17-3
王都のファーレン伯爵邸。
ファーレン伯爵家は私達の村の在るアルマヴァルト地方全体を治めるエドガーさんの奥さんであるロリアーネさんの実家だ。
子爵以上の貴族は自分の領地以外に王都にも屋敷を構える事が義務付けられている。
領主自身は領地に居ても王都に居てもどちらでも良い。
居ない方には代理人を置くのだそうだ。
「ワン・ツー・スリー、ワン・ツー・スリー、ハイ、そこでターン!」
その代理人であるファーレン伯爵夫人、ステラーナさんが私達にダンスのレッスンを付けてくれている。
王宮での舞踏会の招待状を貰った私達は、まずはアルマヴァルト領主であるエドガーさんに話を聞きに行った。
「要は若い貴族どうしの親睦会と、それにかこつけたお見合いみたいなものさ。まあ、そんなに真面目に受け取る事も無い。アレックス様と他の王子殿下の連名だが、あくまで個人主催の王国とは関係の無い催しだ。楽しんでくると良いよ。他の三人もてんこ殿の家族という事で招待状を発行してもらっている」
あっけらかんとした感じで、エドガーさんはそう言った。
「王都での宿泊は私の実家に泊まると良いわ。準備とかもうちのお母様がしてくれるので何の心配も無いわ。あと例の件も有りますし、丁度良いのではなくて?」
アーネさんもそう言った。
「出席するかしないかは自由だが、去年は戦争が有ったせいで開催できなかったから、今年は盛況になると思う。てんこ殿も新しく貴族に列せられたのだから、他の貴族に対する顔見せの為に行ってくると良いだろう。ディアナも出席させるから、道中は彼女と一緒に我が家の馬車に乗って行くと良い」
ここまで至れり尽くせりされると、欠席するとは言えなくなってしまう。
そんな訳で王都までやって来たのだが、この世界の社交ダンスとか全く踊れない私達はこうやって、アーネさんのお母さんのステラさんから教えてもらっているところだ。
婚約とか関係なく、社交辞令でダンスに誘ってくる男性もいるらしいので、踊れないよりは踊れた方が良いと言われている。
もちろん社交ダンスなので、相手が居ないと踊れない。
伯爵家の執事の数人が練習相手に成ってくれている。
他には三人だけだが練習の為に楽団が曲を奏でてくれている。
主旋律を奏でるバイオリンの様な弦楽器と、低音を出す大きな弦楽器(ユキに聞いたらコントラバスと言う物に似ているそうだ)、リズムを刻む小太鼓(スネアドラムと言うらしい)が在る。
格下の男爵と準男爵に普通ここまでしてくれるものだろうか?
色々有って、私達の事をかなり気に入ってくれたのかもしれない。
ぎこちないながらも、なんとか通しで一曲分が終わる。
普段使わない筋肉を使うので、結構しんどい。
数時間かけて、付け焼刃だがなんとか踊れるようには成った。
「取り敢えずはこんな感じかしらね。ただ、これは基本の曲で、舞踏会の後半に成れば難しい曲も有るかもしれないわ。その時は無理せず、断った方が良いかも知れないわね」
「初めてにしては十分ですわ。一段落したのなら休憩にしません?」
ステラさんに続いて、エリシアさんがそう言う。
ダンスホールの隅にテーブルが置かれ、お菓子とお茶の用意がされている。
エドガーさんのお母さんのエリシア・ベリーフィールド子爵婦人もここに来ている。
子供同士が結婚したステラさんとエリシアさんは良くお互いのお屋敷を行き来しているそうだ。
そして、自分達の子供が手元を離れた事で、寂しがっている二人は私達四人を親戚の子供の様に可愛がってくれる。
「さあ、座って。飲み物は何が良いかしら?」
エリシアさんがそう言ってくれる後ろで、メイドのヴィクトリアさんがティーポットを用意している。
ヴィクトリアさんは私達の村の村長邸でメイド頭をしてくれていたが、今回私達と一緒に王都まで来た。
と言うか、彼女は元々ファーレン家のメイドだったのが、アーネさんの結婚と共にアルマヴァルトまで付いて来て、色々有って私達の所に再就職している。
それが、巡り巡ってまた元の職場に戻って来たのは訳がある。
先程述べた様に、子爵以上の貴族は王都に拠点を構える必要がある。
ベリーフィールド家から独立したエドガーさんも、新しく王都邸を建築中で、ディアナさんはその監督の為に来ている。
舞踏会に出席するのはあくまでついでである。
そして、彼女はアルマヴァルト新子爵家の王都での代理人に就任する予定だ。
新婚のエドガーさんとアーネさんは一緒に居たいだろうから、別々に住むのは避けたい。
そこで執事長であるディアナさんが抜擢された。
また、王都邸が必要なのは子爵以上だが、男爵家でも王都との連絡の為に拠点を持つ家は多いらしい。
しかし大きな屋敷を持つのは経済的に難しいので、一般住宅と変わらないような小さな家を拠点にしたり、複数の男爵家でアパートの様な集合住宅を建てたり借りたりしてその一室を使ったりするそうだ。
