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春日部てんこの異世界器用貧乏  作者: O.K.Applefield
16章
145/215

16-5


 次の日の朝。

 一応客人扱いになっているアルフレッド一行は家主のモーリスと一緒に朝食をとる事になった。

 この家には彼の妻と子供達も居るが、今日は別の部屋でとって貰っている。

「そう言えば、フラウリーゼの魔女様達は今、私が村長をしていた村の統治しているとの話ですが・・・」

 モーリスが、リーナ達に話しかける。

「ああ、はい」

 ヤギのミルクに漬けたオートミールを食べていたリーナが急に話を振られて、びっくりしながら返事をする。

「あんたが勝手に捨ててった村でしょう?その後誰が村長になったって関係ない話だろ?」

 少し棘のある言い方でユキが答えた。

「ええ、確かに私が捨てた村だ。それは別に構わない。ただ、今回そちらに便宜を図るのだから、少しばかりこちらの用事も聞いて欲しいのだが。どうかな?」

 ユキの言い方に少しむっとしたモーリスだが、それでも下手に出てそう聞いてくる。

「まあ、聞くだけなら」

 カレンがそう言う。

「なに、難しい話ではない。皆さんが向こうに戻ったら、あの村で栽培しているりんごの穂木をこちらに送って欲しいのだ。アルマヴァルルトを失った我が国ではりんごの生産量が減って高く売れるのだ。ただ、新しく買った私の農園にも幾らかりんごの木があるのだが、人気のある品種ではなくてな。それで、向こうの品種の穂木が欲しい」

 モーリスがそう説明する。

「穂木?」

 リーナが聞き返す。

「切った枝の事だろ。でも、枝より種の方が持ち運びやすいんじゃ?」

 カレンがそう言う。

「ああ、りんごって種を植えても同じ品種の木に成らないんだよ」

 二人に対して、ユキが説明を始める。

「てんこちゃんから聞いた話だけどね、りんごって個体毎の性質が大きく違う植物で、同じ親から生まれた種でも成長すると、全然違う品種に成るんだ。りんごは自家受粉しないから、実になるには別の品種の花粉が要るんだけど、そうすると両親の形質をランダムで受け継いだ子供が出来る。で、りんごの美味しさの遺伝ってかなり微妙なバランスで出来てるらしくって、美味しい品種同士を掛け合わせても九割以上美味しくないりんごに成っちゃうって。だから、美味しい品種が出来たら、その木から穂木を取って別の木に接ぎ木して増やすんだ」

