15-3
昼食を終えると、私は馬車造りの工房を見学させてもらった。
直ぐに仲間のあとを追いたかったが、怪我が完治していなかったし、街には私を探して衛兵たちが走り回っているらしかったので、出発は後回しにした方が良いと思う。
工房はかなり広かった。
馬車なんて大きなものを作るのだから当たり前だが、それにしても広い。
四台くらいは一度に製作できるくらいに見える。
それでも今は製作中の馬車は一台しかなかった。
「これ、勝利君とお爺さんで作ってるの?」
その一台を見て私が聞く。
荷運び用ではなく乗客を乗せる用の馬車らしい。
四つの車輪が付いていて、それなりの大きさだ。
アルマヴァルトのエドガーさんの所で使っている馬車と同じ感じだ。
車体はほぼ完成している様に見える。
「儂はほとんど手を貸して無いな」
お爺さんはそう言った。
「歳でな、昔のように体も動かん」
「じゃあ、作り方を指示したりしてたんですか?」
私が聞く。
「いや、以前はしてたが、今はそれもしとらんよ。カッツはここに来た時に既に、熟練の職人も真っ青の腕前じゃったわ」
お爺さんがそう答えた。
彼は転生時のスキル・ポイントを木工と金属加工にかなり大きく割り振った様だ。
「そんな事ないですよ。木工と金属加工の一般的な技術は持ってましたけど、馬車作りに特化した技は師匠から色々と教えてもらいました」
勝利がそう言う。
「それもすぐに飲み込んで、儂以上の腕前に成ったさ。今は儂はこの工房を貸しているだけのもんだ」
そう言って、お爺さんは工房を出て行った。
師匠と呼ばれるのが照れ臭い様な感じだった。
「工房の事も有るけど、材料の仕入れや完成した車体の販売先のコネも師匠ものものだから、師匠が居ないと僕は何も出来ないんで、そこも感謝してるんだけどね」
勝利はそう言う。
素直に人に感謝を言えるのが彼の良い所だった。
彼は馬車造りの作業を始める。
車体はほとんど完成しているので、装飾などの仕上げの作業の様だ。
私も木工のスキルが有るし、たまにそれで農具などを作る事も有るので、見ていて面白い。
それでも、ずっと見ていると飽きてくる。
私はふと、工房の窓から外を見る。
そこには大きな川が流れていた。
多分、私はあそこら辺の川辺に流れ着いたのだろうと、何となく見る。
「夕べも作業をしていてね。何となくいつもと違う水音がした気がして外を見たら、君が流れ着いていた」
作業しながらも、私の事を気にしていたのか、彼がそう言ってくる。
「大分夜も遅かったはずだったけど、そんな時間まで仕事してたの?」
私が聞く。
「この仕事の納期が近かったからね、最近は徹夜の時も多いかな」
彼がそう答える。
「そんなに忙しい時なのに、迷惑かけちゃったかな?」
私はそう言った。
「いや、まあ、忙しいって言えばそうなんだけど、車体はもう出来ていて、後は装飾なんだけど、スキルとそう言ったセンスみたいなのは別みたいでね。なかなか煮詰まってたんだ。夜遅くまで起きてても、作業は進んでなかったから、気にしなくても良いよ」
彼がそう言ってくれる。
私も革細工のスキルは持っているけど、作る物のデザインはリーナ達に頼る所が大きい。
「うーん、私もそう言うののセンスは無いからな、アドバイスとかは出来ないかな・・・」
彼の作りかけの馬車のドアの装飾を見てそう言う。
木工のスキルは高いので整って見えるが、それだけで、装飾の華やかさに個性が見えない。
「私も革製品を作ることが有るけど、デザインはリーナ達に頼むんだ。誰か他にデザインを考えてくれる人が居れば良いと思うけど」
今はここに居ないけど、他の仲間たち、元クラスメイトが居ることは彼に話している。
「ああ、実は車台の製造と上物の製造を分業する場合も有るんだ。そうすれば、僕は装飾とかしなくていいから楽なんだけどね・・・」
「出来ないの?」
「うーん、仕上げ作業をしてくれる別の工房は有るんだけど、何処も忙しくてね・・・」
勝利がそう言う。
なんとなく、歯切れが悪い感じだ。
ともかく、分業は難しいらしい。
とすれば、彼が装飾までやらないといけないのだろう。
「ええとね、リーナ達も別に革のバッグのオリジナルのデザインを考えてる訳じゃなくてね、元の世界のバッグのデザインを流用してるって言うか、ぶっちゃけて言うとパクってるんだ。勝利君も元の世界のデザインをパクっても良いんじゃないかな?」
私はそう提案する。
「そう言われてもね、元の世界で馬車の実物なんて見た事無いしな」
彼がそう言う。
確かに、私もそういった物をじっくりと見た事は無い。
子供の頃、何処かの公園でのアトラクションで乗った記憶は有るが、馬車の詳細なデザインなんて覚えている訳はない。
それよりも生きている馬の大きさに圧倒されていた思い出がある。
「別に、馬車に拘ることは無いんじゃないかな?自動車のデザインを参考にしても良いんだし」
私はそう言う。
「自動車のモダンなスタイルとは大分違うから参考にはならないかな・・・」
彼はそう言って、少し考え込む。
「そうか!乗り物に拘ることは無いんだ!」
勝利は急に大きな声をあげる。
今まで彫刻を掘っていたドア板をそのままにして、別の板を出してきて、それに木炭で下絵を描き始める。
「父の影響でね、神社仏閣みたいな日本建築に興味が有ったんだ、家族で色々見て回った事も有る。あのモチーフを馬車の装飾に落とし込めば良いんじゃないか!?」
そう言いながら、一心不乱に木材に絵を描く。
唐草模様の様な図柄が出来て行く。
なんか、昔のお殿様が乗る駕籠の様な馬車が出来そうな感じだった。
それもこの世界では目新しくて良いかも知れない。
不意に、勝利が図面から顔を上げる。
「ありがとう、春日部さん。君のお陰で、良い馬車が出来そうだ!」
私の手を取って、彼が感謝の言葉を述べる。
「ど、どういたしまして」
びっくりした私がそう応える。
「あ、ああ、急にゴメン・・・」
照れたのか、慌てて私の手を放して、彼はそう言った。
気まずそうに、作業に戻る。
「そう言えば、どうして、私の事に気付いたの?」
私はそう聞いた。
「?」
その問いに、彼が不思議そうな顔をする。
「ええと、だから、私前は眼鏡かけてたでしょ。今まで再会した元クラスメイトでも初見で気付いたのってユキくらいだったんだ。リチャード・・・勝利君とはそんなに仲良くなかったと思うし、何で分かったのかなって・・・」
私はそう質問する。
と言うか、クラスで親しかったのはユキくらいだった。
ユキは私以外にも友達は居たと思う。
私と違って彼女はそれなりに社交的だった。
「そうなんですか?春日部さんは美人で背が高くて目立ってましたし、良く記憶に残ってました。眼鏡が無くても間違うことは無いと思いますけど」
勝利がそう答える。
「なっ」
私は思わず声をあげる。
いきなりそう言われて、顔が赤くなる。
そんな筈はない。
私はみんなからジミ眼鏡と思われていたはずだ。
そう思われる様に、なるべく目立たない様にしていた。
実際ユキ以外の今まで会った元クラスメイトには一発で名前を当てられた事は無い。
とすると、彼だけ特別に私の事を興味を持って見ていた事になる。
その事に思い当って、私は更に赤面した。