中には例は少ないが、懇意にしている上級貴族の屋敷の一部に間借りする男爵家も居るらしい。
そんな訳で、私達も王都に拠点を持つことにして、アーネさんの実家のファーレン伯爵邸の一室を借りる事にした。
これがアーネさんの言っていた例の件だ。
そして代理人だが、私達四人の誰かを送り込もうと言う案も有ったのだが、どう言う訳か誰も行きたがらなかったので、代わりに元々ここで働いていたヴィクトリアさんに来てもらう事にした。
長年働いてきた場所で、知り合いも多いので困ることは無いと思う。
それに私達の留守中に村の事務仕事をして貰った事から、能力的にも十分だと思ったのだ。
仕事は王都との連絡係と、ステラさんから借りた部屋の掃除とかの簡単なものだ。
肩書はカスカベ男爵家王都邸執事長である。
ディアナさんがアルマヴァルト家の執事長をやっているので、女性が執事でも問題は無い。
慣れた手付きで紅茶を淹れてくれる仕草は、完璧なベテランメイドさんだが、彼女が私達の王都での代理人になる。
「今回は初参加ですから、顔見せ程度でしょうけど、良い男性が居たら遠慮せずにアタックしても良いのよ」
ヴィクトリアさんではなく別のメイドさん(彼女もヴィクトリアさんの元同僚のはずだ)が淹れた紅茶を飲みながら、ステラさんがそう言う。
「「「「うーん・・・」」」」
私達は全員が曖昧な顔をする。
雁首揃えて四人全員でやって来たが、誰も婚約者をゲットする事は考えてはいない。
今回の王都行きは、主にヴィクトリアさんを連れて来て、ここに拠点を確保するのが目的だった。
舞踏会に招待されたのは時期的に丁度良かったが、こう言っては何だが、ついでみたいなものだ。
もっと言えば、四人で来る必要も無い。
「まあ、結婚する気とかは無いけど、何て言うか、舞踏会ってなんか素敵そうな気はするって言うか・・・」
ヴィクトリアさんの淹れてくれたお茶を飲みながらリーナがそう言う。
「そうよね、べ、別に貴族の御曹司?とか言うのに興味がある訳じゃないし・・・」
カレンもそう言うが、こちらは何か気になってはいる様子だ。
まあ、気になっているだけで、実際にダンスだけではなく交際まで申し込まれたら、彼女も尻込みするとは思う。
「それでも面白そうではあるし、たまには王都にも来てみたいから」
ユキもそう言う。
「あら、田舎は退屈かしら?」
エリシアさんがそう聞いて来る。
「ええと、あっちはあっちで楽しいですよ。子供達に勉強を教えたりとか・・・でも、毎日それだけだとね・・・」
ユキがそう答える。
「そうね、私も年に数ヶ月は領地の方に行きますわ。それはそれで楽しいですわね。たまに別の所に行くのは良い物ですわ」
エリシアさんもそう言った。
「てんこさんの領地ではユキさんが教育を担っているのですね。私の娘のアーネも魔法学院で講師をしていましたけど、生徒さんに教えるのはやりがいのあるお仕事なのね」
ステラさんがチーズケーキを切り分けて、皆に配りながら、そう言う。
「やりがいは有るって言えば有るかも・・・色々大変だけど」
「まあ、そうなの?」
エリシアさんが聞き返す。
「そうですね、上手く行かない事も有るけど、他の人にアドバイスとか貰ったりして・・・こないだもてんこちゃんに面白い例え話でアドバイスをもらって・・・」
そう言って、ユキはこの間の私がしたりんごの木の育て方を例にした話をする。
思い付きで言った例えなので他の人に話されると恥ずかしい。
「まあ、面白い例え話ね」
エリシアさんがそう言ってくれる。
「素晴らしいお話だわ。そのりんごの木の剪定?についてのお話、他にも無くて?」
ステラさんもそう言う。
しかし、急に聞かれて私は少し困った。
「え、ええと、さっきの話は若い木の話で、それは子供の教育とかに上手く嵌るんですけど、大きくなった木の剪定は上手く例えられないかもです」
「あら、どうして?」
「ええと、大人になった木はそれ以上大きくならない様に枝を短く切る必要が有るんです。上に伸ばしてしまうと、人の手が届かなくなってしまうし、横だと隣に植えた木にぶつかってしまうし。木は自由に大きくなりたいのに人間の都合で制限する事になるから、何かに例えようにも上手くはいかないかなって・・・」
私はそう言う。
「そうなのね」
「でも、若い木の話だけでもお勉強にはなったわ」
ステラさんとエリシアさんは少し残念そうな表情をしたが、そう言ってくれた。
私はチーズケーキを食べながら、上手く言えなかったことを少し悔しく思う。
話題はまた、舞踏会の方に戻る。
ステラさんやエリシアさんが若い頃の舞踏会の話になり、今の旦那さん(アーネさんやエドガーさんのお父さん)との馴れ初めを話してもらい、ひとしきり盛り上がった。




