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春日部てんこの異世界器用貧乏  作者: O.K.Applefield
16章
149/215

16-9


 ユキは木の幹に背中を預けて、暗くなっていく森の中を見つめていた。

 太陽は既に山の向こうに沈んでいるが、西の空はまだ明るさを残している。

 夕焼けの赤が段々と暗い紫に変わって行くのが分かる。

 いつもならランプ等を灯して、まだ起きている時間なので、それ程眠くはならない。

 あちこちの茂みから虫の音が聞こえ始める。

 ふと、その音が聞こえなくなる。

 違和感を感じて、周りを見回そうとしたら、急な眠気が襲ってきた。

 確かに長時間山道を歩いて疲れているが、明らかに異常な睡魔だった。

起床アウェイク!!」

 気力を振り絞って、首から下げていた魔石が嵌め込まれたペンダントを握り締め、光魔法を使う。

 夜の帳が降り始めていた森の中に眩い光が満ちる。

 襲い掛かって来ていた睡魔が消えていく。

「なにナニ!?」

 他の仲間達も慌てて起き上がる。

「睡眠魔法を使われた!追手が居る!」

 ユキが叫ぶ。

 先刻自分が使った魔法を自分達が受けるとは思わなかったが、そのお陰で対処することが出来た。

「ちっ、めんどくせーな!大人しく寝てりゃいいのに!」

 光魔法の残照に照らされて、茂みの向こうから男が姿を見せる。

 青山鋼雅だった。

「囲んで捕まえろ!」 

 後ろに控えて居た兵士達に号令を掛ける。

 その数三十人程だ。

「どうする?逃げる?戦う?」

 ユキが誰にとはなく聞く。

 今この場のリーダーであるリーナは迷った。

 この人数差では勝てない事は明白だ。

 かと言って、逃げ切れるかも分からない。

 山道を歩き慣れていないアルフレッドは、マックスに背負われたとしても捕まる公算は高い。

 いっその事、彼を差し出して自分達だけ逃げるという選択肢を考えてしまう。

 裏切者ではあるがこの国の要人だったアルフレッドなら、直ぐに殺される事は無いかもしれない。

 連れ戻されて裁判か何かに掛けられるだろう。

 その結果、死刑か牢屋に入れられるかは分からない。

 とにかく、一時的に延命は出来るだろう。

 自分達の任務は失敗するが、それは仕方ない。

 問題はマックスとエラだ。

 彼等がそれを納得するかは微妙なところだ。

 自分達と一緒に逃げてくれれば良いが、アルフレッドと一緒に捕まる事を選んだ場合、要人ではない彼等は直ぐに処刑されかねない。

 それらをマックスとエラに話して、説得する時間は無い。

 そう言ったな思考を巡らせている内にも敵は近付いて来ていた。

 何かが風を切る音がした。

 コウガの投げナイフだ。

 まっすぐユキに向かって飛んで来る。

 自身の睡眠魔法を破った彼女が邪魔だと判断して、真っ先に排除しようと言う目論見だ。

 ユキは自分に向かってくるナイフに気が付いたが、足がすくんで動けない。

 彼女の選択した『魔導探求者』のスキルは、全ての魔法を使うことが出来るが、その代わりに戦闘に関わる武術が選択できない。

 別に剣などの武器が持てないという事ではないが、その使用方法や、身のこなしが与えられていない。

 この世界にその様な制約が課されている訳ではないが、一般的に魔法を専門で研究する人間で同時に武術を修める者が居ないので、選択が出来ない様になっていた。

 この世界に来てから無理にでも武術を習えば使える様にはなっていただろうが、彼女はそうはしなかった。

 持ち前の体力の無さと、その性格から向いていなかったからである。

 なので、飛んで来るナイフを避ける術はユキにはない。

「危ない!」

 叫び声と共に、エラがユキを庇う様に前に割り込む。

 彼女の背中にナイフが突き立つ。

「エラ!」

 マックスが駆け寄る。

治癒魔法ヒールを!」

 リーナも駆け寄ろうとするが、

「私がやる!リーナは攻撃魔法を!」

 リーナを制して、ユキが代わりに治癒魔法を使おうとする。

 戦闘に於いて役に立たない自分が治療をして、水の攻撃魔法が使えるリーナが迫って来る敵を迎え撃った方が良い。

 そういう判断だが、どう見ても多勢に無勢に見える。

「まてえい!」

 アルフレッドが叫んだ。

「儂が投降する。他の者は逃がしてやってくれ!」

 老人とは思えない通る声で、交渉を始めた。

「ダメだね。あんたの身柄もだが、フラウリーゼの魔女も美味しい獲物だからな。捕まえられるのに逃がす必要はないね」

 ニヤリと笑いながらコウガがそう言う。

「おや?一番でかい女が居ないな」

 追い詰めた獲物たちを見ながら彼がそう言う。

「そうだ!あんた、てんこちゃんをどうした!?」

 弓矢を構えたカレンが、コウガに問う。

「さあな?川に落ちた後は知らねえな。怪我をしてたから、お前らと居ないって事は死んじまったかな?」

 コウガは憎たらしい顔でそう答えた。

「くっ」

 リーナ達の顔が歪む。

疾風矢ウィンド・アロー!」

