14-8
朝日が昇り始めた頃、街外れの廃屋に人目を避ける様に入って行く人影が有る。
「朝ごはん買って来たよ」
家の中に入ったカレンが、羊か何かの肉の串焼きを一同に差し出す。
単身者の多い大きな街では朝早くから仕事前の労働者に朝食を売る露店が有る。
そこで買って来たものだ。
「済まないな」
そう言って、アルフレッドが受け取る。
他の者も受け取って食べ始めた。
しかし、リーナとユキの顔は暗い。
「残念だけど、てんこちゃんの情報は無かった・・・」
リーナ達に聞かれたわけではないが、カレンがそう言う。
今ここに居るのは、アルフレッドとエラ、マックスの兄妹、それにリーナ達三人だけで、てんこは居ない。
この場所は以前にマックスが隠れ家として目星を付けていた物だ。
コウガを除く全員に知らされていて、もしもの時はここに集まる予定だった。
最初から怪しいと思われていたコウガだけには秘密にされていた。
マックスは他の者の後から合流しているが、その後に来るはずのてんこは何時になっても来なかった。
「申し訳ない。俺のせいで彼女を危険に晒してしまった」
マックスがリーナ達三人に謝る。
彼の怪我は合流した際にリーナに治してもらっている。
「そうだよ!あんたを助ける為にてんこちゃんが・・・」
涙目になったユキがマックスを責めるが、彼の傍らに寄り添うエラの姿を見てその声は尻すぼみになる。
エラは何も反論しないが、その表情に沈痛な色が浮かぶ。
「やめて、マックスさんが注意を引いてくれたお陰で私達は無事に宿を脱出できた面もあるんだから」
リーナがそう言う。
一同に再び重苦しい雰囲気が圧し掛かる。
「問題はこれからどうするかだよ」
食べ終わった串焼きの串をその辺に捨てて、カレンがそう言う。
「状況を整理しよう。コウガが裏切ったのは間違いないんだな?」
てんこの事が心配で半泣きになっているが、ユキは涙をぬぐってマックスにそう聞く。
「そうだ。と言うか、最初から我々の事を探るために仲間に成った振りをしていた様だ」
彼はそう答える。
「てんこちゃんの情報は無いと?」
今度はカレンにそう聞く。
「ああ、夕べの事は幾らか噂になっていたけど、誰かが捕まったとか言う話は聞かなかった。ただ、この街の警察?いや衛兵か?が情報を外に出していない可能性もある」
カレンはそう答える。
「と言う事は、てんこちゃんが捕まったか、それとも何処かに一人で隠れているかは分からないって事ね・・・」
そう言って、ユキは考え込む。
「もう一つ、最悪の事態もあり得るな」
アルフレッドがそう言うが、ユキは彼をじろりと睨んで黙らせる。
「ともかく、情報が無いって事だ。だが、その情報を集める方法も時間も今の私達にはない。可能なら今すぐこの街を出るのが最善だけど・・・」
そこまで言って、ユキは黙る。
それはつまり、てんこを見捨てて行くという事だ。
再び一同に沈黙が訪れる。
こういう時に決断するのがリーダーの仕事だが、そのリーダーであるてんこが今ここには居ない。
年長者であるアルフレッドが皆を率先するべきなのだろうが、彼はそうしない。
三人娘がてんこを心配する気持ちを尊重して、彼女達に判断を任せるつもりの様だ。
「今すぐ出発しましょう」
そう言ったのはリーナだった。
「てんこちゃんを見捨てるのか?」
カレンがそう聞く。
「最初に決めていたでしょ。万一はぐれた場合はそれぞれで目的地に向かうって」
リーナはそう言う。
「でも・・・」
ユキが苦しげな表情をする。
彼女としても、このままこの廃屋に隠れていても事態は好転しないのは分かっている。
それどころか、時間を浪費すれば当局に発見される危険性も上がる。
「最悪の事態を想定して動けって言う考えも有るけど、この場合は最悪の事態を想定しても私達に出来ることは無いわ。情報が無い以上、てんこちゃんは無事で捕まっていないという事を前提に動くしかないと思うの」
リーナの言葉に、他のみんなも渋々納得する。
「分かった。出発しよう」
カレンがそう言う。
「では、出発するか。プランCだったな」
アルフレッドもそう言って立ち上がる。
「はい、プランCです」
リーナは意味有り気にそう繰り返した。
「本当にそのルートで良いんですか?ワーリン王国内を横断して、緊張状態にあるベルドナ王国との国境を越えなければいけませんよ?」
マックスが聞く。
彼が言ったのは以前プランBとして話していたルートだった。
「エラさんから聞いていたと思いますけど、コウガが裏切った場合を想定して、彼の前で言ったプランは本当の物とは一つずつずらしています」
リーナがそう説明する。
つまり、本当のプランAはサッツ帝国経由であり、プランBはペールン経由で、プランCが直接ベルドナに向かう案になっていたのだ。
「一番困難と思われる案だが、だからこそ相手の裏をかくことが出来る。悪くは無いと思うな」
アルフレッドがそう言う。
高齢の彼にはきつい道のりだが、不満には思っていない様だ。
「てんこちゃんが選んだプランだもの、これが最善だと思う。さあ、行きましょう」
そう言って、リーナが廃屋の外に歩き出す。




