15-6
「明日の朝、出て行く。迷惑かけてごめん」
その日の夕食の席で、私は勝利に対してそう言った。
「気にしなくて良いよ。そうか、もう行くか。そうだよな、夏木さん達に追い付かなきゃいけないもんな」
彼は、少し寂しそうに、それでも、あっさりとそう答える。
あの時のずっとここに居ても良いみたいな話は有耶無耶になってる。
私としても彼の厚意に甘えて、ここに残るのも有りかなと思ったけど、そう言う訳にもいかないだろう。
このままここに住むとなると、近所の人に私の事を説明しなければいけないだろう。
その前後に、衛兵達が背の高い余所者の女を探していて、その背格好に似た女が住み着くとなると、色々噂される事にはなるはずだ。
そうなると、彼にも、お爺さんとお婆さんにも迷惑が掛かる。
周りに不審に思われる前に出て行くのが良いだろう。
「そうか、お嬢ちゃんの料理美味しかったから残念ね」
お婆さんがそう言う。
「儂としては居てくれても良いんだがな。そのカッツにも引けを取らない器用さは惜しいな。車体の大きな部品を造るのは難しいかもしれないが、それこそ細かい装飾の職人としてならやって行けるじゃろう」
お爺さんもそう言う。
実は今日の朝早くに起きて、私は自分の隠れる箱を作っていたのだ。
勝利は仕事が有るので、お爺さんに手伝ってもらった。
廃材を使わせてもらい、中に私一人が隠れられる様になっている物だ。
一見、複数の廃材が積まれている様に見える様にカモフラージュ加工をした。
その中に隠れ、その上に別の廃材を乗せてもらったのだ。
衛兵は上の廃材を退かせてみたが、一つ二つ動かしてもその下に人が居ないと思えば、それ以上は探そうなどとはしない。
探す場所はそこだけではないから、すぐ別の場所を探しに行き、私は思った通りにやり過ごすことが出来た。
衛兵達は工房を捜索し終えると、次の家を捜索する為に出て行った。
捜索対象が何処かに隠れているのか、既に逃げたのか、それとも死亡して流されて行ってしまったのか分からずにやっているので、それぞれの捜索隊はそれ程真面目にやっている感じも無いみたいだとお爺さん達は言っていた。
「器用さだけが取り柄なんですよ。木工も少し出来ますけど、器用貧乏で、勝利君みたいに何か一つに集中するのは苦手だから」
私はそう答えた。
出て行くと決心したのだから、引き留めないで欲しい。
「春日部さんの料理、美味しいから、ザンネンデース」
勝利がエセ外人風におどけてそう言う。
今日も私とお婆さんで夕食を作っている。
彼のふざけた様子からは、本気で私を引き留めている感じはしない。
私達は和やかに夕食を取った。
次の日の朝、私は言った通りに、勝利達の自宅兼工房を出る。
人目につかない様に早朝だ。
肩の怪我は、何度か治癒魔法を掛けて、ほぼ治っている。
リーナの治癒魔法なら一発で治るんだけど、私の場合はご飯を食べて体力を回復しながら数回に分けたから時間が掛かった。
「お世話に成りました」
家に出入り口で、私は改めて三人にお礼を言う。
「気を付けてね。これを持ってお行き」
お婆さんが、夕べの残りのライ麦パンと、ハムを持たせてくれる。
早朝なので、朝ごはんはまだ食べていない。
「有難うございます。あのスパイスは自由に使ってください」
私がそう言う。
まだ乾ききらない香辛料は置いていく事にした。
みんなの料理に使ってくれると無駄に成らなくて、嬉しい。
他にお礼にお金も渡そうとしたけど、お爺さん達は受け取ってくれなかった。
「気を付けて、さようなら」
勝利がそう言う。
名残惜しそうな彼の顔に、私は泣きそうになる。
今ここで別れたら、彼とは二度と会えなくなるかもしれない。
彼はここで馬車職人として生きて行くだろうし、私は国に戻ったらもう滅多な事では敵国であるこの国に来ることは無い。
その気になれば、また会いに行けるモモ達とかとは違う。
この先両国の関係は変わっていくかもしれないが、それは何年先か分からない。
「また会おうなんて、無責任な事は言えないけど、僕達は繋がった同じ空の下に居ます。ダカラ、元気デイテクダサーイ」
彼はおどけた感じでそう言って握手を求めた。
「うん」
私は涙をこらえて、彼の手を握り返す。
ふと彼の顔を見上げる。
彼は私よりも背が高い。
欧米人的な顔立ちだが、メンタルは日本人的なのが少し可笑しい。
良くは知らないが、アメリカとかカナダとかなら、こういう時は握手ではなくハグなんじゃないかなと思う。
私は少しいたずら心が湧いて来て、彼に抱き着く。
「え?」
一瞬彼はポカンとする。
「それじゃ!」
私はそう言って直ぐに離れ、踵を返し歩き出す。
赤くなる顔を見られない様に振り向かずに行こうとする。
以前の自分ならこんな恥ずかしい事はしなかったと思う。
何でこんな事をしたのか自分でも分からない。
「・・・てんこ!入学してから君の事が気になって、ずっと見てた!」
勝利が私の背中にそう言う。
私は一度振り返って、手を振る。
私同様赤くなっている彼の顔を記憶に焼き付けて、私は直ぐに前を向いて、走り出した。




