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春日部てんこの異世界器用貧乏  作者: O.K.Applefield
16章
150/215

16-10


 私は革の帽子を脱ぐ。

 日没後で気温もそんなに高くはないが、激しく動くとやはり暑い。

「「「てんこちゃん!!」」」

 私の顔を見たリーナ達が、声をあげる。

 なんか救世主が来たかの様な喜び様だが、そんなに期待されても困る。

「こいつは俺が相手する。お前等は向こうを押さえろ!」

 短剣を手にしたコウガがこちらに来る。

 他の兵士達は、アルフレッドさん達の方へと向かっていく。

 私は鍋を構えて待ち構える。

 一度負けた相手に私は逃げ出したくなるが、気力を振り絞る。

 今更だが、怪我をしてみんなから逸れた私は任務を残った人に任せて、別ルートで国外に脱出すると言う選択肢も有った。

 だけど、こうしてみんなを追い掛けた事で、みんなのピンチに駆け付けることが出来た。

 一瞬だがコウガに脅えて後悔はしたが、覚悟なら既に済ませている。

 後は、やるしかない。

「みんな!フォローお願い!」

 私はリーナ達の方に声を掛けてから、コウガの方に走りだす。

「分かった!」

 エラさんの手当をしていたユキが、私の言葉に応える。

 その後、彼女は他のみんなにこちらには聞こえないくらいの声で何かを喋る。

 どうやら私の意図を察したみたいだ。

 ユキは体力は無いけど、周りの状況を考えて、こちらの考えを察してくれるので頼もしい。

 私は迫ってくるコウガを迎え撃ち、鍋を振るう。

「くっ、馬鹿力がっ!」

 ステップを踏み、鍋の一撃をかわしてコウガが悪態を吐く。

 短剣の弱点はやはりリーチが短い事である。

 片手で振り回す鍋は思いのほか攻撃範囲が広い。

 また剣とも違い、面で叩くので避けるには大きく動く必要もある。

 コウガとしては剣相手なら斬撃をかわして、敵の懐に飛び込むのがスタンダードな戦い方だろうが、鍋相手に戦う事など考えてもいなかっただろう。

 『神様?』のくれたスキルはこの世界での一般的なものをそれぞれの頭にインストールしているだけなので、一般的な想定の外の事態には直ぐには対応出来ない。

 とは言え、こちらの武器にも弱点はある。

 と言うか、元々鍋は武器ではない。

 それなりの重さが有るので、ブンブン振り回すにはかなりの力が要る。

 最初、戸惑っていたコウガだが、こちらの大振りをかわして、懐に飛び込もうとする様な動きを見せ始める。

 振り切った後に腕力で無理矢理鍋を戻すが、数回で辛くなる。

 やはり鍋を武器にするのは無理が有るみたいだ。

 それでも、暫くは膠着状態に持ち込めている。

 それはさっきみんなに掛けた言葉のお陰である。

 カレンとリーナの攻撃方法は遠距離攻撃なので、隙が有ればコウガを背中から攻撃することが出来る。

 それを臭わせる事で、彼の動きを制限している。

 私が危なくなった時に、ちらりとリーナ達の方に視線を送る事で、コウガの動きを牽制するのだ。

 実際はリーナとカレンは、迫り来るワーリン軍兵士を水魔法や矢で攻撃して、近付けない様にしている。

 あの調子では私の援護をする暇は無いだろうし、私もそれは分かっていた。

 それでも、先に声を掛けておいた事で、コウガは気にしない訳にはいかない。

 私としても、こちらの援護より自分達の防衛を優先して欲しい。

 そこら辺はユキが私の意を汲んでくれて、みんなに伝えてくれてたみたいだ。

 お互い距離は離れているが、私達はちゃんと連携がとれている。

 それに対して、コウガ達の方にはそれが無い。

 もし、コウガが味方の兵士数人、いや一人でも、私との戦いの手伝いをさせれば、私は苦しい事になっていた。

 それはある意味賭けだったが、彼は私の思い通りに動いてくれた。

 一度勝っている私相手なら一人で十分だと考えるだろうと、思ったのだ。

 ここに来るまでに、色々と考えてはいる。

 他の転生者たちの様に突出したスキルを採らなかった私は、はっきり言って弱い。

 だからこそ、戦闘はなるべく避けるし、どうしてもそんな事態になる場合は、ちゃんと事前に準備をする。

 前回はその準備が不足していた。

 鍋で殴られても、致命傷にはならない事がコウガに理解されると、彼の攻撃が大胆になって来る。

 もう隙の大きな鍋の大振りは出来ない。

 私は両手で鍋を持ち、胸の前で構えて、彼の短剣の攻撃を受ける様になる。

火球魔法ファイアーボール!」

 鍋は防御だけに使い、私は魔法で攻撃をする。

 剣戟の間で集中力の要る高レベル魔法は使えないが、私が使える程度の低レベル魔法なら何とか使える。

「はっ!効かねえよ!」

 至近距離から放たれた火球を、コウガは短剣で切り捨てる。

 火の粉が舞うが、私が使う程度の火魔法では火傷を負わせる事も出来ない。

 それでも、幾らかの牽制にはなる。


 ここで、以前の桃とりんごの繁殖戦略の話をもう一度しよう。

