15-1
夢を見た。
子供の頃の思い出だ。
私のお父さんの実家は東北の方の農家で主にりんごを作っていたが、他にも何種類かの果物も作っていた。
そして、作った作物を私達の家に送って来る。
その中でも私は味的には桃が好きだった。
りんごとは違う香りと柔らかな果肉が良い。
ただ子供の頃、何も知らずに夢中で食べるあまり、中心の硬い種を齧ってしまい泣いた事が有った。
柔らかい果肉の中に急に硬い種が有るのにびっくりしてしまったのだ。
それ以来、桃を食べる時は慎重になってしまっている。
「ねえ、何で桃の種ってこんなに大きいの?」
ある時、私はお父さんにそう聞いた。
「りんごの種は小さいのが何個も入ってるのに、桃は大きなのが一個だけなのは何で?」
小学校に入学するかしないかの頃だったと思う。
素朴な疑問だった。
「それはね、大きな種は中にたくさんの栄養を貯えているからだよ」
お父さんは私の疑問にちゃんと答えてくれる人だった。
「たくさん栄養を持っていると、地面に落ちて発芽して成長するときに他の植物より早く大きくなれる。そうすると、同じ時に芽を出した他の植物よりも背が高くなって、いっぱい太陽の光を浴びて更に大きくなれるからだよ」
そう教えてくれた。
「じゃあ、何でりんごの種は小さいの?」
私は更に疑問をぶつけた。
「りんごはね、小さいけどその代わりたくさん種を作ることが出来るんだ。桃みたいに大きな種を一つだけ作っても落ちた場所が悪かったりすると、芽を出せない事も有ったりするから、たくさんの種を播いてどれかが芽を出せる様にしているんだ」
私は子供だったけど、お父さんの言った事はそれなりに理解できた。
しかし子供の常で、一つ理解しても次の疑問が出てくる。
「りんごと桃の種、どっちが良いの?」
私は更にそう聞いた。
「どっちだと思う?」
お父さんは質問に対して質問で返してきた。
良く在る大人のはぐらかしかと思ったけど、お父さんはちゃんと答えを知っていて、それは私が考えなさいと言っている様な気がした。
その時の私は答えを出せなかったけど、その後、時々その疑問を思い出して考える様になった。
主にそれを思い出すのはりんごや桃を食べる時だった。
そしてその答えは、私が大きくなるにつれて自然に分かる様になった。
はっきりと理解したのは、学校が夏休みの時にお父さんの実家、お爺ちゃんとお婆ちゃんの家に行った時だ。
お爺ちゃんが作っている果樹園を見に行くのが私は好きだった。
半野良の猫を見付けて追いかけたりしていた。
そこではりんごも桃も他の果物の木も夏の日差しを浴びて、みんな大きく立派にそびえていた。
そうか、果物の種は子孫を残すために有るのだから、どんな形であれ子孫を残せればそれで良いんだ。
りんごの木も桃の木も、今こうやって元気に茂っている。
そこに優劣なんかない。
一つの実に大きな種を一つ持つのも、小さな種を複数持つのも、どちらも正解なのだ。
私はそれで、この世界には正解は一つだけじゃないという事を学んだ。
私はゆっくりと目を開いた。
「見知らぬ天井だ」
なんとなく、そう言う。
まあ、この世界に来てからは、見知らぬ天井なんて何度も見た。
私はがばっと上体を起こす。
「痛っ!」
左肩が傷み、つい声が出る。
それで気を失う前の事を思い出す。
コウガの投げナイフによって受けた傷は、川に落ちた時に治癒魔法を掛けて応急処置をしているが完全に塞がってはいない。
抜いたナイフはどこかへ行ってしまっている。
取り敢えずもう一度、治癒魔法を掛ける。
レベルが低いので完全に治る訳ではないが、少しはマシに成った。
改めて周囲を見回す。
見覚えの無い部屋だった。
少しばかりの家具とベッドが置かれていて、私はそのベッドに寝ていた。
ベッドの脇には私の荷物が置かれている。
食料とかが入ったリュックに、いつも背負っている鍋だ。
この鍋が重かったせいで、上手く泳げずに溺れかけたらしい。
肩の怪我も相まって、川岸に着くまでに気を失った覚えがある。
マックスさんを助けに行く際に、他の誰かに預けて行けば良かったかもと思うが、川に落ちるとは思っていなかったし、この鍋はヘルメットや盾としても使えるからどちらが良かったのかは微妙なところだ。