 カレンが矢を放つが、コウガも高レベルの武術系スキルを持っているので、真正面から飛んで来る矢なら短剣で簡単に弾くことが出来る。

 そうしている間にも他の兵士達が扇状に広がりながらこちらに近付いて来る。

 最初に大勢で接近したらリーナ達に気付かれると判断したのか、コウガが一人だけで忍び寄って睡眠魔法を使う段取りだった様で、他の兵士達は少し離れた後方に居た。

 だが、その距離も大分縮まってきている。

 手に手に武器を持っている。

 槍は相手との距離を稼げるので心理的負担が少なく、一般兵に持たせるのには最適な武器だが、森の中では取り回しが面倒になるので、今この場の兵に持っている者は居ない。

 こう言う場所では剣か短剣を使うのが正解であろう。

 ただ、正規の兵は例の作戦に駆り出されていて、ここに居るのは農民兵が大半で、剣が無い者は斧や鉈などを装備している。

 中には間に合わせなのか棍棒や鍋で武装している者まで居た。

 ・・・鍋?


 国境の森の方に行こうとしている一団を見て、私は迷った。

 どうやら、リーナ達が見付かったのは間違いない様だ。

 ただ、知らせに来た兵士がここまで来た時間が有るので、その間にみんなが逃げ切れる可能性はある。

 しかし、高齢のアルフレッドさんを連れているからそんなに速くは移動できないだろうと言う懸念もある。

 テントの陰で色々と考えていると、いきなり後ろから声を掛けられた。

「おい、お前!サボってんじゃない!手が空いてるなら行くぞ!」

 中年くらいの男の声にそう言われる。

 思わず驚いて飛び上がりそうになるが、出来る限り平静を装って振り返る。

『あ、いえ、私ただの行商人で、兵隊じゃないです』

 愛想笑いを浮かべて、そう言おうとするが、ふと思い留まる。

 いっそこのまま兵士の振りをしてついて行くのも有りじゃないか?

 声を掛けて来た中年の男も農民兵の様で、一般人と変わらない格好をしている。

 これなら自分が紛れ込んでも分からないかもしれない。

 集まっているのは三十人くらいだから、コウガにさえ近付かなければバレる事も無いだろう。

「あ、はい、済みません。直ぐに行きます」

 愛想笑いを浮かべつつ、私は男の振りをするために、なるべく低い声でそう言った。


 新しくベルドナ王国領となったアルマヴァルト地方との中間地点に差し掛かって来た辺りで、日が暮れ始めた。

 私はワーリン軍兵士の一団の後ろの方について行っている。

 ここまでリーナ達には追い付いていない。

 そろそろ足元も怪しくなるので、諦めて引き返しても良いんじゃないかなと思う。

 と言うか、そうして欲しい。

 後は適当なところで私は隊列を外れて、リーナ達を追えば良い。

 自分も夜の森を歩くのは危険だが、猟師のスキルでそこは何とかなる。

 そう思っていると、隊列の前の方でコウガが他の兵士と何かを話しているのが聞こえてくる。

 その兵士が道の脇の方を指差している。

 どうやら彼も元猟師で、農民兵に混じって徴兵されたらしく、森の歩き方と獲物の足跡を見る技術を持っている様だった。

 その彼が数人の人間の足跡を見付けたらしい。

 ・・・マズいな。

 私は心の中で呟く。


 案の定、森の奥に数人の人間の気配が有るのを元猟師が発見する。

 私達を待機させ、コウガが一人でその方向に忍び足で歩いて行く。

 やがて彼とユキの魔法の応酬があり、コウガが後ろに控えていた私達にリーナ達を捕まえる命令を下す。

 兵士達が藪を掻き分け森の中を走る。

 私は一緒に走りながら周りの状況を確認する。

 リーナ達を逃がさない様に兵士達はある程度ばらけて囲い込むように進む。

 私は例の元猟師の後ろに着いて行く。

 背中に背負っていた鍋を手に取る。

 私の短剣は川に落ちた時、無くしてしまっているし、予備の料理用ナイフも小さいので武器にはしにくい。

 弓矢はカレンの物が有るので、今回の旅で私は置いて来ている。

 今使えそうな物はこれしかない。

 深めの中華鍋の様な鍋で、持ち手は二つある。

 片方の持ち手を右手で掴み、それを振り回す。

 ガイン!!と言う音が森の中に木霊する。

 前を走っていた元猟師の兵士の後頭部に振り下ろしたのだ。

 彼の猟師の技能が一番厄介だと思ったから、最初に攻撃した。

 彼だけ弓矢を持っていたのも真っ先に排除したい理由だった。

 頭を強打され、彼は倒れ込む。

 多分気絶しているだけで、死んではいないと思う。

 予想外の音に、兵士達の動きが止まる。

「なんだ!」

 後ろを振り返ってコウガが叫ぶ。

「・・・まさか、お前?」

 こちらを見た彼が、ようやく私の正体に気付いた様だ。

 さて、どうしようか?

 みんなの視線がこちらに集まり、私は少しだけ後悔する。

 一度しか使えない不意打ちのチャンスは目の前で伸びている元猟師に対して使ってしまった。

 正面切っての戦いではコウガに敵わないのは前回で分かっている。

 しかも、私の武器は鍋しかない。

 本当にどうしよう?


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