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春日部てんこの異世界器用貧乏  作者: O.K.Applefield
15章
135/215

15-2


 お婆さんが乾かしていたと言う私の服を持って来てくれたので、私はそれを着る。

 当然、勝利は部屋の外に出てもらう。

 肩の部分のナイフが刺さった場所はお婆さんが応急で縫ってくれたみたいだった。

 布は綺麗に切れていたので、縫うのも楽だったと思う。

 あのナイフは自分で手入れをしていたが、切れ味良く研いでいたことを後悔する。

「着たよ」

 服を着終わり扉を開けて、待っていてくれた勝利にそう言う。

「良かった。お腹空いてないか?何か食べる?」

 彼はそう言って、私を階下の方に案内する。

「ええと、今の時間は?私どれくらい寝てた?」

 取り敢えず、現状確認の為に私はそう聞く。

「朝食の時間はもう過ぎてしまっているね。お昼には少し早いくらいかな」

 勝利はそう教えてくれた。

 彼が私を見つけたのは夕べだと言っていたから、一日以上経っている訳では無さそうだ。

 それでも、他のみんなは既にこの街を発っている事だろう。

 事前にそう言う約束になっている。

 台所兼食堂らしい部屋に案内される。

「何か事情が有るみたいだけど、取り敢えずご飯でも食べながら話をしようか」

 難しい顔をしている私を見たのか、勝利はそう言いながら似合わないエプロンを着け始める。

 どうやら、彼が料理をするみたいだ。

 彼はこの家に住んでいるという事なのだろう。

 つまりは彼はワーリン王国の住人であるという事だ。

 その彼にどこまでこちらの事情を話して良いのか分からない。

 私は、食卓の椅子に座らせてもらう。

「そうだな、まずは自分の事から話すか」

 私が話し辛そうにしているのを感じたのか、彼は台所の棚から食材やら道具を取り出しながら、そう言いだした。

「僕はこの街の近くにポップしてね。スキルは木工と金属加工をメインに取ってて、何らかの職人として生きて行こうと思ってたんだ」

 彼はそう言いながら、何かの粉を浅い木のボウルに入れて水を加え捏ねだす。

「最初の内はお金に余裕が有ったから、色々な工房とか見学して回って、馬車の車体を作る仕事が面白そうだったから、何軒か馬車職人に弟子入りさせてもらおうとしたんだけど、なんか何処も人は足りてたみたいでさ」

 捏ねているのは蕎麦粉みたいだった。

 蕎麦粉だけではまとまり難いので、少量の小麦粉も加えている。

「困っていたら、最後に頼んだ工房の人が、引退した職人のここのお爺さんを紹介してくれてね、それで今は住込みで働かせてもらってる」

 そう言った彼は捏ね終わった蕎麦の塊を大きめのまな板の上にのせる。

「蕎麦がきにするの?」

 彼の手元を見た私はそう聞く。

 蕎麦粉を捏ねたそれを小さくちぎって、スープに入れたりすれば蕎麦がきになる。

 確か蕎麦粉を熱湯で捏ねるのが本来の蕎麦がきだが、水で捏ねた物を後から温めても同じかもしれない。

 以前、エラさんが作ってくれたものもそれだったはずだ。

「いや、せっかくだから、ここは蕎麦切りにしよう」

 そう言って彼は、塊を平たく延ばし始める。

 蕎麦切りは普通の麺状の蕎麦の事だ。

「随分慣れた手付きだけど、そんな特技が有ったんだ」

 私は感心する。

 そう言えば、彼は一見日本人には見えない容姿にもかかわらず、日本人以上に日本文化に詳しい所が有った。

 それは日本人のお母さんよりも、日本文化に興味を持って帰化までした元カナダ人のお父さんの影響だと言っていた。

「いや、興味はあったけど元の世界で蕎麦を打ったことは無かったよ。これはこっちに来てから試行錯誤して覚えたんだ。ただ、麺を打つのは上手くなったけど、そばつゆはまだ納得できるものが出来てないんだよな」

