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春日部てんこの異世界器用貧乏  作者: O.K.Applefield
16章
147/215

16-7


 木漏れ日の挿す森の中、前の方から男が小走りにやって来る。

「大丈夫っす。この先の見張りは居ないっす」

 獣道と見間違うほど細い山道の先を確認して来たボブがそう言う。

「良し、じゃあ行こう」

 カレンが先頭に立ちそう言う。

「有難う、ボブさん。後は帰って貰って良いですよ」

 リーナがボブに礼を言う。

 国境付近の地理に詳しい彼には、ここまでの道案内をしてもらっていた。

「それじゃあ、お気を付けて」

 ボブは一礼して、去って行く。

「りんごの穂木を送る話、向こうに帰れたらどうでもいいやって思ってたけど、彼の為にもちゃんと送ろうって思った」

 彼の後姿を見送り、ユキがそう言う。

 彼はモーリスの屋敷を出た後も、表立って動けないリーナ達の代わりに色々役に立って貰っていた。

「では、行きます」

 マックスがアルフレッドを背中に背負う。

「悪いな、頼む」

 背負われたアルフレッドがそう言った。

 足腰にそれ程衰えは見えない彼だが、流石に険しい山道を若者達と同じ速度で進むのは難しいので、マックスが背負って行く事になっている。

 痩せ気味の老人だが、それでも女性が長距離をおんぶして行くのは難しいので、彼が背負うしかない。

 一行は静かに、それでいて迅速に木々の間の道を歩き出す。


 暫く誰にも邪魔されずに山道を進む。

 やがて森の中に猟師小屋の様な建物が見えてくる。

「誰も居ないみたいだ」

 先頭を進むカレンが確認して、後続に合図する。

 実際に猟師小屋として使われていた建物だが、国境がこちら側に移動したことで、軍の監視小屋として接収されたものだ。

 それも今回の兵糧奪取作戦に人員を取られた為に無人になっている様だ。

「あそこで休憩する?」

 ユキがアルフレッドと彼を背負っているマックスに聞く。

「いや、万全を期すなら痕跡は残さない方が良いでしょう。俺はまだ大丈夫です」

「君が良いならそうしよう。もう少し進んでから休憩するのがいいな」

 マックスとアルフレッドがそう言う。

 一行は山小屋の脇を抜けて先に進もうとする。

「静かに!」

 急にカレンが姿勢を低くし、後続に対して声を掛ける。

 山小屋から延びる道は複数あって、別の道から誰かが歩いて来る気配がある。

「・・・まいるよな。作戦が有るからって呼び出されたと思ったら、俺等だけ監視に戻れとか」

「そうだよな。二度手間じゃないか・・・」

 ワーリン軍の兵士らしき男が二人、山小屋を目指して歩いて来る。

 見付からない様にしゃがみ込んだカレンが後ろの仲間を見る。

 今はまだ気付かれていないが、近くに来れば確実に発見される。

 今からこの人数が隠れて移動するのも難しいだろう。

 カレンは肩に掛けていた弓を手に取り、矢をつがえる。

 気付かれない内に狙撃すれば一人目は倒せるだろうが、二人目は分からない。

 逃げられて応援を呼ばれるかもしれない。

 遮蔽物が多い森の中で、二本目を当てられる自信はカレンには無かった。

「任せて」

 小声でそう言って、彼女の手をユキが押さえた。

 静かにユキがカレンお前に出る。

睡眠魔法スリープ!!」

 相手に見つかるギリギリまで引き付けてからユキは飛び出し、闇魔法の内の睡眠魔法を放つ。

 光魔法と闇魔法は人間の精神に作用する魔法である。

 高揚、鼓舞、覚醒の作用を持つ光魔法に対して、闇魔法は安静、麻痺、睡眠などの効果がある。

 黒い靄の様なものに包まれた二人の兵士が、その場に崩れる。

「やるじゃん」

 その効果を見て、カレンがそう言う。

「まあね」

