16-3
「本当に大丈夫なの?」
ボブを先頭に街の郊外へ歩いて行く一団の中で、リーナがユキに聞く。
彼がカスカベ村前村長との面会を了承してくれたので、案内されて行くところである。
一応、ボブにはアルフレッドの素性はぼかしたまま、国境を越える為の手段を探しているとだけ伝えている。
「ボブさんはともかく、前の村長って、村のみんなから聞いた話じゃあんまり評判良くなかったじゃない?」
「そうかな?確かにがめつかったって話は聞いたけど、その分、利益が絡めば頭の切れる人だと思うな。そこに付け込めば良いんじゃないかな」
ユキがそう答える。
「利益って?私達の旅費ももう残り少なってるけど?」
リーナが更に聞く。
「相手はそこそこの小金持ちだから、多少のお金じゃ動かないでしょ」
カレンもそう言う。
「そこはお金以外の利益をチラつかせるから」
ユキがそう答える。
「ふむ、例の国境を越える為の策に巻き込むのだな。悪くない判断だ」
アルフレッドがそう言う。
時間は少し戻る。
「そろそろ君等の用意していると言う策を教えては貰えないかな?」
王都を出て三日後、身分を隠して泊まる宿の一室で、アルフレッドがそう切り出した。
この宿は宿泊する部屋に料理が運ばれてくるタイプだったので、料理が運ばれてきた後は他人に聞かれる心配は少なかった。
「そうですね。コウガの例も有るんで情報が洩れる危険も考えて言ってませんでしたけど、もう話しても良いでしょう」
食事を取りながら、リーナがそう言う。
「そうしてもらえると助かる。もう儂自身もこの二人も信用してくれていると思う」
アルフレッドがマックス兄妹を指してそう言う。
「ええと、別に信用していない訳じゃないんですけど、色々有りましたし・・・」
歯切れの悪い感じで、リーナはそう言う。
「てんこ殿の事は済まなかったと思っている」
マックスが彼女達に謝る。
「謝んないでよ。別に取り返しのつかない事になったって決まったわけじゃないし、てんこちゃんは無事に後から追い付いて来るに決まっているんだから」
ユキが拗ねた様にそう言う。
「そうね、今は今後の作戦の話をしましょう」
リーナがそう言う。
てんこが居ない今、リーナが仮のリーダーになっている。
とは言っても、てんこが居た時と同じ様にリーダーが全てを決めるのではなく、みんなで話し合い最終的にリーダーが承認する形だ。
「まず、新しい国境付近は両軍が睨み合っていて、簡単に突破は出来ないけど、軍事顧問様としてはどういう策を思いつくのか聞いてみたいな」
リーナではなく、ユキがアルフレッドに向かって聞く。
てんこが居ない事による不安と苛立ちで、刺々しくなっている様に見えるが、それでもチームのブレインとしての役割を果たそうとしている様にも見える。
「ふむ、君達も最初に言った様に、国境付近は軍が展開している。何か陽動をして気を逸らすのが常套手段だが、腐っても規律は有るからな、一人二人で陽動をしたところで、全員が持ち場を離れるとは思えない」
アルフレッドはそう言って、マックスを見る。
前回の様に一人で先走らない様にと釘を刺している様だ。
「そうですね、小さな騒ぎでは軍全体を陽動するのは難しいでしょう。ならばもっと大きな陽動が必要ですね」
「それはそうだが、我々だけでは無理だな。ベルドナ王国軍の協力が必要だろう。事前に何か打ち合わせをしてきていると見た。この時期は秋の収穫前で、食料が不足する。長期で布陣しているのなら尚更だ。それを持ってワーリン軍を誘導するのが一番良い手かな?」
「正解!」
アルフェレッドの推察にユキが答える。
「流石、ワーリンの賢者と呼ばれるだけは有るね」
ベルドナ王国諜報部と立案した策だが、何故か彼女が偉そうにそう言う。
「しかし、儂は軍事顧問を外れてそれなりの時間も経っているし、元々王都に居て前線の様子も報告書だけでしか把握していなかった。細かい作戦は分からぬな」
アルフレッドは褒められても喜びもせず、そう言った。
「もちろん、私達も本国から離れてそれなりの時間が経っているんで、現在の前線の様子は分かりません。現地に着いてからの調査は必要でしょうね」
ユキがそう言う。
「それでも、ある程度の準備はベルドナ軍にして貰ってます」
「具体的には?」
「国境付近に食料の集積地を今作っているはずです。表向きはアルマヴァルトから更にワーリン王国側に侵攻する為の準備です。その情報をワーリン軍にリークして食料の奪取の動きを見せたらその隙に私達が国境を越えると言うものです。腹ペコの連中はダボハゼのごとく喰い付くと思うんですけど?」
ユキがそう言ってドヤ顔をする。
「なるほど、悪くない手だ。しかし、この国の連中も馬鹿ではない。上手く引っ掛かるかな?美味しすぎるエサは罠だと疑うくらいの頭は有るだろう」
アルフレッドが少し考えてそう言う。
彼の言わんとする処を察したリーナが口を開く。
「ああ、ええと、罠じゃないです。食料はそのままワーリン軍にあげちゃいます」
「何?」
「集積地の護衛は最小限にして、敵が見えたら食料は残したまま、すぐに撤退する様に言ってあるって話だ。敵を引き付けて奇襲しようとかは考えていない。つまり、罠では無くて私達が移動する間の陽動としてだけ使うつもりだ」
ユキがそう補足する。
アルフレッドは、また少し考え込む。
「・・・儂一人の為に、軍を賄う程の食料をタダでくれてやると言うのか?確かに敵を思い通りに動かそうと思えば徹底的に利を食わせろとは言うが・・・」
そう言う。
「それには別の意味も有るんだ。去年の戦いからこっち私等の国ばかり勝ちすぎてるだろう?ここで、ちょっとだけ勝ちを譲ってやろうって事なんだ」
ユキが続けてそう説明する。
「なるほど、つまりワーリン側に少しだけでも花を持たせようという事か。上手く行けば、負けが込んで引くに引けなくなっている我が軍が撤退する可能性もある」
納得した様にアルフレッドが頷く。
「集めてる食料も去年とかもっと前に収穫した古い小麦だから、持ってかれてもあんまり痛くないとか言ってたな」
カレンがそう言う。
「そこまで考えていたとはな、恐れ入る。ならば儂にも協力できることは有る」
アルフレッドはそう言った。
「そう言えば、今この辺は食糧難なんだよね?」
先を歩くボブにカレンが聞く。
「そうっすね、去年は冷害で麦の収穫量が少なかったんで。今年の収穫が始まるまでは厳しいっすね」
ボブが答える。
「その割に、さっきの食堂で果物をサービスしてもらったけど?」
「ああ、足りないのは穀物っすから、他の食いもんで埋め合わせしてるんっすよ。田舎はなんだかんだで食う物は有るっすから。最終手段で、今年の麦を早刈りするってのも有るっす」
「まだ熟していない麦を刈ると全体の収量が落ちるだろう」
アルフレッドがそう言う。
「そうっすね。領主様は早刈りは禁じてますけど、切羽詰まってる連中はそうも言ってられないって感じっす」
ボブがそう答える。
「なるほど、それならば益々我々の策には丁度良いか・・・」
アルフレッドがニヤリと笑う。
「あ、見えてきたっす。あれがモーリス様の家っす」
ボブがそう言って、まだ青い穂が揺れる麦畑の中に在る屋敷を指す。




