16-1
「ローゼス商会のエリザベート・ローズとその一行か。良し。通れ!」
身分証を確認した関所の役人が、一行に通行の許可を出す。
関所を過ぎ、少し行ったところで、リーナは軽く溜息をつく。
「ふう、毎回緊張するわ」
「流石に王都から離れたこの辺りに儂の顔を知っている役人は居ないだろう」
アルフレッド・ベルフォレストは長旅で疲れた顔でそう言う。
王都を発って十日程、一行はベルドナ王国との国境に近いところまでやって来ていた。
身分証は当初使っていたバリス公国の男爵令嬢一行と言うモノではなく、別のモノを使っている。
偽装した身分がバレた場合、いつ迄も同じモノを使う訳にはいかないので、一応全員分の複数の偽装身分証を用意して来ていた。
コウガに教えたモノは既に破棄している。
今回はユキがエリザベートことベティに成りすましている。
ローゼス商会はベルドナ王国に本拠を置くが、国に対しては中立であり、各国に跨がって商売をしているので怪しまれることは無いと思われる。
ワーリン王国に販路は無いが、間接的に商品が入って来る事も有るし、役員の娘が観光旅行に来る事も無い事ではない。
新しい販路の為の下調べも兼ねていると言えば、そうそう邪険にもされない。
「あのお嬢さんには、あんまり借りは作りたくないんだけどね」
手に持った偽装身分証をパタパタさせて、ユキはそう言う。
本来ならば、あまり秘密を知る人間は増やしたくは無いのだが、彼女達がローゼス商会と関りが有ると知っていたクレス女史が手を回してくれたのだ。
中立を守りたい商会当主は難色を示したが、当のエリザベートが積極的に協力を申し出たので名前を貸すことに了承してくれた。
「ここまではなんとか上手く来れたけど、問題はどうやって国境を越えるかだよね」
関所を越え次の街へ向かって歩きながら、カレンがそう言う。
「国境地帯は双方の兵が睨み合っている。軍務に関わっていた儂の顔を知っている兵も多いだろう。ザルな関所の役人の様にはいかんだろうな」
アルフレッドがそう言う。
「やはり、街道を避けて森の中を進むことに成りますか?」
マックスがそう聞いてくる。
幸いここまでは身分を偽装して関所を通る事が出来たので、道無き道を行く必要は無かった。
「そうなるが、それだけで国境の監視の目を潜り抜けられるかは疑問だな。何か策が有れば良いのだが・・・」
アルフレッドはそう言って、リーナ達を見る。
「それに関しては一応策は有ります」
ユキがそう答える。
国境近くの街に着いた一行は、昼食をとるために食堂に入る。
行き先の情報を偽装した事によって、これまで追手が来たことは無いが、それでもなるべく急いでここまでやって来た。
全員それなりに疲れている。
料理が出てくるまで皆テーブルでぐったりする。
「はいよ、六人前上がったよ」
食堂のおばちゃんが、出来上がった料理をカウンターの上に乗せる。
どうやら、ここは自分達で料理を取りに行くスタイルの様だ。
エラが立ち上がり、取りに行こうとするが、
「お前は座っていろ」
マックスが、彼女を制して一人で取りに行く。
彼女も大分疲れがたまっている様だった。
それ以上に、高齢のアルフレッドがかなり辛そうに見える。
「蕎麦の実のカーシャか」
マックスが持ってきた料理を見て、カレンがそう言う。
ワーリンベルグからここに来るまで、小麦を使った料理を食べた記憶が無い。
「取れたての蕎麦なら、まだ良いんだがな。辺境になるほど食糧事情は悪い様だ」
アルフレッドがそう言う。
若い者達に心配をかけない様に、なるべく疲れを見せない様にしているが、あまり上手く行ってはいない。
「国境は簡単には越えられない様ですし、暫くここで静養するのも良いんじゃないでしょうか?」
蕎麦以外には肉が少し入っただけのカーシャを食べながら、エラがそう言う。
「てんこちゃんが追い付いてくるかもしれないし、それも有りか・・・」
ユキがそう言う。
てんこの事が心配なのか、辛そうな顔をしている。
「てんこちゃん一人なら、わざわざこっちに来る必要も無いんじゃない?港の方から国外に脱出することも出来るし」
カレンがそう言う。
「このルートを指定したのはてんこちゃんだよ!それを無視して別行動をとるなんて、あの娘はそんなに無責任じゃない!」
ユキが少しムキになって言う。
怒っているが、周りから注目を集める程の大声は出さない位の理性は有る様だ。
「そうかな?てんこちゃんて割と冷淡な処あるよ。こっちに来て初めて再会した時、私の事見捨てようとしてた感じだったし」
リーナがそう言う。
「それに、春にエドガーさんにスカウトされた時も、自分だけ残ろうとしてたじゃない」
続けてそう言われ、ユキは言葉に詰まる。
「こちらを追い掛けたくても、それが出来ない事情が有るかもしれない。その娘がどういう状況に有るのか分からない以上、今は居ないものとして我々は動くしかないな」
アルフレッドに冷静にそう言われ、ユキは更に悔しそうな顔になる。
「いや、変なこと言って私が悪かった。私だって、てんこちゃんの事は心配だけど、別行動で国外に出られるならその方が良いなって意味で言ったんだ」
カレンがユキに謝る。
「うぐぐ・・・」
ユキが更にうめく。
まだ納得できないという顔をしながらも、彼女はカーシャを口に運ぶ。
彼女達がそうしていると、食堂の奥の方から誰かが話し合っている声が聞こえてくる。
「ご注文の品、これで全部ですね?」
「あいよ、ありがとね。丁度昼時だから、食べて行きな。客も少ないから店の方でね」
食材を配達に来た人に、食堂のおばちゃんが食事を勧めている様だった。
確かに、食堂のテーブルは空きが目立つ。
あまり目立ちたくないリーナ達は声を潜めて、食事に戻る。
直ぐに男の人が一人、奥の方から食堂に入って来た。
リーナ達のテーブルの横を通り過ぎようとした時、ふと彼女達の顔を見て立ち止まる。
「あれ?もしかして・・・」
そう声を掛けて来た。
正体がバレたか?
一行に緊張が走る。




