16-4
「私がモーリスだ。私に用があるそうだが?」
農家にしてはそれなりに豪華な屋敷の居間に通されて少々待たされた後、中年の男がやって来た。
恰幅は良いがそれ程太ってはいない。
頬や顎の皮が垂れ下がっているところを見ると、最近急に痩せたのかもしれない。
「お初にお目にかかる。アルフレッド・ベルフォレストと言う」
少し横柄な感じだったモーリスの挨拶に、アルフレッドは完璧な礼儀で応えた。
椅子に腰掛けようとしていたモーリスが動きを止める。
「お、王国軍事顧問のベルフォレスト卿だと!」
座ろうとしていた椅子を蹴倒して立ち上がり、叫ぶ。
「『元』ですがね」
対照的に静かに椅子に座ったアルフレッドがそう訂正する。
「そ、そうだった。ベルフォレスト家の国外逃亡に連座して更迭されたという話だった。しかし何故こんな所に?おい!これはどういう事だ?」
彼の後ろから部屋に入って来たボブにそう聞く。
「え?ベルフォレスト卿?偉い人なんですか?」
ボブは不思議そうな顔で聞き返した。
今のアルフレッドは目立たない様に平民の格好をしている。
普通、顔を知っている訳でもない一般人に分かる訳も無い。
むしろ、貴族の間の情報を知っているモーリスの方がこの田舎では少数派かも知れない。
「それよりこっちのお嬢さん方の方が有名人だと思ってましたよ。ええとナントカの魔女・・・」
ボブが意外そうにそう言う。
「自分達から名乗ったことは無いけど、一応『フラウリーゼの魔女』と呼ばれてます」
今度はリーナが自己紹介をする。
「今一人居ないけどね」
カレンがそう補足する。
「ああ、そう言えば一番背の高かった人が居ないっすね。四人居るから勘違いしてたけど、そちらのお嬢さんは初めて会う人だ」
ボブはエラを見てそう言う。
そんなマイペースな彼に、モーリスは苛立った。
「な、な、なんだと?敵国の英雄じゃないか!?何で連れて来た!?こんな連中と繋がりが有ると知られたら私の立場が・・・」
口から泡を飛ばしながら、ボブに詰め寄る。
「まあ、落ち着き給え。特に貴公に不利益を与えるつもりは無い。それどころか利益になる話を持ってきた」
落ち着いた声で、アルフレッドがそう言う。
「何?」
『利益』の一言にモーリスはボブに掴み掛る手を止める。
「まず、一つ確認したい。今国境を固める軍の司令官はポルテ侯爵のままかな?暫く軍務から離れているので替わっているかもしれないが」
アルフレッドがそう聞く。
「ああ、まだあの方が将軍位についている。ミルズ伯爵が失脚したんで他に替わる人はいないだろう」
少し落ち着いたモーリスはそう答えて、椅子に座る。
一応話を聞く気になった様だ。
「そうか、それは好都合。彼は堅実な男だ。奇策は好まぬが、確実で手堅い策を採る」
アルフレッドが頷く。
「それにしてもモーリス殿、なかなかの事情通の様だ。一介の農園主にしておくのは勿体無いな」
「褒められても何も出んぞ」
そう答えるが、彼の顔はまんざらでもない感じだ。
「それよりも儂の利益になる話とはなんだ?いえ、何で御座いましょう?」
頭の中で算盤を弾いたのか、急に揉み手になって、聞いてくる。
こちらの話に喰い付いてきた彼に内心でほくそ笑むが、アルフレッドはポーカーフェイスを崩さずに続ける。
「なに、そのポルテ将軍殿にある情報を流してほしいだけだ。貴公、貴族にもコネが有るのだろう?」
「そ、そうだが、どんな情報です?我が国の不利益になる情報を流したと後で分かったら、私の立場が・・・」
「別に嘘の情報ではない。彼等の得になる情報だ」
そう言って、アルフレッドはリーナ達から聞いた作戦の概要を話す。
「敵軍の兵糧の集積地の場所を教えて、その隙にベルドナ側に逃げるという事ですか?」