 軽く茹でた野菜のサラダを食べながら、ユキは二人に丁寧に教えた。

「そう言う事です。穂木を取るのは木が休んでいる冬にお願いします。細かい事は村の連中が知ってるんで、彼等にやらせれば良い」

 モーリスもそう言う。

「まあ、分かった。それ位ならしても良いけど、実際はどうやって運べば良い?私達が国境を越えるのにこんなに苦労してるのに?」

 一旦了承したが、カレンがその疑問を口にする。

「人はともかく荷物ならなんとでもなる。君達の様に他国を経由して来ても良い。どこかの商会に頼めば時間は掛かっても着くだろう」

 彼はそう答えた。

「って言うか、あのボブって人とかもあっちとこっち行き来してるよね?そのルートを使わせてもらうって手もあるんじゃ?」

 カレンがふと気付いた様に言う。

「あいつが向こうに行った時の道は我が国の軍に知られているから通常は見張が居て無理だろう。戻って来た時は捕虜の釈放と一緒だったしな」

「ああ、やっぱりそうか」

 ユキが少し残念そうにそう言った。


 ポルテ侯爵は国境付近の牧草地に張られた天幕の中で、一通の手紙を読みながら唸っていた。

「どうしたものか・・・」

 去年の戦争でアルマヴァルトを失陥して以来、暫定的に新しい国境になったこの地に軍を置きベルドナ軍の侵攻に備えている。

 かつては牛などを放牧していた広い丘だったが、家畜は他所に移すか処分して今は多くのテントが張られて野営地となっている。

 この地に布陣してもう一年になろうとしている。

 兵達には大分疲れが見えて来ていた。

 将軍用の豪華な天幕を使っている彼でも、もうちゃんとした屋根の下で眠りたいと思い始めているのだから、一般の兵士ならば推して知るべしだ。

 この地の領主の屋敷に泊めて貰う事も出来るが、全軍がそこに押し掛ける訳にもいかない。

 自分や身分の高い者達だけそこに泊まるとなると、下っ端の兵士達が不満を持つので、それも出来ない。

 また、兵糧の調達でも地元の農民達との間に軋轢が出来ている。

 連日頭を悩ませていたところに、この手紙が来た。

「アルフレッド・ベルフォレスト卿からのこの情報、何か裏が有ると思うか?」

 副官に向かってそう聞く。

「私には判断しかねます」

 副官がそう答える。

 侯爵は顔をしかめた。

 以前副官だったミルズ伯爵なら何か意見を言ったのだろうが、彼は数か月前の作戦の失敗から失脚して今ここには居ない。

 今居るのは当たり障りのない事を言う者達だけだ。

 手紙には、ベルドナ軍の兵糧集積地の場所と、自軍がそこを急襲する隙にアルフレッドが敵国に亡命するという事が馬鹿正直に書かれている。

 海千山千だった元軍事顧問の手腕を知っている彼からすると、何か裏が有るのではと考えてしまう。

 しかし具体的にどんな罠が有るのかまでは分からない。

「考えられるのは、敵の兵糧を奪いに行った我が軍に伏兵を仕掛けることだが、あの狐の様に狡賢い元軍事顧問殿がそんな単純な策を仕掛けてくるか?」

「私には分かりかねますが、罠を疑うのなら乗らないのが一番かと・・・」

 副官がそう言う。

「その場合、国境線の見張りを厳重にして、アルフレッド卿の亡命を阻止できるのが我々のメリットだが、それだけでしかない。こちらが動かないと分かれば無理に国境を突破する事も無いだろうから、捕まえるのも難しい。その上、かなりの量の兵糧が敵軍に残る。そうなると本当にこちらに侵攻して来かねない。くそっ!結局、あの男の策に乗るしかないのか」

 侯爵が歯噛みする。

 御丁寧に手紙の最後には『・・・この話、俄かには信じられないであろうが、我が名に誓って本当である。我が身と引き換えにそなた等の欲しいものを進呈しよう。ベルドナ軍に一撃を与えて、これ以上の侵攻の芽が無いとなれば王都に凱旋できる口実にもなるであろう。是非熟慮願いたい』と書いてある。

 こちらの欲するものが分かっていて、それを効果的にチラつかせている。

 ポルテ侯爵は考える。

 実質、裏取引であるが、彼は実利の方を重んじる人間だった。

 敵にお膳立てして貰って勝ちを譲られる事に内心歯噛みするが、僅かな戦果でも挙げられるのなら、そんな事は小さなことだ。

 裏取引もこの場に居る人間に箝口令を敷けば、露見する事も無いだろうし、そうすれば、自身の実績となる。

 ベルドナ軍としても兵糧を失った事を口実に国境の軍を退くことが出来、それに合わせて自軍も退ける。

 出来レースではあるが、向こうにも利が有ると思えばこの取引にも信憑性は有ると思える。

「良し、決めたぞ!敵軍の兵糧奪取の作戦を行う!それから、この手紙の事は他言無用だ!」

 ポルテ侯爵は立ち上がりそう宣言した。

「アルフレッド卿の亡命の件はどうされますか?国境線に幾らか見張りを残せば捕らえることも可能では?こちらの行動に合わせて動くのならば、相手の動く時間も把握できますが?」

 副官がそう聞いてくる。

「いや、敵の兵糧が罠の可能性もある。なるべく多くの兵で奪取に向かう。二兎を追う者は一兎をも得ずだ」

 ポルテ侯爵は可能な限り堅実な手段を用いる男だった。

 この性格も見抜かれているのだろうなと、彼は心の中で自嘲する。

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