 彼はそう言う。

「そうなんだ。じゃあ、ちょっと待ってて」

 私はそう言って、二階に戻り自分の荷物を持ってくる。

 これには食料や調味料が入っていた。

 水に濡れたので、粉状の物の殆どは駄目になっていたが、小瓶に入れた物はしっかり栓をしていたので無事だ。

「これを使ったらどうかな?」

 取り出したのはモモから貰って来た瓶入りの魚醤だ。

「お醤油とはちょっと違うけど、味的にはいけるんじゃないかな?」

「おお、それは有難い」

 私が持つそれを見て、彼は喜んでくれる。

 勝利が延ばして畳んだ蕎麦を切って茹でる間、私がつゆを作る。

 キノコと昆布でとっていた出汁が有ったので、それに魚醤を加え、味を調整する。

「今朝、街の衛兵が来てさ、川の近くで大柄な余所者の女を見なかったかって聞かれた。どうやらこの近辺の家に聞いて回っているみたいだった」

 麺を茹でながら彼がそう言う。

 それを聞いて、私はビクリとする。

「状況からして訳有りだと思ったし、奴等の事は嫌いだから知らないって言っておいたよ。僕の知り合いだからね、余所者じゃないし。嘘は言っていない。お爺さんとお婆さんにも口裏を合わせてくれるように頼んでおいた。捜索範囲は結構広いらしいから取り敢えず聞いて回ってるだけみたいだけど、見つからない場合は虱潰しに家探しとかするかもしれないな。まあ、この家は工房も兼ねてて隠れられる場所は幾らでも有るから、その時は隠れて貰う事になるかな」

 彼は淡々とそう言う。

「なんで、そこまでして私の事匿ってくれるの?」

 私は聞く。

「何故って?そりゃ友達だから当たり前じゃないか」

 彼はあっさりとそう言った。

 ううむ、コウガみたいに自分の利益の為に私達を売る人が居るのに、その一方で彼の様な人も居る。

「ありがとう」

 私は彼に感謝の言葉をおくった。

 彼の厚意に応える為、私はこれまでの自分達の経緯を正直に話した。

 アルフレッドさんを国外に連れ出す事によるこの国の不利益も隠さずに話す。

「なるほど、大体分かった」

 茹で上がった蕎麦を水で締め、器に盛り、彼はそう言った。

「じゃあ、食べようか」

 そう言って、彼はテーブルに着く。

 その時、食堂のドアが開く。

「儂らもご馳走になって良いかね?」

 そう言うお爺さんと、さっき私の服を持って来てくれたお婆さんが入って来る。

「もちろんです。紹介するよ、僕の師匠でこの工房の主のショーン爺さんと、奥さんのハンナさんだ」

 勝利が私に二人を紹介する。

「あ、どうも、てんこと言います。ええと・・・」

 私はしどろもどろに自己紹介をする。

「ああ、聞いとるよ、カッツの友達なんじゃろ。遠慮なく泊まっていくと良い」

 お爺さんが、そう言ってくれる。

 多分扉の向こうで私達の話を聞いていたのだろうけど、特に何も言ってこない。

「カッツ?」

 私が勝利に向かって疑問符を投げかける。

「ああ、カツトシは言い難いから、カッツで通ってる」

 彼がそう答えた。

「リチャードじゃダメなの?」

 私はそう聞いた。

「リチャードは父方の爺さん達が呼んでた名前で正式な物じゃないからね」

 彼がそう言う。

 そう言えば、彼は戸籍上も完全な日本人で、苗字も漢字で書くと『武良雲』だとか言っていた気がする。

 日本びいきの彼のお父さんが帰化する時に考えた苗字だそうだ。

 お爺さんとお婆さんも席に着き、私達はみんなで蕎麦を食べる。

 蕎麦はもり蕎麦のようなスタイルだ。

「あら、このソース今までのより美味しいね」

 ハンナさんがそう言ってくれる。

 これまでも勝利カッツが蕎麦を作っていたらしく、お爺さんもお婆さんもフォークで器用に別容器のそばつゆに麺をつけて食べている。

 勝利と私には彼自作らしいの箸が用意された。

 久しぶりに箸で蕎麦を啜る。

 この時期に蕎麦の実は収穫できないはずだから、この蕎麦粉は去年収穫された物だろう。

 古くなって香りも弱いが、それでも久しぶりなので美味しく感じる。

「そうそう、今朝これも買っておいたのよ」

 お婆さんが台所の棚から、もう一品出してきた。

 ナスの素揚げみたいだった。

 この世界では食用油はそれなりに貴重らしく、各家庭で揚げ物を作る事はあまり無いが、代わりに専門の揚げ物屋さんで作った物を買うそうだ。

 今この国では小麦粉が高いので、てんぷらを作るのは難しいが、素揚げでも蕎麦と一緒に食べると美味しい。

 油の質は正直あまり良くないが、自分の胃はこの世界に順応しているから、お腹を壊すことも無い。

 炭水化物だけでなく、油脂分も取れるのが嬉しい。

 肩の怪我を治す為にも、私は夢中で蕎麦を掻き込んだ。

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