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春日部てんこの異世界器用貧乏  作者: O.K.Applefield
15章
137/215

15-4


 もしかして勝利は私の事、す、す、好きだったのか?

 いきなりの事に、私はテンパる。

 この世界に来る前、一年以上前の事なので、彼が私の事をそう言う目で見ていたのかは良く思い出せない。

 当時の自分は人から目立たない様にして、人の視線を避けていた。

 人に見られない様にする為、敢えて誰かの事をまじまじと見る事も無かったからだ。

 そんな私の動揺にも気付かず彼は再び作業に戻る。

 行き詰っていた作業に解決案が出来たので、今までの遅延を埋める為か、一心不乱に打ち込んでいる。

 私は少しがっかりする。

 意識していた自分が恥ずかしい。

 それでも、何故か安心している自分も居る。

 改めて彼の横顔を見る。

 日本人離れしたその顔はハンサムではあるが、私好みではない。

 どんなのが好みかと聞かれると困るが、もっとこう普通な感じの方が良い気がする。

 いや、この世界基準だと彼も十分普通の範疇に入るのだが、何と言うか違う気がする。

「ずっと見てても飽きるだろ、まだ怪我も治ってないみたいだし、部屋で休んでると良いよ」

 無言で作業を見ていた私を気遣って、勝利がそう言ってくれる。

「う、うん」

 すこし、どもりながら私はそう言って、工房を出る。


 直ぐに部屋に戻っても良かったんだが、工房から母屋につながる渡り廊下から、裏庭の家庭菜園が見えた。

 ちょっと興味が有って、寄り道してみる。

 肩の怪我は再生した皮膚が突っ張る感じがするが、痛みはそんなに無い感じになっている。

 この辺りは王都の下町からさらに郊外に位置する場所の様だ。

 王都の中心から離れた地価の安い地区らしく、広い土地を必要とする多くの工房が集まっているみたいだ。

 敷地に余裕が有るので家庭菜園も広く、色々な野菜が植えられている。

「おや、工房の見学はもう良いのかい?」

 夏野菜を収穫していたお婆さんが声を掛けてくる。

「はい、あまり邪魔しても悪いですし」

 私はそう答える。

「良かったら収穫を手伝いましょうか?」

「そうだね、お願いしようかね」

 お婆さんがそう言う。

 私はズッキーニの様な野菜の収穫を手伝った。

 家庭で消費する分しか植えられていないので、あっと言う間に作業は終わる。

 周りを見ると、夏野菜の他にも秋に収穫する用の野菜も植えられていた。

 三人で食べる分には十分な収穫が見込めるだろう。

「そう言えば、お二人には子供は居ないんですか?」

 ふと気になって私はそう聞いた。

 工房は広くて、最盛期にはもっと多くの人が働いていた気配があった。

 子供が居たのなら、多分一緒に働いていたのではないかと思われる。

「二人居たけど、どっちも独立したよ」

 お婆さんが答える。

「娘は嫁に行ったし、息子は別の所で職人をしているよ」

 その言葉に少し寂しさの陰がある。

「息子さんは馬車職人じゃないんですか?」

 重ねてそう聞く。

 馬車職人だとすればお爺さんの跡を継いでここで仕事をしているだろうし、今ここには居ない様だから多分別の職人なのかと思った。

「いや、馬車職人さ。ただ、旦那は車台を造るのが主で、息子は上物を造るのが好きだったから別の職人に弟子入りして出て行ったよ。今は弟子入り先の跡を継いで親方になってるよ。カッツをうちに紹介したのも息子さ」

