16-8
私は王都ワーリンベルグを出て、一人でベルドナ王国を目指して西へと歩いていた。
当初は警戒していたが、特に手配書が出回っている訳でもない様で、誰かに咎められることも無かった。
コウガに対して流した偽の行き先が効いているのかもしれない。
それでも一応簡単な変装もしている。
夏も終わりになって暑さも和らいできているので、持っていた革の帽子を被ったりなんかしていた。
急ぎの旅ではあるが、これまで団体行動だったので、久しぶりの単独行動が楽しかったりもする。
心配しているだろう他のみんなには悪いが、やっぱり私はぼっちの方が合っているなと思う。
なるべく早くみんなに追い付きたいので、食事も露店などで簡単な物を買って歩きながらとる事にしている。
「おや、あんた女の子かい?」
串に刺した羊の肉を売っていた露店のおじちゃんが、私を見てそう言った。
「あ、はい。一応・・・」
お金を払い、香ばしく焼けた羊肉を受け取り、私は曖昧に答える。
この国でも交易はそれなりに行われているので、旅の行商人は多い。
男性に比べて少ないが、女性の一人旅も居ない訳ではない。
少し筋っぽい串焼きを食べ歩きながら、私は考える。
「ああ、背が高い上に髪の毛見えないから、男の人と見間違われるのか」
ハチミツ採りの時に作った後頭部まで隠れる帽子なので、ショートボブの私の髪は外から見えない。
良く見れば胸とかで女の子だとは分かるのだろうが、旅用のざっくりした服なので、体のラインも分かり難いのだろう。
「なるほど、男装すれば見つかり難くなるかも・・・」
私は、そう呟いた。
「今夜はここら辺で野宿しましょう」
日が暮れて、薄暗くなってきた頃にリーナは山道の途中でそう言った。
ワーリン軍の監視小屋を離れて結構な時間歩いたが、険しい山道なので距離的にはあまり進んではいない。
「両軍の陣地の中間点くらいかな?」
歩き疲れて木の根元に座り込んだユキがそう言う。
「そうだな。明日にはベルドナ側に出られるだろう」
道の向こうを眺めてカレンがそう言う。
今はまだ大丈夫だが、足元も見えないほど暗くなると、細い道を踏み外す危険があるので、夜通し歩くのは無謀だろう。
「火は焚かない方が良いかな?」
ユキの隣に座り、背負っていたリュックを降ろしたリーナがそう言う。
「野生動物が怖いが、追っ手に見つかる事を考えると、そうした方が良いだろう」
マックスの背から降りたアルフレッドがそう言った。
「追っ手は掛かっているでしょうか?」
疲れている兄に水筒を差し出してエラがそう聞く。
「掛かっていると見て行動するのが最善だろう。野宿するなら、ここよりもう少し道から外れた場所の方が良い」
水筒の水を飲み、マックスが答える。
「え~?もう動きたくない~」
座り込んだユキが非難の声をあげる。
「確かに、道なりに追手が来るとなるとここは危険ね。行きましょう」
ユキの手を引いて再び立ち上がり、リーナがみんなを促す。
少しの間、藪を掻き分け道から外れて野営地を決め、一行はようやく腰を下ろす。
火は使えないので、手持ちのそのまま食べられる保存食を齧る。
「マックスさんは明日も大変ですから、そのまま休んでください。見張りは私達が交代でやります」
硬い干し肉を食べ終わり、リーナがそう言う。
「最初は私がやるわ。一回寝たら起きれそうにないから」
ユキがそう言って立ち上がり、木の幹に背中を預ける。
座っているとそのまま寝てしまいそうだからだ。
「じゃあ、お願い」
リーナがそう言って、横になる。
「あ、次は私がやります。時間が来たら起こしてください」
エラがそう言って、手を挙げる。
「無理しなくて良いよ、私達は山道歩くのはそれなりに慣れてるけど、エラさんはそうじゃないだろ。疲れが溜まってるんじゃないか?」
カレンがそう言う。
「これくらい、大丈夫です」
エラが答えた。
見張りの順番は、ユキ、エラ、カレン、リーナの順に決まる。
ユキ以外が地面に横になる。
秋になり、朝晩は冷える様になってきているが、まだ野宿に耐えられない程でもない。
私は数日掛け、国境付近の街までやって来た。
途中の関所などでは、ローゼス商会の見習いとなっている偽装身分証で通り抜けて来た。
ローゼス商会はこの国に販路は持っていないが、休暇で旅行をしていると言う体でやり過ごしている。
街で少し聞き込みをしながら、香辛料を買い付ける。
私がパーティの料理番として今まで持っていたものの殆どは、元クラスメイトの勝利の所に置いて来た。
この国では食料不足が蔓延していて、香辛料もバカ高いが、それでも纏まった量を買う。
お金を出せば売って貰えるくらいなので、食料不足と言ってもそれほど深刻なものではない。
貧困層にとっては厳しいかもしれないが、一般人には毎日の食事から一品減ったり、質が少し下がるくらいだ。
それでも、民衆の不満は大きくなるので、為政者の目には問題として映る。
一応私も村長なんて任されている身だから、そう言う事も分かる様に成ってきていた。
私は、買い込んだ香辛料を背負い、国境付近に駐屯する軍の野営地へと向かう。
元軍事顧問のアルフレッドさんはともかく、この辺に私の顔を知っている人とか居る訳ないと思うし、変装もしているから、堂々と見張りの兵士に挨拶する。
「行商の者です。香辛料とか要りませんか?」
背中のリュックを降ろし口を少し開けて、中身を見せる。
「ああ、行商か。今はちょっと作戦が有って、ほとんどの人間が出払ってるぞ」
見張りの人がそう言う。
「そうなんですか?でも兵站科の人は残ってるでしょう?たまにはスパイスの利いたスープを飲みたくはないですか?」
私はそう聞いた。
一度従軍経験が有るので、そう言った事にも少しは詳しい。
「そうだな、良いだろう、通れ」
二人居る見張りにそれぞれ、高過ぎず安過ぎないくらいの硬貨を握らせると、簡単に通してくれた。
幾つか並ぶテントの間を歩いて行く。
ほとんどが空で、何かの作戦が有るのは本当の様だ。
どうやらリーナ達が例の策を実行したのだと思う。
これを確認する為に、私はわざわざここにやって来たのだ。
兵站科へ行き、香辛料を売る。
買った値段でそのまま交渉して、少しばかり値切られたので、赤字である。
もちろん儲ける事が目的ではなく、ここの情報を手に入れるのが目的なので問題はない。
私達の作戦はどうやら上手く行っている様だ。
後は私もこのどさくさに紛れて、国境を越えるのが良いだろう。
そう思いながら野営地の中を歩いていると、少し離れた所の大きめのテントから誰かが出てくるのが見えた。
私は慌てて、無人のテントの陰に隠れる。
「ヤバッ、コウガの奴だ。こっちに来てたのか?」
彼はここの兵士らしい人達と何か話しながら、野営地の外へ歩いて行く。
彼がこの国の軍に所属している訳ではないのは知っている。
何処かの貴族の下働きでスパイみたいな事をしているはずの彼がここに居るという事は、まだ私達と言うかアルフレッドさんの国外逃亡阻止の仕事をしているのは間違いない。
「マズいな。もしかして、リーナ達、見付かった?」
慌ただしくここに残っている兵士達を集めて、何処かへ行こうとしているコウガを見て私は呟く。




