表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春日部てんこの異世界器用貧乏  作者: O.K.Applefield
17章
153/215

17-1


 麗らかな日差しが降りそそぐ秋の庭。

 ワルツの調べが流れ、大勢の若い男女が優雅に踊っていた。

 今日は王宮の舞踏会。

 この国の王子様主催で、国中の貴族の中から結婚適齢期くらいで未婚の子女が集められている。

 要するに、合コンって言うか、婚活パーティーみたいな感じの催しだ。

 どう言う訳か今年の夏くらいに、この国ベルドナ王国から男爵位を貰ってしまった私も出席する事に成った。

 私の名前は春日部天呼。

 天が呼ぶと書いて、てんこだ。

 ただしそれは元の世界の日本での話だ。

 なんか色々あって、私達は現代日本から中世ヨーロッパ風のこの世界に転生して来た。

 当然この世界に漢字は無いので、ここで私が名乗るときはカスカベ村領主のテンコまたは、テンコ・カスカベと名乗る事になっている。

 小学校の時のあだ名が『天かす』だったので、名前→性の順で呼ばれるのには、いまだに抵抗が有る。

 それはともかく、国中の貴族の子女が集まっているので、王宮のダンスホールでは収まらず、広い庭での舞踏会になっている。

 それでも、全員が一度に踊るのは難しいので、半分くらいの人は会場脇で軽食等をとりながら、談笑している。

 着慣れないドレスに身を包んだ私も、踊らずに見ているだけの人だ。

 うろ覚えのダンスステップに自信が無いのも有って、自分から誘いに行く事も無いが、向こうから誘いに来る男性も居ない。

 地味な顔立ちと、女性にしては無駄に背の高い私とダンスをしたい物好きな男性も居ないだろう。

 知り合いの貴族であるエドガーさんを通して招待状を貰ったが、当のエドガーさんとロリアーネさんからは無理に結婚相手を見つける必要はないと言われている。

 既婚者、と言うか、新婚ほやほやのその二人はこの舞踏会には参加していない。

 二人に言われた通り、当分、結婚する気の無い私は壁の花に徹するつもりだ。

 屋外だから、庭木に同化して気配を消しているってのが正しいのかもしれない。

 そして、同じ様にダンスに参加しない女性が二人、私の両脇に居た。

 一人は、ベルフォレスト子爵の息女、マリーさん。

 最近、隣の国から寝返って来たベルフォレスト家はこの国では新参者である。

 それ故、他に知り合いも居なくて心細かったのだろう、開場時、少しだけ面識のある私の顔を見付けるとそばにやって来て、離れなくなった。

 とは言え、これからはこの国の貴族としてやっていかなければいけないので、私以外の知り合いも作った方が良い様に思う。

 私よりもかなり綺麗と言うか可愛いので積極的に行けば相手も見つかると思うし、そう言ったのだが、まだ心の準備が出来ていないのか、私の陰に隠れがちだ。

 何故か、その位置に居るのが楽しそうな顔をしているのが良く分からない。

 で、もう一人はユーノ男爵家息女、ディアナ・ユーノさん。

 エドガーさんの所の執事長をしているディアナさんだ。

 実は彼女も貴族の娘だったのだ。

 とは言え、ディアナさんは既に既婚者のエドガーさんやその姉さん女房であるロリアーネさんよりも年上である。

 こう言っては何だが、結婚適齢期が十代後半から二十代前半のこの世界では、二十代後半の彼女は行き遅れと言って良いだろう。

 なので、これまた声を掛けてくる男性が居ない。