「そうだ、貴公らも軍に兵糧を拠出しているのであろう?その負担も減る。悪い話ではあるまい?」
「確かにここら一帯の農民に食料を出すように命令が来ている。一応買い上げと言う形だが、去年からの食料不足で高く売れるのに、平年並みかそれ以下の相場で持って行かれるから、皆、不平不満を言っている・・・」
モーリスがぶつぶつと呟きながら考える。
頭の中で損得勘定を計算している様だ
「よし、分かった。その策、乗らせてもらおう!」
暫く考えた後、膝を打ち、そう言った。
その日はモーリスの屋敷に泊めて貰う事になった。
大きな農園地主の家には農繁期に季節労働者達を泊める為の部屋が有る。
「一緒の部屋で、済まないな」
アルフレッドがそう言う。
二段ベッドが四つ、八人が泊まれるタコ部屋に男女で一緒に泊まる事にした。
もっと良い部屋もあるそうだが、一応警戒してみんなで一緒に居る事にしたのだ。
「あの元村長にすれば、私達って言うか、アルフレッドさんを捕まえて軍に突き出すだけでも褒美は貰えるでしょうから警戒するに越したことは無いわ」
二段ベッドの上段に登り、リーナはそう言う。
「やはり、俺が扉の外で不寝番するのが良いと思うのですが?」
マックスがそう言う。
「うーん、大丈夫じゃないかな?私達を突き出すより、協力した方が得だって理解出来たみたいだし。それにマックスさんには国境を越える際に頑張って貰わないといけないから、今は体力を温存して欲しいな」
リーナの隣の二段ベッドの上に登ったユキがそう言う。
「それにしても、国の重要人物を逃がす為の協力とか良くするよね?愛国心より自分の利益?」
同じく二段ベッドの上段に陣取ったカレンがそう言う。
アルフレッド、マックスとエラは下段である。
「あの男も貴族にコネが有る様だが、それでも庶民にとっては自分の利益が第一だろう。それに、儂が逃げたとしてもこの国にはそれなりの利益が有る様になっている。この策は良く出来ておるな」
アルフレッドがそう言った。
「ベルドナ王国諜報部が考えた作戦だけど、一応私達も会議には参加したよ」
ユキがそう言う。
「そう言えば、てんこちゃんの意見も結構採用されてたな・・・」
カレンがそう言うと、一瞬一同に沈黙が訪れる。
「そう言えば、リーナさ、てんこちゃんが居なくなっても割と平気な感じだよね。普段は割とベッタリな感じだったのに」
沈黙を破って、カレンが再び口を開いた。
「それは私も思ってた。こっちに来てからはあの娘と居た時間は一番長いはずなのに」
ユキもそう言う。
「それは・・・」
リーナは言いかけて少し考える。
「それは、一番長く一緒に居たからだよ。てんこちゃんならどうするかって考えた結果だし。あの時、てんこちゃんなら冷静になるべく多くの人が助かる方法を選んだだろうし、なんだかんだで、てんこちゃんならどんな状況でも平気な顔して戻って来るって思ったもん」
「てんこちゃんを信頼してるって事?」
カレンが聞き返す。
「そうだよ。それに私別にベッタリしてないからね。私よりユキの方がベッタリしてると思うけど?こっちに来る前から友達だったんでしょ?」
リーナが、ユキに向かってそう言う。
「友達って言っても高校に入ってからだし・・・」
ユキがそう言う。
「やれやれ、結局、二人ともてんこちゃんの事が大好きなんだな」
カレンがニヤニヤしながらそう言う。
「ナニよ!そう言うカレンだって!」
リーナがカレン目がけて枕を投げつける。
「やったな!」
カレンが投げ返す。
「・・・君達。明日の朝も早いのだ。そろそろ寝た方が良いのではないかね?」
二段ベッドの上段で始まりかけた枕投げに、アルフレッドが苦情を入れる。
三人はばつが悪そうに黙り込んで、毛布をかぶった。