 ユキが腰に手を当て、無い胸を張る。

 弓矢や他の直接攻撃をする魔法に比べて闇魔法は遮蔽物に影響されないので、こう言った場合には有効である。

 ただ、闇魔法と光魔法はお互いの効果を相殺する。

 睡眠魔法は同レベルの光魔法によって目を覚ますことが可能だった。

 それどころか魔法由来でない光でも、長時間浴びれば解除が可能である。

 この世界に於いて闇魔法があまり流行らない所以である。

 その場に倒れ込んで寝ていたはずの兵士の内一人が急にガバリと起き上がる。

「て、敵襲うぅ!!」

 叫んで、一目散に逃げだす。

 彼の手には懐中電灯の様な魔法具が握られている。

 光魔法が込められている夜間の監視、探索には必須の装備だ。

 急な眠気におかしいと思い、咄嗟にその光を自分の顔に当てる様にしたのだ。

 うずくまる形だったので、ユキ達にはそれが見えなかった。

 もう一人の兵士は寝たままだが、彼は置き去りにするつもりの様だ。

「ヤバイ、逃がしちゃダメだ!」

 カレンが慌てて矢を放つ。

 まっすぐ敵兵の背中に矢が迫るが、下生えの背の高い草に当たり軌道が変わる。

 脇腹の辺りをギリギリ掠めて、木の幹に突き刺さる。

 二射目をつがえた時には既に木立が邪魔で狙えない所まで行ってしまっていた。

「追いかけて捕まえますか?」

 マックスがそう言うが、彼は今アルフレッドを背負っているので、直ぐに動き出す事は出来ない。

「それは難しいです。敵の応援が来る前にこの場を離れるのが良いと思います」

 リーナがそう言う。

「そうだな。それが良い」

 アルフレッドもそれに賛同する。

 眠っているもう一人の兵士はそのままにして、一行は足早に移動を再開する。

「ゴメン。元から魔法が有る世界だもん、兵隊なら闇魔法の対処方法を知っててもおかしくなかったんだ。私が迂闊だった」

 ユキが小さい声で謝る。

「気にしないで。ユキの魔法は役に立つわ。今回は運が悪かっただけよ」

 リーナが、そう言って慰めた。


 コウガはワーリン軍の副官用のテントの中で骨付き肉を頬張っていた。

「硬くて酸っぱいパンよりはマシだけど、あんま美味くはねえな」

 副官は兵糧奪取作戦に同行しているので、今は彼がここに居座って、残った兵士達に命令をしている。

 亡命者を探すのが目的だが、その為に与えられた権限を少しばかり良い様に使っていた。

 将校用の食料を出させている。

 ただし、料理番の兵士が誰か分からないので、すぐそこに居た下っ端らしき兵士に肉を焼かせた為、あまり上手には焼けていない。

 味付けが塩だけで、香辛料を使っていないので、古い肉の臭みが強い。

「こちらも有りますが」

 若い兵士が、何かの野菜のピクルスを持ってくる。

「要らね」

 ちらりと見て手を振る。

 ただ食事をして怠けている様に見えるが、コウガは既に兵士達に国境線の見張りに行くように命令している。

 国境線は長く、通れる道も多いので、彼一人が何処かで見張っていても無駄足になる可能性が大きい。

「報告!十五番詰め所で、不審な一団に魔法による攻撃を受けました!!」

 テントに兵士が一人、慌てて入って来る。

「何?」

 肉を齧りながら、コウガが立ち上がる。

「まさか、あいつら本当にこっちに来ていたのか?」

 ベルドナ側との裏取引を知らないコウガがそう言う。

「ジジイが一人、若い男が一人、あと女が四・五人だったか?」

「え?ええと、不意打ちを受けて逃げるのに一生懸命だったんで良く分からなかったです・・・」

 兵士は首をかしげながらそう答える。

「ちっ、どの道、確かめなきゃならんか。案内しろ!」

 食べ終わった骨を投げ捨て、コウガはテントの外に出る。


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