 桃は一つの実に大きな種を一つ持つ。

 大きな種は多くの栄養を貯え、発芽後の成長に於いて、一早く他の植物よりも大きくなれるメリットを持つ。

 これをスキル取得で高レベルの短剣術の取った、コウガに置き換えてみよう。

 お陰で彼は近接戦闘に於いて、この世界でも有数の実力を持つようになっている。

 対して、りんごは一つの実の中に桃と比較して小さな種を複数持つ。

 複数の小さな種は、成長に於いてのアドバンテージは無いが、リスクを分散することが出来る。

 これは幾つもの低レベルスキルを採ったてんこが当てはまるだろう。

 一つ一つのスキルではこの世界の人間のエリートに比べても劣るが、スキルの種類の多さで様々な状況に対応できる。

 コウガの採った短剣術は、その名の通り通常の剣より短い剣を使う。

 利点は武器の持ち運びのし易さ、屋内や今居る様な森の中での戦闘で有利になる点だ。

 屋内と森の中の違いは足元の平坦さである。

 雑草や木の根が張り巡らされた地面での移動は、はるかに困難だ。

 てんこの採った猟師のスキルは、こう言った場所での行動に適している。

 鍋を手にした彼女が本来の武器である短剣を持ったコウガに対して、まがりなりにも戦えているのは、このお陰である。

 そして低レベルながらも様々な魔法が使えるのも彼女のアドバンテージだ。

 てんこは小さなスキルを幾つも駆使して、コウガの高レベルの短剣術に対抗していた。

 大きな種を少数でも、小さな種を多数でも、どちらも間違ってはいない。

 大きな種を多数つければ最強ではないかと思うかもしれないが、樹の持つリソースは限られているので、それは難しい。

 桃もりんごも生存戦略に於いて、それぞれの最善を採っている。

 同じ様に、コウガもてんこも転生時に同じだけのポイントを与えられ、スキルを取得していた。

 地力は同じなのである。

 では、勝敗は何によって決まるのか?


 私は、自分の位置取りを気にしながら立ち回っていた。

 コウガを私とリーナ達の間になるべく置く様にする。

 そうする事によって、彼は背後から援護射撃が有るかもしれない事に気を取られて、思う様に動けない。

 もちろん、コウガもそれは分かっているので、私の背後に回り込もうとする。

 私はそれを阻止する為に、魔法を放つ。

 だが、私が低レベルの魔法しか放てない事はもうバレてしまっている。

 コウガは私の火球魔法ファイアーボールを短剣で蹴散らして、こちらに迫る。

 脇を抜ける際に、短剣で斬り付けてくる。

 私は敢えて前進しながら、鍋でその攻撃を受ける。

 その隙に後ろに回り込まれてしまう。

 これでコウガは、私と一緒にリーナ達も視界に収められるので不意打ちを喰らう心配もなくなる。

 しかし、リーナ達は他のワーリン兵達を近付けない為に忙しくて、元々私の援護をする暇は無いんだけどね。

 私は、フッと笑った。

「何が可笑しい!?」

 コウガが激高して叫ぶ。

 イケない、思わず顔に出ちゃった。

 実は、彼に今の位置取りをされるのを嫌がっていたのはフェイクだったのだ。

 戦いに於いては相手の嫌がる事をするのがセオリーだが、それに対して罠を張るのもまたセオリーだ。

 彼がその罠に嵌った事につい喜んでしまった。

 それでも、相手が私の表情に何かを警戒するんじゃなくて、ただ馬鹿にされたと思って怒る様な性格で助かった。

 私は大きく鍋を振りかぶって殴りかかる。

 もうこちらの動きには慣れたので、コウガは私の鍋をかわしてカウンターの一撃を繰り出そうとする。

 短剣術は剣よりもリーチが短いので、素早く相手の懐に入る為の歩法が重要になる。

 足場の悪い森の中ではある程度制限されるが、コウガほど高レベルに成れば、そう言った場所でも動き回れるだけの技量は持っている。

 私の持つ猟師スキルも、森の中で動ける技量が有る。

 ただ、猟師は野生動物を仕留める為に罠を使うことがある。

 だから、自分の足元には常に細心の注意を払っている。

 彼が今立っている場所は、さっき迄私が立って居た辺りだ。

 コウガは私の鍋をかわす為に短剣を構えながら、僅かに左にステップする。

 彼の歩法は、前回も今回も見ていたのでその動きは予測出来ている。

 コウガはステップした先で左足を地面にめり込ませてバランスを崩す。

 そこだけ地面に穴が開く。

 土の表面だけそのままで、その下が小さな空洞になっていたのだ。

 もちろん自然にそうなった訳ではなく、私が土魔法でそうした。

 正面から地縛魔法アースバインドを使っても、簡単に見切られてしまうので、さっきの火球魔法ファイアーボールを撃った時に、それを囮にこっそりと自分の足元辺りに土魔法を使っていたのだ。

「なに!?」

 コウガが驚きの声をあげる。

 ほんの小さな罠だが、体勢を崩すのには十分である。

 そこに、私の鍋が襲い掛かる。

 森の中に再びガイン!!と言う音が響き渡った。


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