そして、川に落ちたのだからずぶ濡れになっていたはずだ。
私は服を脱がされていて、下着だけになっている。
下着も濡れていて気持ち悪かったが、今は夏なので風邪をひくことも無い。
脱がされた服は見当たらない。
誰が私の服を脱がせて、このベッドに寝かせたのかが気になる。
そう考えていると、部屋の外から人の気配がやって来るのが分かった。
私は慌てて、鍋を胸の前に盾の様に構える。
腰に挿していた短剣もリュックの下に在ったが、急な事でそれを手に取る余裕は無かった。
ノック無しで、部屋の扉が開く。
「おや、気が付いたかい?」
入って来たのは見覚えの無い年配の女性だった。
警戒する私を見てそのお婆さんは少し笑う。
「別にとって食いはしないよ、安心しな。おーい、お嬢さんが目を覚ましたよ!」
そう言って、ドアの向こうに叫ぶ。
その声にドカドカと階段を上がって来る様な音が聞こえてくる。
どうやらここは何処かの民家の二階の様だった。
「気が付いたか!?春日部さん!」
慌てた顔の若い大柄な男性が部屋に入って来る。
私の事を名字で呼ぶ事、カスカベの発音が完全に日本語のそれな事から、どうやらこの人は私達と一緒にこの世界に転生して来た元クラスメイトの様だ。
しかし、その顔に私はピンと来ない。
まあ、元クラスメイトとは一ヶ月くらいしか一緒に居なかったのだから当たり前である。
それは向こうも同じはずだが、どうして私の事が分かるのかは疑問だ。
「おおっと、これは失礼!」
彼はいきなり腕で自分の目を塞いで、横を向く。
その反応に、私は自分が下着姿である事に改めて気付く。
私も慌ててベッドの上から毛布を取り、身体を隠すように巻く。
「待ってな、干しておいた服はもう乾いているだろう」
そう言って、お婆さんは部屋を出て、階下に降りて行った。
私とその男の人が残される。
「ええと、御免なさい、誰だっけ?」
私はおずおずと彼に聞く。
彼の顔は見覚えが有る様な無い様な、曖昧な感じだ。
と言うか、今まで会った事のある元クラスメイトは、名前が出て来なくても、何となく自分と同じ匂いを感じたが、彼からはそれが感じられなかった。
『神様?』が言うには、今の私達のこの身体は前の世界の元の身体に似る様に、それでいてこの世界に適応した形で再構成されているそうだ。
なので、この世界の人から見ても違和感が無いようになっているが、それでも何処か日本人的な特徴が感じられる。
しかし彼から感じるのは、欧米人的な臭いだ。
「オー!?ワターシノ事ガ分カリマセンカ?ヒドーイデース」
いきなり彼がエセ外人の様な片言で話し始めた。
今私達が喋っているのはこの世界のこの大陸での共通語だ。
場所によって幾らか方言の様なものは有るが、大体は大陸全土で通じるそうだが、彼の様な喋り方は聞いた事が無い。
と言うか、さっきまで普通に話していたはずだ。
だが、私はその話し方でピンときた。
「もしかして、リチャード君?」
私は彼にそう聞く。
「勝利と呼んでください」
彼はそう答える。
ブラウン・リチャード・勝利。
元クラスメイトの一人だ。
お父さんがカナダ人だったかで、日本に帰化して日本人のお母さんと結婚して彼が生まれたとか、入学直後の自己紹介で言っていた。
彼自身は日本生まれの日本育ちで、普通に日本語で話していたけど、お父さん譲りのアングロサクソン系の容姿から良く周りから英語を話してとか言われて困っていた。
実際はその容姿とは違って英語は得意ではなかった彼は、ふざけた感じでさっきの様なエセ外国語を言っていたのを思い出す。
「ええと、もしかして、勝利君が私のこと助けてくれた?」
私がそう聞く。
「ああ、びっくりしたよ。夕べ家の裏の川に女の人が流れ着いていて、引き上げてみたら春日部さんだったんだから」
彼がそう答える。
もう普通の話し方だ。
「あっ、濡れてた服を脱がしたのは、さっきの婆さんだから・・・」
そう言われて、私は再び恥ずかしくなって、身体に巻いた毛布の上から両手で胸を隠す様に押さえる。




