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春日部てんこの異世界器用貧乏  作者: O.K.Applefield
14章
132/215

14-7


 コウガが川縁に走り寄る。

 この街の川は運河としても使われているので、深く浚渫されている。

 またこの辺りは下町なので、川に柵なども無い。

 彼は川岸から下を覗き込むが、月の細い夜で黒々とした川面にはもう人影は見えなくなっている。

「ちっ、面倒だな!」

 コウガが悪態をつく。

 生死の確認が出来ない状態では雇い主からの報酬は貰えない。

 王都の衛兵たちを呼んできて捜索させなければならないだろうが、あの段取りの悪い連中がすぐに捜索隊を編成できるか分からない。

「まあ、良いだろう」

 溜息をついて、短剣を鞘に戻す。

 どの道、こう暗くては夜が明けてからではないと捜索は難しい。

 ふと、コウガは自身の右手が微かに痺れていることに気付いた。

「あいつ、馬鹿力め」

 先程の打ち合いを思い出してそう言う。

 女性としては背の高いてんこは男性としては平均的なコウガと比べても少し高かった。

 それ以上に、毎日狩猟や農作業をしてきた彼女の方が筋肉質である。

 てんこ自身はその事に気付くと嫌がるだろうが、彼女の方が体重も重いだろう。

 この世界に彼等が転生した際に、スキルポイントで器用さを選択できたが、それ以外の筋力、素早さ、頑丈さなどのパラメーター的な選択項目はなかった。

 何故なら、元の世界での身体的特徴を元にこの世界での身体は再構築されているので、フィジカルに関する事は大きく変化させることは出来なかったからだ。

 また、この世界には火風水土等の物理的な魔法は有るが、身体能力を向上させる様な魔法は存在しない。

 つまり漫画などで有りがちな、『気』の力で筋力以上のパワーを出したり、防御力を上げたりすることは出来ないのだ。

 防御力で言うと、人間の皮膚の丈夫さは確かにある程度の個人差は有るが、だからと言って十倍の差が有る訳ではない。

 どんなに肌を鍛えたところで、鋭い刃物の前では同じように無力なので、それをパラメーターにして取得させることをしなかったのは『神様?』の配慮だったのだろう。

「まあ、どんなに力が強くても、俺の短剣術のスキルの方が上だから問題ないけどな」

 コウガはそう言って、川を背にして歩き出す。

 彼の言う通りであるし、実際にてんこ相手に圧勝しているのだが、わざわざ口に出して言うと、負け惜しみの様な感じがする。

 彼自身もそう感じたのか、小さく舌打ちをした。

 とにかく、コウガとしては雇い主に報告して捜索隊を出してもらい、てんこの行方を探す必要がある。

 また、衛兵達がしくじったお陰で、てんこ以外の一行の行方を探る仕事もしなければいけない。

 彼等に情報だけ渡して捕り物を任せたが、思った以上に使えない連中だった。

 それでも、てんこが言っていた『プランC』と言う手掛かりが有るので、再度見つけ出すのは難しくはないかもしれない。


 青山鋼雅は親が付けたその名前から子供の頃は忍者に憧れていた。

 それでも高校生にもなれば、アニメや漫画の中の超人的でド派手で目立つ様な忍者は存在しない事は分かっていたし、実際に昔居た忍者は地味で目立たない存在だった事も知っている。

 それが、この世界に転生する事になり、幼い頃の憧れが蘇った。

 忍者と言うスキルは無かったが、それらしいスキルを幾つか選択した。

 短剣術や隠密行動などである。

 しかし、それは失敗だった。

 彼がイメージしていたのはゲームの中の職業ジョブとしての忍者だったが、この世界ではゲームの様に戦う相手が常に居る訳ではない。

 たまに出現するモンスターは居るが、それを倒すことを職業に出来る程頻繁に出る事も無い。

 また、そのモンスターの強さも一般人でも集団に成れば対処出来る程度なので、それを専門に狩る者を必要とはしない。

 考えてみれば、一般人が対処できない様なモンスターが頻繁に出没する世界では誰も安心して暮らすことが出来ない。

 それでは国家も維持できないし、文明も発達しない。

 要は、この世界は『神様?』が言っていた様に、魔法は有るがそれ以外はごく普通の世界なのである。

 そんな訳で、ゲームの様にモンスターを狩って生活する方針は早々に行き詰まる。

 食い逃げをして捕まった後、コウガとキハラは倉庫作業から隊商キャラバンの護衛などで食いつなぐことになるが、コウガは暫くして辞めてしまった。

 主な原因は給料の安さと、それによる食事の不味さであった。

 現代日本の食生活に慣れていた彼等にはこの世界の普通の食事は大分粗末に見える。

 それでも、高い食事は高いだけあってそれなりに美味しい。

 転生直後は『神様?』から貰ったお金が有ったので、良い食事が出来ていたが、それでは直ぐにお金が尽きてしまう。

 キハラは粗食に慣れたが、コウガには無理だった。

 また、てんこ達は自分達で料理が出来るので自分達の舌に合う様に工夫出来たが、彼には出来ない。

 仕事を辞めると当然賃金が貰えないので更に困窮する事になるが、それでも同じ仕事を続けて同じ様な粗食をするのにコウガは耐えられなかった。

 不安定でも一攫千金を狙う方が彼にとっては性に合っているのだ。

 コウガは日雇いの仕事をして食いつなぎ、雑用係として船に乗り、この国までやって来た。

 時は経ち、ペールンの街で統治者の貴族にコネが出来た頃、かつての仲間だったリーナを見かける。

 この国でもフラウリーゼの魔女の噂は聞こえて来ている。

 その名前がてんこ・リーナ・カレン・ユキだと言うのも分かっていた。

 元クラスメイトの四人の名前だという事は気付いている。

 リーナの他にも三人居て、それぞれの顔にも見覚えが有る。

 ただ、一番背が高い女の顔だけは良く分からなかった。

 他は顔と名前が一致したので、多分それが名前のインパクトだけは有ったがイマイチ印象の薄かったてんこだと推測する。

 この国と敵対しているベルドナ王国で有名に成っている彼女達がここに居ることに何かを感じたコウガは考えた。

 今の雇い主であるペールン候に知らせれば報酬が貰えるか?

 それとも彼女達に接触して、黙っていて欲しければ金を出せと脅した方が得か?

 少しの間、後をつけたが彼女達が安い宿に泊まったのを見て、あまり金を持っていないと判断したので、彼はペールン候に報告した。

 ペールン候は直ぐに捕縛せずに彼女達の目的を探る様にコウガに指示する。

 やがて、彼女達がアルフレッドと言う老人と合流した事を連絡係兼現場の上司に報告したところ、上司はそれが現在行方不明中のワーリンの賢者と呼ばれるアルフレッド・ベルフォレストだと判断した。

 彼はアルフレッド一行を捕縛する為に王都の衛兵に協力を要請する。

 捕縛作戦は上手く行かなかったが、それはコウガのミスではない。

 仕事が長引けばその分経費を貰えるし、困難な仕事程、達成すれば評価は上がるだろう。

 コウガはそう考える。

 元クラスメイトを売る事に対して、彼にはもう後ろめたさなど無い。

 自分が生きて行くだけで精いっぱいなのだ。

 少しの間だが仲間だったリーナには思う所があるが、特に記憶にも残っていなかったてんことかはもはやどうでも良かった。


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