14-6
私とマックスさんが夜の裏路地を走る。
「何故戻って来た?」
マックスさんがもう一度同じ質問をしてくる。
「そう言うマックスさんは何で一人で足止めをしようとしたんですか?」
私は質問に質問で返す。
今の私はちょっとだけ不機嫌だ。
私の少し後ろを走る彼は一瞬黙る。
怪我をしているので、足取りは重い様だ。
「・・・俺はベルフォレスト様に恩義がある。その恩を返す為ならこの命など惜しくはない。君達は俺に構わずアルフレッド様とエラを守って逃げれば良かったのだ」
少しの沈黙の後、彼はそう言った。
エラさんから聞いた話とかで、その答えは予想できた。
だからと言って、納得できるかは別だ。
色々言いたいことは有るが、私は一つだけ言う。
「私が来ると言わなければ、エラさんが一人で来る事になってましたよ。それで良かったんですか?」
その言葉に、私達の方で何が有ったのか察したマックスさんは完全に沈黙した。
あまり人と話をして相手を言い負かそうとか思うことは無い私だが、今回だけは言っておきたかったのだ。
私達は裏路地を抜け、川のほとりに出る。
王都ワーリンベルグの中心を流れる、大きな川だ。
もしもの時の為の隠れ場所兼集合場所は事前に決めてある。
私達はそこを目指して川沿いに移動する。
裏路地を走る事によって追っ手は撒けた様なので、走らずに歩いて行く。
空は晴れて星が見えるが、月は細くそれ程明るくはない。
私は何か嫌な感じがして、立ち止まる。
私の方が前を歩いていたので、後ろのマックスさんも止まった。
それまで抜いていなかった短剣を私は抜いた。
「どうした?」
マックスさんが聞いてくる。
そう言いながらも、私の様子に彼も周囲を警戒する。
「なんで分かったんだ?この隠密スキルって欠陥が有るんじゃね?」
前方の物陰から、その声と共に、人影が現れる。
同じく短剣を構えたコウガだった。
私は別に彼の気配に気付いた訳ではない。
ただ、何となく私が彼だったら、ここら辺で待ち伏せるんじゃないかって気がしただけだ。
「裏切ったの?」
彼に向かって、私は一応聞く。
「別に。最初から仲間になったつもりは無いよ。言ったろ、俺はこの国で何でも屋みたいなことをしてるって。国の偉いさんの命令での諜報活動もその一つさ」
そう言ってくる。
こちらの仲間に入ったふりをして、私達の目的を探っていたと言う事だ。
今ここに出て来たのは私達を捕らえてそのお偉いさんにつき出すつもりだろう。
コウガの他にこの国の兵士とかが居る気配は無さそうだ。
居たら私ももっと簡単に気付いただろうし、彼も自身の隠密スキルを活かすために一人で居たのだろう。
二対一の形だが、マックスさんは怪我をしているので、戦力として見ない方が良いと思う。
「ここは私がくい止めます。マックスさんは逃げてください」
短剣を構えたまま私は、後のマックスさんにそう言う。
「しかし・・・」
「行ってください。アルフレッドさんとエラさんを守る事が貴方の使命でしょう?」
反論しようとするマックスさんに私は静かにそう言った。
「・・・分かった」
一瞬躊躇したが彼は再び裏路地の方に走る。
「エラさんに聞いてますよね?プランCで行ってください」
彼の背中にそう投げかける。
コウガは走って行くマックスさんを見ても、私の方を向いたまま構えを崩さない。
「下っ端の男より、有名人のフラウリーゼの魔女のリーダーの方を捕まえた方が金に成る」
彼はそう言いながら、足音も立てず、ゆっくりとこちらに近付いて来る。
捕まえると言っているが、多分それは生死を問わずかもしれない。
元クラスメイトに対してそこまでするかとも思うが、この世界に来て一年以上、彼がどう生きて来たかは私は知らない。
私は楽観視はしない。
ある程度距離が詰まったところで、コウガは一気に走り込んでくる。
キンキンキン!!
短剣同士が打ち合わされる音が響いた。
彼の突き出した一撃目を私が短剣で受け、私が反撃をしたが、彼も同じように受けて、再び打ち込んできた。
彼の二撃目を受けた後、私は大きく後ろに逃げる。
お互い交互に攻撃し合った形だったが、私は次の反撃をしなかった。
それをした場合、確実にカウンターを喰らっていたと思う。
今の打ち合いで、彼我のレベルの差が実感できた。
リーナから聞いた話ではコウガの短剣術のレベルは8。
対して私は狩猟スキルのおまけで使える程度でしかない。
今の彼の攻撃は、こちらのレベルが分からないから様子見程度での攻撃でしかなかったと思う。
それが、実力差がバレてしまった以上、次からは本気で来るだろう。
コウガがニヤリと笑う。
私は焦った。
短剣では勝てないのが分かる。
旅の間、杖替わりに持っていた槍にもなる棒は年寄りのアルフレッドさんに貸してしまっている。
長い得物は短剣に対して有利だが、もしそれが有ったとしても、彼とのレベル差を埋めることが出来るかどうかは分からない。
棒術はリーナに教えてもらっているが、それも大したレベルには達していない。
武器で勝てないなら、魔法を使うしかないが、威力の低い私の魔法は不意打ちや目眩ましにしか使えない。
正面からやり合っている相手に有効な魔法は少ない。
地縛魔法で足を止めてから、攻撃するか逃げるかするくらいしか思いつかないが、野生動物と違って人間相手だと、こちらが魔法を使うそぶりを見せたら向こうも対抗して来る事が考えられる。
正直、地縛魔法は一歩横に動かれるだけで、無効化される魔法だ。
完全に手詰まりだ。
その上、さっき後に飛び退いて逃げたが、逃げた先が川を背にする形になってしまって、自分で意図しない背水の陣だ。
今まで正面を向いて短剣を構えていたコウガが短剣を持った右手を前にして。半身の構えになる。
当然左手が体の陰に隠れて見えなくなる。
「!」
私は慌てて体を捩る。
コウガが左手で腰のホルスターから抜いたナイフを投げて来た。
そう言えば、彼にはこの技も有ったのだ。
一瞬とは言え考え込んでしまっていた自分を反省する。
心臓の辺りを目がけて飛んで来たナイフは肩に刺さる。
私が彼に提供したナイフだった。
痛みと共に、こんな形で返してくる彼に腹が立った。
だが、そんな事を考えている暇もない。
コウガはナイフを投げると同時にこちらに向かって走って来る。
肩にナイフが刺さった状態では、彼と戦って勝てる確率は完全にゼロだろう。
私は、もう一度後ろに飛んで逃げる。
両足から地面の感触が消える。
一瞬の浮遊感の後、私は川面に落下して行った。
ドボン!と言う水音が夜の街に響く。