 収穫したズッキーニや他の野菜の入った籠を持ち上げて、お婆さんはそう言った。


 お婆さんと二人で野菜を持って、お昼を頂いた食堂兼台所に戻る。

 今から晩御飯の準備を始める様だった。

 まだ日も高いが、便利な家電も無いこの世界では食事の準備も時間が掛かる。

 もちろん私も手伝うつもりだ。

 ズッキーニは茹でて他の野菜と共にサラダにする。

 ライ麦のパンを造る。

 ライ麦粉はそれだけでは水で捏ねて放置しても膨らまないので、発酵させた別のライ麦で作った種を混ぜる。

 この種が乳酸発酵しているので、出来上がりが酸っぱくなる。

 お婆さんがズッキーニを茹で、他の野菜を切る。

 私はライ麦を捏ねる作業をする。

「手際が良いね」

 お婆さんが私の手付きを見て褒めてくれる。

「食事の準備は良くするので慣れてます。ライ麦パンを作る事は無かったですけど、小麦粉では良く作ってましたから」

 私はそう答える。

「カッツにお嫁さんが来てくれたみたいだね」

 続けてお婆さんがそう言う。

「なっ」

 その言葉に私の手が一瞬止まる。

「冗談だよ。あんた、何か大事な用事が有るんだろう?」

 お婆さんが野菜を切りながら、そう言った。

 包丁を握る手元を見ているので、その表情は良く読み取れない。

「息子さんは結婚しているんですか?」

 私は話題を少し逸らす様に、そう聞く。

「ああ、しとるよ。子供も三人いる。たまにみんなで顔を見せに来るさ。娘の方も近くに住んどるから、孫の顔なぞ飽きるほどみとるわ」

 お婆さんはそう言った。

 嬉しそうなのは伝わって来る。

「どちらかと同居はしないんですか?」

「娘の方は向こうの親御さんが居るし、息子の方はね・・・」

 そこで少し困った顔をする。

「うちの旦那も職人だからね。一緒に居ると息子の仕事に口出しする事になるからねえ・・・」

 そう言って言葉を濁す。

 なんとなく察することは出来る。

 車台と上物の違いは有っても、同じ馬車職人なので、悪気は無くてもつい口出ししてしまうのだろう。

 息子さんとしてはされると鬱陶しいし、お爺さんとしても、それは分かるので敢えて距離を置いているのだと思う。

「まあ、旦那と二人だけで居るのも、それはそれで気楽で良いもんだよ。今はカッツも居るからね」

 お婆さんはそう言って、茹でていたズッキーニを火から下ろした。

 私は捏ね終えたパン種を休ませて、パン焼き窯の準備をする。

 お婆さんの助けを借りながら、竈から火を移し、温め始める。


 夕方、仕事を一段落させた勝利と、散歩に行っていたお爺さんが戻って来たので、食事を始める。

「今造っている馬車、何とか納期までには出来そうです」

 勝利が師匠のお爺さんにそう報告する。

「そうか」

 お爺さんは短くそう答える。

「それなら、あの子の所に手伝いを頼まなくても良さそうだね」

 お婆さんがそう言う。

「あいつの所も忙しそうだったからな・・・」

 お爺さんがそう言う。

 どうやら散歩がてら、息子さんの工房の様子を見て来ていたらしい。

「そう言えば、衛兵の様子はどうでした?」

 勝利が、お爺さんにそう聞く。

 私の事を思っての質問だろう。

「まだ、この近辺を歩き回っておるわい。川上の方から一軒一軒見て回っている様だ。明日あたり家まで来るかもしれんな」

「まあ、それなら隠れる準備をしておいた方が良いですね」

 お爺さんとお婆さんが、そう言う。

「済みません、私の為に・・・なるべく早く出て行きます」

「良いのよ、気にしないで」

 私の言葉に、お婆さんがそう言ってくれる。

「本当に良いんですか?私は他国の人間で、この国の不利になる様な事をしようとしてますよ」

 私は改めてそう聞く。

「賢者アルフレッド卿か、聞いたことは有る。王家や貴族達は困る事になるのだろうが、お偉方の人の出入りなんぞで、儂等庶民には影響は無いはずじゃわい」

「そうね、税金が増える以外で私達の生活に関わる事なんて無いわね」

 お爺さんとお婆さんが、そう言う。

「そうだね、あとは戦争くらいか。農民はともかく、僕達職人はめったに徴兵はされない様だから、問題ないかな」

 勝利もそう言ってくれる。

 私は少し安心して、ライ麦パンをかじる。

 小麦粉のパンに比べて硬くて酸っぱいが、バターを塗りハムを乗せるとそれなりに美味しい。

 密度が高くどっしりしているので、よく噛んで食べればお腹に溜まる。

 茹でたズッキーニもほくほくしていて美味しい。

 早くここを出て仲間達に追い付かなければという気持ちは有るが、こうして食卓を囲んでいると、ずっとこのままで良いのかもしれないという気持ちが湧いてくる。

 私一人居なくても仕事はリーナ達がやってくれるんじゃないかと思うし、私が貰った男爵位も代わりに誰かが継いでくれるだろう。

 私はたまたまベルドナ王国内にポップしたけど、勝利の様にこの国の中に転生してそれで上手く生活できている人も居る。

 この世界に転生して来た私達だけど、特に何かの目標がある訳でもない。

 ゲームの様に魔王を倒して終わりなんてことも無い。

 どうやら元の世界には戻れない様だし、強いて言えばこの世界で生きていく事が目標だ。

 それなら、何処で生活しても同じではないだろうか?

 お腹いっぱいに成り満足した私はそんな事を考えたりもする。

 特に好みでもないけど、嫌いでもないから、お婆さんが言った様に勝利のお嫁さんになるのも有りか?

「このパン、春日部さんが作ったの?美味しいね」

 勝利が私の作ったパンを食べながら、そう言う。

 私は急に恥ずかしくなって、今までの考えを振り払うようにブンブンと頭を振った。

「どうしました?」

 彼が不思議そうにそう聞いてくる。

「何でもない!」

 私は赤くなりながらそう答えた。


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