16-6
コウガは幾つものテントが並ぶ野営地を歩いていた。
何やら兵士達が忙しく歩き回っている。
国境を警備する為に居る軍だが、ただ居るだけではなくて、たまに演習なんかもするのだろうとか考える。
大分長い間ここに居るだろう兵士達の顔には、蓄積された疲れの色が見えた。
チラチラ彼等を見るコウガも、ここに来るまでの道程による疲れが滲んでいる。
「くそ、腹減ったな。こっちに来るほど飯が不味くなるし・・・」
歩きながら悪態をつく。
それなりの旅費を貰っているが、何処も食料不足で高い金を払っても粗食しか出て来ないので食べられるものが無い。
見張りの者に聞いたこの場の指揮官が居るという大きなテントが見えて来た。
『面倒臭いから、もうここの連中に丸投げして、俺は帰っちまおうかな。どうせあいつらもこっちには来てないだろうし』
心の中でそう呟きながら、持っていた紹介状を天幕の前の兵士に見せる。
「済まないな。今、ある作戦の準備中で、責任者のポルテ侯爵様は会えない。ペールン侯爵様の使いだそうだが、私が話を聞こう」
ここの軍の副官だという男が、コウガに向かってそう言う。
済まないと言いながらも男の態度は尊大だった。
彼もそこそこの貴族の類縁なので、侯爵の使いと言えど庶民に対して下手に出ることは無い。
「ええと、アルフレッド・ベルフォレストと言う元貴族がこちらに逃げて来ているという情報が有りまして。いや、可能性の一つでしかないんですけどね・・・」
椅子に座った副官の男の前に立ったコウガが説明を始める。
「ふむ。なるほど」
ある程度話を聞いて、副官は含むところが有る様に頷く。
「そんな訳で、国境の警備を厳重にしてください。特にこっちから向こうに出て行く人のチェックをお願いします」
そう言って、コウガはテントから出て行こうとする。
「ちょっと待ちた給え」
副官が呼び止める。
彼は考える。
彼等としては、アルフレッド達の国外脱出については黙認する予定だった。
しかし、今こうして注意喚起されたのに易々とそれを許すと、後々責任問題になる事も考えられる。
それもワーリン王国内で一二を争う有力貴族のペールン侯爵の手の者からもたらされた情報となると、無視も出来ない。
「ああ、実は先程言った様に、近々ある作戦を行わなければならない。その為、警備に回せる人員は限られるのだ。なので、その仕事は君がやってくれないかね?」
コウガに向かってそう提案する。
こうすれば、アルフレッドに亡命されてもコウガの責任に出来るし、上手く捕まえることが出来ればそれでも良い。
「ええ?」
コウガは嫌そうな顔をする。
「もちろん、君の下にこちらから幾らかの兵を付けよう」
副官はそれまでの尊大な態度から一転して、猫撫で声でそう言う。
なるべく多くの兵で兵糧の奪取に向かう予定だが、それでも最低限の見張りの兵は残さなければならない。
それを彼に任せて、万一アルフレッドを捕まえられれば、それで良いという考えだった。
「あの元村長、そんなに悪い人じゃないみたいだったね」
リーナがそう言った。
彼女達は今ある農家の屋根裏部屋に隠れている
「悪い人って言うか、自分の利益が第一みたいな感じかな?うちの村の人達の話でも、がめつかったけど村の経営は上手かったらしいし。そのお陰で、あの温泉付きの大きな家に私達が住めてるんだから感謝しない事も無いか」
カレンもそう言う。
ここはその元村長モーリスの知り合いの農家の屋敷である。
アルフレッドがこの地に駐留する軍の司令官に手紙を送ったその日に、彼等はモーリスの屋敷を後にして彼の紹介でここに隠れ家を移した。
手紙を逆にたどられて居場所を突き止められる恐れがあったからだ。
アルフレッドの見立てでは、司令官のポルテ侯爵はこちらの策に全面的に乗ると思われているが、それ以外の者が全員従うとは限らないので、念の為にである。
「そうだね、頭の良い人ではある。お金を貯め込んでたお陰で、村から逃げ出しても新しい場所で再起できてるし、その上りんごの品種を増やして更に儲けようとしてるとことか流石だね」
ユキがそう言う。
「それくらい出来る人だから、家族とかボブさんとかも付いて来る訳だよね。まあ、趣味は悪いけど」
農家には似合わない成金趣味で高そうな家具が有った彼の屋敷を思い出して、リーナはそう言う。
思い出してみれば、今現在彼女達の物になっている屋敷も一部悪趣味な部屋も有った。
「私達も、もしもの時の為にお金貯めた方が良いのかな?村の税金安くしようなんて綺麗事だけじゃダメなのかも・・・」
少し考え込んで、カレンがそう言う。
今年は戦後の特例措置で無税となっているが、来年以降の税もなるべく安くする事を彼女達の間で話し合っていた。
「・・・それを決めるのはてんこちゃんだよ」
リーナが冷静にそう答える。
「皆さん、軍隊が動き出した様っす」
階下から階段を上がって来たボブが一同にそう言った。
その知らせに皆が立ち上がる。
「結局、てんこちゃんは間に合わなかったね」
ユキがそう呟く。
「なるべく目立たない様に隠れながら移動してるし、お互い見つけるのは難しいだろ」
カレンはそう言う。
兵糧を餌にしてワーリン軍を釣る作戦はてんこも知っているが、今、彼女が近くに居て同じ様に国境を突破出来るかは分からない。
別ルートを取っているかもしれないし、遅れていて後で単独で国境越えをしなければいけないのかもしれない。
「てんこちゃんは大丈夫だって信じるしかないよ。今は私達が無事に行けるように全力を尽くさなきゃ!」
自分に言い聞かせるように、リーナはそう言った。




