15-5
夕食後、私は部屋に戻って休む。
ベッドに腰掛けて、今後の事をどうするか考えていると、ドアがノックされる。
「はい」
何かと思って、私は返事をする。
「ゴメン、ちょっと」
そう言って、勝利がドアを開ける。
彼は夕食後も、もう少し仕事をすると言っていたが、何の用だろう?
もしかして夜這い?
私は少し身構える。
「ほんとゴメン、少し私物を取りに来ただけだ」
彼がそう言う。
「あ、もしかして、ここ、勝利君の部屋だった?」
私がそれに思い至って、慌てて立ち上がる。
「ああ、良いんだ。昔ここで働いていたお弟子さん達用の部屋はいっぱいあるんだけど、ちゃんと使えるベッドが有るのはこの部屋だけだったからね」
確かにこの家には今三人しか住んでいないが、部屋はいっぱいある様だった。
「それじゃあ、私がその使ってない部屋に移るよ。って言うか、夕べは勝利君は何処で寝たの?」
私はそう言う。
「仕事が煮詰まってたからね、工房に泊まり込んでたよ」
彼がそう答える。
「それに、他の部屋は掃除していないから、そんな所に女の子を泊めたりできないよ」
そう言ってくれるが、私としては男子の使っていた部屋に泊まるよりは、別の部屋を自分で掃除して使う方が良い。
とは言え、厚意で使わせてもらっている部屋に文句を言うのも憚られるので、素直に受けておく。
彼は部屋の箪笥から着替えなどを出して持って行った。
次の日、朝食後に勝利はまた馬車造りの作業を始める。
「あの野菜スープ美味しかったですね」
作業をしながら、勝利はそう言う。
私が作った朝食の事を褒めてくれる。
私はする事も無いので、また彼の作業の見学をしている。
「濡れた香辛料がもったいなかったから、使ってみたんだ」
水分を吸ってしまうと長持ちしなくなるから、早めに使った方が良い。
既に駄目になったものは捨てて、大丈夫そうなものだけ天日干しにしてもう一度乾かしている。
「大分出来てきてるね」
ドア板の彫刻を見て私はそう言う。
装飾は思ったよりゴテゴテしていない。
日本的なテイストも有るけど、ごく自然な仕上がりになりそうだ。
それでいて以前のものの様に、この世界でよく見かけるモチーフの模写ではなく、ちゃんとした個性が有った。
「でもやっぱり彫刻は苦手だな。スキルで上手には出来るけど、やっぱりセンスは無いから、これで良いか判断が出来ないな」
削り出した木屑を払いながらそう言う。
「良く分からないけど、割りと良いと思うよ。それより私としては、馬車はやっぱり乗り心地が大事だと思うな」
私がそう言う。
エドガーさん所有の馬車はそれなりに良かったけれども、デリン商会の馬車は長く乗っているとお尻が痛くなった思い出がある。
貴族様が乗る馬車と、荷馬車ではやはり色々違うのだろうか。
「ああ、それはサスペンションの有無の違いだね」
私の疑問に勝利はそう解説してくれる。
「荷馬車の車輪はほとんど車体に直付けだけど、この世界でも少し高級な人が乗る為の馬車にはサスペンションが付いてるよ」
そう言われて、今彼が作成中の馬車を見ると、確かに車体と車輪の間に何か板状のものが在る。
「これはリーフ・スプリングと言う奴で、複数の板を重ね合わせてバネとして路面からの衝撃を吸収する機構だよ。元の世界の自動車でもトラックとかに使われていたはずだ」
そう言われてみれば、お爺ちゃん家の軽トラックの後輪の取り付け部分に似たような物を見た記憶がある気がする。
いちいち車の足回りとかをじっくり見ることなんかなかったので、あくまで、そんな気がするだけだが。
それに、向こうは金属製だったが、今目の前に有るのは木製だ。
「このリーフ・スプリングって、単純な様でいて良く出来た機構でね。これ一つでスプリングとショックアブソーバーの機能を兼ね備えているんだ。スプリングだけだと、衝撃を受けた後、車体がボヨンボヨンしちゃうだろ。それをこの重ね合わせた板が擦れる時の摩擦で吸収して余計な反発を抑えるんだ・・・」
急に饒舌になって、勝利が説明する。
こうやって乗り物の仕組みについて嬉々として話すのを見ると、やっぱり男の子なんだなって感じがする。
「そのリーフ・スプリングって、もしかして勝利君がこの世界で初になるの?」
私がそう聞く。
「いや、既にリーフ・スプリングは使われていたよ。この技術は元の世界でも結構昔からあったしね。僕は元の世界の物を真似て、今まで有った物を改良したくらいかな」
「そうか・・・そうだよね。この世界の人だって、ちゃんと考えて物を作ってるんだもんね。現代知識で無双とか、そうそう出来ないか」
私はそう答える。
思い出してみれば、エドガーさんの所の馬車にも、似た感じのサスペンションは付いていた気がする。
「それでも、僕が作ったのは乗り心地が良いって評判になって、こうやって注文も来ているよ」
「そうなんだ。凄いじゃん。この世界で上手くやれてるみたいで良かった」
私はそう言う。
「それを言ったら、春日部さん達の方が凄いよ。冷蔵庫を造ったり、村長とか男爵とかになってるんだろ。それに比べれば、僕がやった事は馬車のサスペンションの改良と、後は蕎麦切を作ったくらいだな」
勝利はそう言って、彫刻の作業に戻る。
彼には今までの私達の事を報告している。
確かに私達は色んな事をしてきたけど、彼の様に堅実に仕事を続けている事の方が、良いのではないかと思う。
「私としても、なるべく地味に生きたいんだけどね」
真剣に作業をする彼の横顔を見て私はそう言った。
「だったら、このままここに住みますか?毎日美味しいご飯を作ってくれると嬉しいな」
彫刻から顔を上げて、彼がそう言ってくる。
「え?」
彼の顔は真剣なように見えた。
私がどう答えようか悩んでいると、急に工房の入り口に人影が立った。
「連中が来たよ、隠れな!」
お婆さんが、そこに立っている。
「今お爺さんが相手していて、母屋の方を見てるよ」
そう言われて、私は現実に戻る。
この街の衛兵が私を探して、この辺りの家を一軒一軒探して回っているのだ。
私は急いで、予め決めていた場所に隠れる。
工房の裏口を出たすぐの所、廃材の陰だ。
少しして、工房に何人かが入って来た音が聞こえる。
「この近くに外国の間者が隠れているという通報があった。見分させて貰うぞ」
「はい、どうぞ。済みませんが、納期が近いんで相手は出来ませんよ。勝手に見て行ってください」
勝利がそう言うのが聞こえる。
家探しをする音が聞こえてきた。
道具箱を開いたり、材木を動かして裏を確認したりしている様だ。
割りと丁寧に探し回っている様だ。
この調子だと、この近辺の全てを調べるのには何日もかかるだろう。
暫く、家探しと勝利が作業をする音が聞こえてくる。
私は息を殺して、廃材の陰でじっとしている。
少しして、裏口のドアが開く音がした。
今まで規則正しく響いていた勝利の作業の音が、一瞬乱れる。
それでも平静を装ってか、彼は何も言わなかった。
こちらに歩いてくる足音がして、私が隠れている廃材に手が掛かる。