「・・・良いのよ私は。うちは弟が家を継いでるし、私は仕事に生きるって決めてるんだから。それをあの親はたまに顔を出すと小言ばっかり言って来て・・・」

 そんな愚痴を言いながら、ディアナさんは既に三杯目のお酒をあおる。

 ダンスパーティーだからそんなに強いお酒は出していないはずだが、既に彼女は出来上がって、やさぐれモードに入っている。

 そんな感じだから、ますますディアナさんに声を掛けてくる人は居ない。

 少しきつめの顔立ちだがこれまた美人なのにもったいない気がする。

 こんな感じで、私達三人の周りは他に人の居ない空間が出来上がっている。

 パートナーを探す男性はもちろん、噂話に興じる女性の集団も私達を遠巻きにしていた。

「お嬢様、お飲み物を貰ってきました」

 そんな私達にメイド姿の女性が近寄って来る。

 マリーさんの大叔父さんであるアルフレッド・ベルフォレストさんと一緒にこの国に逃げて来たエラさんだ。

 彼女は今、お兄さんのマックスさんと共に、ベルフォレスト家の使用人をしている。

 彼女が持って来たトレイの上には数種類の飲み物が乗っていた。

「有難う、エラ。さあ、てんこさん、お好きなものをどうぞ」

 マリーさんが先に私に飲み物を勧める。

「ど、どうも」

 マリーさんは子爵家の人で私はその一つ下の男爵だから、順番が違うとも思うのだが、彼女の厚意なのだろうから、一応有難く受け取る。

「悪いわね」

 ディアナさんも横から赤い色のカクテルを持って行く。

 私はアイスレモンティーだ。

 マリーさんも私と同じものを取る。

 残ったホットの紅茶を持って、エラさんが私達より少し下がったところに移動する。

 残った飲み物や食べ物は使用人さん達が飲み食いしても良いらしい。

 そこそこ長い時間のパーティーなので、その間何も口にしないのではメイドさんも大変だからと言う配慮だろう。

 ホストである王宮側のメイドさん達はいっぱい居るが、参加者の方でも使用人を連れて来るのは許されている。

 ただし、それは子爵以上の家柄に限られていた。

 つまり、一番下っ端の男爵の家の人は一人で来いって事だ。

「まあ、子爵以上が四十数家しかないのに対して、男爵家は三百家以上ありますからね。そこの使用人まで連れて来られたらこの王庭でも狭いでしょうね」

 四杯目のカクテルを飲みながら、ディアナさんが解説してくれる。

「一応無礼講みたいには言われてますけど、あちらの様に身分の高い方達はそう言う方達だけで固まってますし、そう言う方々は大体既に婚約者が居て、この会には顔見せだけの目的で来ています」

 彼女の言う通り、会場の王宮に近い方に一際豪華なドレスやタキシードを着た一団が居る。

「開会の時に挨拶したのが第一王子のアレックス様で、その隣が第二王子ブルーノ様と、第三王子のチャーリー様ね。上二人が既に婚約者が居て、第三王子だけがまだだったかしら。確かチャーリー様は貴女方と同い年だったはずだから、その気が有るなら狙ってみるのも良いかも知れないわね」

 ディアナさんが私とマリーさんに話を振って来る。

 身分の高そうな人達の中に王子様達は居るが、ここからでは遠くて顔も良く見えない。

「いや、流石に王子様は無理でしょ。私とか数か月前に男爵に成ったばかりの新参者ですよ」

「わ、私も新参者なのは同じですし・・・」

 私とマリーさんが無理だと言わんばかりに手を振る。

「そう?王子って言っても第三にもなれば、そんなに構える事は無いと思うけどね。いずれは臣籍に降下して小さな領地を貰ったり、どこかの男子のいない貴族に婿入りしたりするのが普通なんだから」

