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春日部てんこの異世界器用貧乏  作者: O.K.Applefield
16章
151/215

16-11


 横っ面を鍋で強打されて、コウガが倒れる。

 完全に白目をむいて気絶している。

 取り敢えず、目の前の脅威を排除して、私は安心感からへたり込みそうになるが、まだそんな暇は無い。

 ワーリン軍の兵士約三十人が残っている。

 事前に私達の国の方で用意していた策によって、正規兵は別の方に行っているし、ここに居るのはほぼ農民兵なのは、こちらに有利な点だが、それでもまだ厳しい事に変わりはない。

 鍋でぶん殴った事によって大きな音が出て、私の方に視線が集中している。

 取り敢えずこれを利用しよう。

「あんた達のリーダーは倒した!逃げるなら今の内よ!」

 倒れているコウガを指差してそう叫ぶ。

 森の下草に隠れて彼の姿は見えないが、状況は分かるだろう。

 兵士達は動きを止め、お互いの顔を見合わせる。

 カレンの矢やリーナの水魔法を木の陰に隠れてやり過ごしながら、彼等は大分みんなの方に近付いていた。

 剣を抜いたマックスさんが迎え撃とうかと言うくらいの距離だ。

 私の言葉を無視して、みんなに襲い掛かれば、多勢に無勢で制圧されてしまう。

 もちろん双方に被害は出るだろう。

 だが、彼等にそこまでする忠誠心は有るだろうか?

 これも一つの賭けだ。

 緊張感に満ちた瞬間が続く。

「おい、向こうから誰か来るぞ!」

 敵兵の一人が、急に声をあげる。

 その方向に視線を向けると、暗くなった森の木々の向こうに数条の光が見えた。

「味方の兵隊だ!私達を助けに来た!」

 ユキが叫ぶ。

 方向からしてベルドナ王国の兵だと思うが、まだ遠いので断言は出来ない。

 だが、敵兵に動揺が広がる。

 ここは両陣営の中間地点だから、ユキの魔法の光を目撃すれば、何か有ったと思って部隊を派遣する事は考えられる。

 人数もまだ判別できないが、ワーリン軍の人達と同じかそれ以上居そうな感じだ。

「俺達が逃げれば、追って来ないか?」

 敵兵の一人が、聞いてくる。

 駐屯地で私に声を掛けてきた中年のおっちゃんだった。

「ええ、保証する。私達の目的はベルドナ王国に帰る事だけ、あなた達相手に戦果を挙げる事じゃないから」

 私はそう答える。

「助かる。野郎ども、トンズラするぞ!」

 敵兵が武器を納めて、元来た道を戻り始める。

 これでなんとか、お互い大きな損害無しに分かれる事が出来る。

 味方が良いタイミングで助けを出してくれて助かった。

「あ、これも持って行って」

 私は、気絶しているコウガと、元猟師の人を指す。

 意識の無い人間を担いで行くのは大変だろうから、治癒魔法を掛けてやる。

 もちろん武器は取り上げてからだ。

 私の魔法では少ししか治らないが、全快されても困るのでこれで丁度良い。

「ど、どういう事だ!?」

 気絶から回復したコウガが事態が分からず狼狽える。

「私の勝ち。だから、とっとと帰って頂戴」

 恨みを買いたくないから、あまりそう言う事はしたくないが、変に反抗させない為に、私は彼を威圧する様に言う。

「くそ!卑怯な手を使いやがって!」

 私のそばから飛び退いて、コウガが悔しそうにそう言う。

「忍者がそうゆうこと言う?」

 腰に手を当て威圧を続けながらそう言う。

 リーナから彼が忍者に憧れてスキル選択したことは聞いている。

 本当に以前の海賊もそうだけど、自分を棚に上げる人が多すぎる。

「くっ!何で止めを刺さない?」

 彼はまだ言い募る。

「別にあんたの命とかどうでもいいし、私は男の人みたいに勝ち負けとかに拘らないから」

 敢えて何の興味も無い様に装って、私は言った。

「覚えてろよ!」

 捨て台詞を吐いて、コウガは他の兵士に肩を貸してもらいながら元来た道に戻って行く。

 猟師の人も同じ様にして帰って行った。

 コウガより先に彼を排除したのは、脅威度は彼の方が高いと思ったからだ。

 それを言うと、コウガは更に怒ると思うから言わない。

 これ以上の煽りは不要だろう。

 単純な戦闘力ではコウガの方が高いだろうけど、この場面では自分と同じ猟師のスキルの方が厄介だった。

 どの道、真正面から戦えば両方とも私より強いのは同じだ。

 だから私の戦い方は、不意打ちか、罠を仕掛けるか、そうでなければハッタリをかますかしかない。

 一度戦った事のあるコウガの方が罠に嵌め易かったって事も有る。

「あと、あんた顔色悪いよ。ちゃんと野菜も食べてる?」

 私はコウガの背中にそう声を掛けた。

「大きなお世話だ!」

 彼が振り返って、怒鳴る。

 私は溜息をついた。

 撤退して行く敵兵と、近付いて来る仲間を見て、私はようやく緊張を解く。


「てんこちゃん!無事で良かった!」

 リーナが泣きながら私に抱き着いて来る。

「なんだよ、行方不明のてんこちゃんを置いてく決断したのはリーナじゃなかったか?」

 一緒に走って来ていたユキが、そう言う。

 何故か不満そうな顔をしている。

「一番に抱き付けなかったからって、不貞腐れるなよ。リーナはてんこちゃんの代わりにリーダーを頑張ってたんだよ」

 最後に来たカレンがそう言った。

 なんだよ、もしかして私モテモテ?

 いや、女子にモテてもしょうがないんだけど。

 そう思いながらも、私の胸に顔をうずめて泣くリーナの頭を撫でてやる。

「あー、やっぱりお嬢ちゃん達だ。任務は上手くいった様だな」

 ワーリン軍と入れ替わりにやって来た、ベルドナ軍の兵士の一人が私達に声を掛けてくる。

「あ、トールさん。お疲れ様です」

 アルマヴァルトの領主邸で知り合った王国軍のトールさんだった。

 彼は基本領主邸との連絡係のはずだが、私達の顔を知っているので、今回の作戦に駆り出されているのだろう。

 他の王国軍兵士達が、アルフレッドさん達の身元確認と保護をしている。

「どうします?今から帰れます?それともここで野営した方が良いのかな?」

 私はトールさんにそう聞く。

 もうすっかり日も暮れてしまっている。

 今から山道を歩いて移動するのは危険かも知れない。

「そうだな、ワーリン軍の主力はこちらの餌に喰い付いたからここは比較的安全だろうし、一応食料と簡易テントも幾つか持って来ている」

 トールさんがそう答えた。

「じゃあ、早速夕飯にしましょう。ほら、もう離れて」

 私はいつ迄も引っ付いているリーナを引き剥がし、自前の鍋を用意する。

 野外料理だが、久しぶりに落ち着いて料理が出来そうだ。


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