのでかなりぎこちない仕草になってしまう。
「そうかしこまらなくとも良い。今の儂は若者の宴に迷い込んだただの場違いな中年だ」
王様がそう言う。
「はあ・・・」
私は曖昧な返事をする。
「カスカベ男爵殿だね?立ち話もなんだ。そこの席を借りようか」
舞踏会なので、踊らない人も基本立食の形になっているが、休憩の為に幾つかの席も用意されている。
偉い人に逆らえるはずもなく、私は言われたまま席に着く。
自分に用が無いと判断したマリーさんは軽く会釈をして、少し離れた所に居るディアナさんの方に行った。
「楽しんでいるかな?カスカベ男爵殿」
王宮のメイドさんが運んで来たお菓子とコーヒーを口にしながら、王様が聞いて来る。
偉い人に男爵殿とか呼ばれるのは少し居心地が悪い。
「は、はい。お菓子とか美味しいですし・・・」
私はそう答えて、少し後悔した。
舞踏会に来て、踊りもせずに食べ物の感想しか無いとか、感じ悪いかもしれない。
「はっはっはっ、それは良かった」
それでも、王様は笑ってくれた。
「そう言えば、こちらのタルト、アルマヴァルト産のりんごを使ったものだそうです」
王様の隣に座ったバラモンドさんがそう言う。
少し前に収穫が終わった早生りんごは既に王都でも売られるようになっている。
「おお、そうか。確かに美味い」
王様はりんごのタルトを美味しそうに食べてそう言う。
少し太めのお腹を見ると、どうやら食べるのが好きな人の様だ。
それでも、ある程度の節制はしているみたいで、無駄にブクブクと太ってはいない。
「これならエドガー君が言った様に来年以降の税は麦ではなく、りんごを売った金で払うと言うのも理にかなっているかな。男爵殿の領地も金納にしたい様だが、やはり、あの土地は麦の栽培には向かないか?」
それまで和やかな雰囲気で話していた王様の口調に、少しだけ真剣な色が混じる。
そう言えば、今この国で作られている冷害に強い小麦はこの王様の指示で開発されたと聞いている。
「え、ええと、やっぱり他の地域よりも寒いので難しいです。今年は良いんですけど、去年の様な冷害の年では収穫が殆んど無くて、りんごとか他の作物を売って何とかしのいでいたみたいですし」
私はそう答える。
「なるほど。だが、麦なら収穫量に対する割合で納めて貰う事になるが、それ以外の換金作物は一人当たり幾らで納めて貰う。売った時の相場によって収入が変わるから農民が困る年が有るのではないか?」
「そこは商人の人達と交渉して、なるべく価格が下がらない様にお願いしています。それに、麦以外の納税が金額固定なのは農民の収入を把握しきれてないからですよね?少なくとも私達の村では把握できています。先日提出した資料では村全体の合計だけ出しましたけど、内部では一軒一軒のデータも採っています。それを元に麦と同じ税率を掛ければ王国への上納金は正確な金額を出すことが出来ます」
「ふむ。だが、それでは上納金が減ってしまわないかね?」
「試算してみた処、それ程減ることは有りません。むしろ相場が良い時は多く上納する事も出来ると思います。もちろん不作の時は減りますけど、それよりも正確に計る事で農民達の不公平感が無くなると思います。そちらの方が国としては重要なのでは?」
私がそう答えると、王様は少し考え込んだ。
「なるほど、確かに国家運営に税収は必要だが、それによって民の不満が溜まり反乱など起こされては元も子もない。どう思うかね、バラモンド?」
王様が隣に座る執事長に聞く。
普通執事さんとかは主と同席したりせず後ろに立っているものだが、今の王様は身分を隠しているので同席を許している様だ。
「ご慧眼でございます」
王様に対してなのか私に対してなのか、バラモンドさんが肯定する。
「そうか。まあ、実際の課税は来年からだ。詳細はその時に詰めよう」
そう言って、王様は二切れ目のタルトを食べる。
その言葉に私は胸を撫で下ろした。
偉い人との話は疲れる。
少し緊張を解いて周りを見回すと、私達のテーブルの周りに居る貴族の人達がこちらに聞き耳を立てているのに気付く。
遠巻きにしているのは、ディアナさんとマリーさんと居た時と同じだが、明らかに見ない振りをしながら私達に注目している。
そりゃ、悪目立ちする仮面を着けた王様が下っ端貴族の私と話をしているのだからみんな気になるだろう。
「しかし、エドガー君や両ベルフォレスト卿が言う通りだな。若くしてその見識、田舎の村の領主にしておくのは勿体無い」
王様が仮面の下から私を見て、そう言う。
ここに来て、私は王様の意図を理解した。
どうやら、新参者の貴族である私の人格とか能力とかを確かめに来た様だ。
それにしても、王様が直々に会いに来るのはこの世界では普通なのだろうか?
貴族と言っても、男爵は一番の下っ端で、大半は村程度の大きさの領地しか持っていない。
もしかして、去年の戦争の時や今年のワーリン王国への潜入とかの私達の働きを過大評価してしまっているのかもしれない。
無能と思われるよりは良いが、変に注目されるのは困る。
また面倒な仕事を押し付けられては堪らない。
「いえ、元平民の私が爵位と領地を頂けただけで・・・ええと、過分な待遇でございます」
私は謙遜して、そう答える。
本心は、『貰ったあの村でまったりとスローライフを送りたいから、これ以上のご褒美は要らないし、それに付いて来る責任を伴う役職とかも要らない』である。
しかし、王様は仮面の下でニヤリと笑い、私を試す様な目で次の話題を振って来る。
「そうそう、麦とりんごの税の話は置いておいて、もう一つ聞きたいことが有るのだが、良いかね?」
『良い訳ない!』と叫びたかったが、私は引きつった笑顔で頷く事しか出来ない。




