14-3
お湯から上がり、私達は宿屋に戻って来た。
エラさんは私が家まで送って行こうと思っていたが、銭湯を出たところでマックスさんが迎えに来ていたので、彼に任せた。
これ位の時間ならばそこそこ人通りもあるので一人でも大丈夫そうだったが、念の為に来たそうだ。
良いお兄さんだ。
それに比べて、リーナ達と一緒に来て男湯に入っていたコウガはさっさと上がって、帰っていたみたいだった。
私達は女子用に二人部屋を二つと、コウガの為の一人部屋を取っていた。
私とユキ、リーナとカレンで別れて寝る事になる。
夜も更けた頃、私は急に目が覚めて、ベッドから起き上がる。
「照明」
そう唱えて、小さな魔法の明かりを灯す。
光魔法は転生時にはスキルとして取得していなかったが、その後にユキから教わって使えるようになった。
小さな明かりを作れる程度なので、レベル1くらいだろうか。
ユキを起こさない様にして、部屋を出る。
トイレに行って、すっきりしてから部屋に戻ってくる。
窓の外に月明りも有るし、目も慣れたので、明かりは付けていない。
ふと前を見ると、廊下を歩く別の人影が見えた。
コウガが足音も立てずに、自分の部屋にするりと入って行く。
どうやら私には気付いていなかったみたいだ。
リーナから聞いたところによると、彼は隠密行動のスキルを持っているはずだった。
ただそれは音を立てずに歩けるくらいで、他人が隠密行動をしているのを見破れる訳ではない様だった。
夜中だった事も有るし、いつもの癖で私も足音を立てずに歩いていた。
「彼もトイレだったのかな?」
そう思って、私も部屋に入る。
だが、よく考えてみると、男子用のトイレも女子用の隣に有ったはずだが、彼は私が来たのとは逆の方から歩いて来ていた。
何処に行っていたんだ?
そんな疑問が浮かぶが、真夜中で眠かった私は再びベッドに入りすぐに眠ってしまった。
次の日、私達は簡単な朝食を取ってから宿を出る。
街の中央広場で、アルフレッドさん達と落ち合う。
「よろしく頼む」
私以外とは初対面なので、軽く自己紹介して、アルフレッドさんがそう言う。
「ええと、誰?」
コウガが小声で隣に居たカレンに聞く。
「この人を国外まで連れて行くのが私達の仕事だ」
彼女がそう答える。
アルフレッドさんがこの国の元軍事顧問なのは知らせない。
別の国から来た一般人には、この国の政治的な事は分からないだろうし、関心も無いだろう。
「ふーん」
彼もそれで納得したみたいで、それ以上は深く聞いてこない。
「それから、私達はバリス公国の男爵令嬢一行って事になってる。あんたの分の身分証は無いから、現地で雇った荷物運びってことにする。だからこれ持って」
そう言って、ユキは途中で買って来た中古のリュックを彼に渡す。
中身は昨日買ったと言うライ麦粉とその他の食料だ。
「ええー?」
コウガが嫌そうな顔をする。
とは言えみんなそれぞれ荷物は持っているので、彼も渋々それを受け取る。
マックスさんとエラさんも隠れ家から持ってきた食料等を背負っていた。
大きな荷物を持っていないのはお嬢様役のリーナと年寄りのアルフレッドさんくらいだ。
アルフレッドさんが住んでた家は借家だったので、ここに来る前に大家さんに出て行くことを報告して鍵を返してきたそうだ。
この街にはもう用はないので、私達は広場をあとにして、歩き始めた。
私達は一度来た街道を逆に戻り、王都方面に向かっていく。
「確認ですけど、国外に出る方法は、一応、三つの方法を考えています」
たまにすれ違う人はいるが、街道を同じ方向へ進む人は近くに居ないので、私は確認の意味を込めて説明する。
アルフレッドさん達には昨日話したし、仲間のみんなは前から知っている。
知らないのはコウガだけなので、彼に説明する意味が大きい。
「ああ、教えておいてもらうと助かるな」
彼がそう言う。
「一つは来た道をそのまま戻ってペールンの港から船に乗る方法。ただ、やっぱり乗船時に役人の審査は有るんでアルフレッドさんは何かの大きな荷物の中に隠れて貰う事になります」
「ふむ、少しくらいの窮屈さは我慢しよう」
アルフレッドさんはそう言ってくれる。
「ただ、審査をする役人が真面目な人だったりすると、荷物も全部チェックするみたいなんですよね。そこが運任せになるのが困りものです。デリン商会の人にも協力をしてもらいますけど、どれくらい誤魔化してもらえるかもわかりません」
「不確実なので、この方法はお勧めできないです」
私達の一団の最後尾を歩くマックスさんがそう言ってくる。
「そうですね、一応これをプランAとしましょう。で、プランBは船には乗らずに陸路を歩いてベルドナまで行く方法です。途中、関所と言うか検問みたいな所もあるでしょうけど、迂回することは出来るので通れないことは無いと思います」
「ただしその場合、道無き道を通る事になるんで、私達はともかくアルフレッドさんは大変でしょう」
私の前を歩くリーナがそう言った。
「歩く距離も長いし、途中の検問はともかく流石に国境を越えるのはかなり難しいだろうな」
ユキもそう言う。
「そこで、プランCと言う訳か」
アルフレッドさんがそう言った。
「そうですね。なので陸路をベルドナとは反対側の東に向かいます。ここからなら西の国境より東の国境の方が大分近いですし、東のサッツ帝国はベルドナ王国と違ってこの国と仲が悪くないので国境の審査も緩いと思います」
「最終的な目的地からは一旦遠ざかるが、その分警戒されにくい道筋という事か」
アルフレッドさんが頷く。
「はい、サッツ帝国に入ってからは、また海辺の街に向かい、そこから海路で戻ります。行程は長いですけど、疲れない様にゆっくり行きますから、安心してください」
私がそう言う。
「とは言え、不測の事態は起こり得るだろう。臨機応変にプランを変える事も必要だろうな。そこの判断は君に任せてよいかね?」
アルフレッドさんが私に向かって言う。
「ええと、はい」
私は答える。
余り自信は無いが、一応リーダーだから引き受けておく。
「そう言う訳だから、あんたも覚えておいて」
ユキがコウガに向かってそう言った。
「ああ、分かった」
彼はそう答えるが、空なんか見上げて真面目に聞いてるんだか分からない。
「エラさんも、よろしく」
ユキは彼女にも念押しする様に言った。
「はい」
彼女は少し上ずった声で答えた。
「ああ、そうだ。昨日、てんこを助ける為にナイフを投げたろ。あの山賊に刺さったまま持ってかれたんだよな。代わりのナイフくれない?」
コウガが、私達に向かってそう言ってきた。
彼のメインスキルは短剣術だそうで、その為の短剣と投擲する為のナイフを何本か持っている。
そのうちの一本を無くしたらしい。
「ええと、これで良い?」
私はナイフを一本渡す。
私も短剣とナイフを持っているが、ナイフを投げることは無く、主に料理用だ。
「図々しいな」
それを見たカレンが彼にそう言った。
「これくらい必要経費だろ」
ナイフを受け取ったコウガはそう言った。
腰のホルスターに差し込む。
大事に使ってきたナイフだから、あまりぞんざいに扱って欲しくはないのだが。