 ディアナさんがそう言って来るが、私は元々そんなつもりは無い。

 そうこうしていると、向こうからドレスを着た女の子が三人やって来た。

「いやあ、王子様の顔見に行ったけど、やっぱり無理だったわ」

「そうだな。お偉いさんゾーンの威圧感には勝てなかった」

「でも、出されてる料理はこっちもあっちも同じみたいだから、無理に向こうに行く必要も無いと思うな」

 そう言いながらやって来たのは私と同じ転生者、夏木梨衣奈、秋元可憐、冬野由紀だ。

 彼女達もこの夏に私と一緒に国からの依頼をこなしたので、準男爵の称号を貰っている。

 この舞踏会は男爵以上の家の子女が対象で、本来は準男爵は呼ばれない。

 しかし、爵位持ち本人では無くても、年頃の家族が居ればその人も対象だ。

 私には家族は居ないが、リーナ達三人は私と同格という事にして貰っているので、家族枠で参加させてもらっている。

 皆、綺麗なドレスを身に纏っている。

 エドガーさんとアーネさんの結婚式の時に貸してもらったドレスをまた着させてもらっている。

 ユキのドレスは身長が近いアーネさんの物だ。

 流石にウエディングドレスではなくパーティ用である。

 リーナとカレンはベリーフィールド家とファーレン家から貸してもらった物だ。

 ただ、私だけは新品のドレスだ。

 別に私がみんなのリーダーで一人だけ偉いからではない。

 単純に女性としては背が高すぎて、既存のドレスでは入らないから特注して作って貰ったのだ。

 出来ればみんなにも新品のドレスを作ってあげたかったが、田舎の村長クラスではそこまでのお金は無い。

 王都への移動だけでもそれなりの費用は掛かっている。

 もしかして、江戸時代の参勤交代の様に配下の貴族にお金を使わせる仕組みなのかと思ったが、舞踏会は強制参加のイベントでは無いので、そう言う事でもないらしい。

「王子様はもう良いから、色々料理を食べよう」

「王都でしか食べれない物も有るみたいだ」

「甘いお菓子はこっちの世界じゃ貴重だからな」

 三人はそう言って、また別の方に走って行く。

 慌ただしい。

 ダンスとかにはまるで興味が無い様だ。

 会場脇のテーブルには軽食ではあるが、たくさんの料理が並んでいる。

 それでも、あくまで舞踏会なので、参加者の多くはついばむ程度にしか口にしていない。

 楽団の演奏する曲に合わせて、多くの男女が踊っている。

 それ以外の人達も騒がしくないくらいにお喋りに興じている。

 ふと、会場にざわめきが広がった。

 王宮の庭の空気が少し変わった気がして、私は他の人達の視線を追う。

 貴族のお見合いパーティの様な会なので、この場に居るのは使用人を除けばほとんどが若い男女である。

 しかし、その中に明らかに他の倍くらいの年齢に見える人物がやって来た。

 少し太り気味の中年男性と、執事服を着た初老の男性の二人組だ。

 初老の執事風の人には見覚えが有った。

 もう一人の人は分からない。

 と言うか、何故かあまり似合っていない仮面で顔を隠しているので、人相は見えない。

「これって、仮面舞踏会じゃないですよね?」

 私は隣のディアナさんに聞く。

 何度も舞踏会に参加したことが有る彼女は、初参加の私達の引率みたいな感じだ。

「そうです。あれは・・・いえ、あの方は国王陛下です」

 少し呆れたような口調で、ディアナさんが答える。

「まあ!?」

 マリーさんが驚きの声をあげる。

 そう言えば、仮面の中年男性の後ろに付いて歩いているのは、以前ちょっとだけ会った事のある王宮執事長のバラモンドさんだ。

「多分、王子達主催の舞踏会に親である陛下が顔を出すのは都合が悪いと言うお考えなのでしょう。それで顔を隠しての出席なのかもしれません」

「でも、かえって悪目立ちしてない?」

「そうですわね」

 私の意見に、ディアナさんが同意する。

 なんか、酔いも醒めたと言う感じだ。

 私達がその王様達の方を見ていると、執事長のバラモンドさんがこちらの方を見た。

 私達と言うか、私と目が合った気がする。

 そのバラモンドさんが王様に対して何かを耳打ちして、こっちの方を指す。

「なんか、嫌な予感がするんですけど?」

 私がそう言うと、その仮面の王様がこっちの方に歩いて来た。

「用が有るとすると、新しくこの国の貴族の列に加わったベルフォレスト子爵息女か、噂のフラウリーゼの魔女殿か、どちらにしても私は関係ないでしょうね」

 ディアナさんはそう言うと、さっと私達のそばから離れる。

 に、逃げた!?

 止めて欲しい。

 結婚相手も、王子様もどうでも良いって思ってたのに、何でいきなりこの国の王様なんかが来るの?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