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その日の夕方、日が暮れた頃に私達は目的の街の到着した。
直ぐにアルフレッドさんが隠れているという家に向かいたかったが、大勢で向かっても迷惑だろうから、私達は先に宿を取った。
みんなをそこに置いて、私とマックスさんだけでアルフレッドさんが隠れていると言う家に行くことにした。
知らない人に会うのは私としては気が重いが、こういう時は一応リーダーが行かなければならないだろう。
「じゃあ行ってくるから、ご飯は先に食べてて」
私はリーナ達に鍋と食材と調味料の入ったリュックを渡して、そう言った。
この宿も自炊するタイプの宿だった。
「分かった。気を付けて、行ってらっしゃい」
リーナがそう言って、鍋を受け取る。
「俺は行かなくて良いのか?」
コウガがそう言ってくる。
「その必要はない」
マックスさんが簡潔にそう答える。
実はコウガには、まだ私達の仕事の詳細は教えていない。
完全に彼の事を信用していないからだ。
コウガは肩をすくめて、直ぐに引き下がった。
みんなと別れて、私とマックスさんは暗くなり始めた街を歩いて行く。
宿屋や商業施設の集まる地区から、住宅街の方に向かう。
この街は王都から少し高台の方にある。
日が傾くと、夏なのに少し涼しい。
この先は山脈が立ち塞がり、他の場所へ進むのは難しいので、アルフレッドさんが国外に逃げる場合、こっちに来るのは合理的ではない。
だからこそ、ワーリン王国側もアルフレッドさんを探すのにこの街は特に重点的にはしていなかったらしい。
そこに目を付けて、ここに隠れているそうだ。
やがて、マックスさんは住宅街の裏路地に入り、一軒の家の前で立ち止まる。
裏路地だがそこそこ綺麗な小さ目の一軒家だった。
マックスさんがドアをノックすると、若い女性が出て来た。
「あ、いらっしゃい。中へどうぞ」
彼女は短くそう言って、私達を家の中に招き入れる。
私は小さく目礼して、マックスさんに続いて玄関から中に入る。
「兄さん!無事で良かった!」
私がドアを閉めると、いきなり女の人がマックスさんに抱き着く。
どうやら、さっき素っ気なかったのは周りの目を気にしていたからのようだ。
「済まない、エラ。少し遅れてしまった」
エラと呼ばれた私と同じくらいの年齢の女性の頭を撫で、マックスさんがそう言う。
一応事前に聞かされていたが、彼女がマックスさんの妹でもう一人の協力者であるエラさんだ。
ここに来るのが遅れた原因は私達に有るので、少し気まずい。
でも、マックスさんはそんな事とは言わずに、ただエラさんを抱き締めている。
感動の兄妹の再会だが、私の存在を完全に無視して二人の世界に入られると、こちらとしてもちょっと困ってしまう。
「ようやく来たか、マックス君。そちらのお嬢さんが困惑して居るぞ。早く居間にでも来たらどうだ?」
家の奥から、一人のお爺さんがやって来てそう言った。
その言葉に、マックスさんとエラさんは慌てて離れる。
通された部屋はそれ程広くない居間兼食堂と言う感じだった。
家自体それ程広くないので、確かにこれでは全員で押し掛けるのは無理だったろう。
アルフレッドさんとエラさんは仕事をリタイアした祖父とその世話をする孫娘と言う体でこの家を借りているそうだ。
「ええと、これがアルフレッドさんの偽装身分証になります。バリス公国ベネウィッツ男爵家の執事と言う事にしています」
簡単な挨拶の後、テーブルに着いた私は持って来た書類を渡してそう言う。
マックスさんとエラさんも今回一緒に国外に脱出する予定なので、二人にもリーナお嬢様の使用人と言う身分証が作られている。
「ふむ、感謝する。とは言え、この国の役人には私の顔を知っている者も多い。この書類も気休め程度だな」
書類を受け取ったアルフレッドさんがそう言う。
「そうですね、国境の検問や船に乗る時の身元調査は出来れば避けたいですね。それに関しては幾つか策を用意しています」
テーブルの向こうの彼に向かって私はそう言った。
その策を説明し始める。
と言っても、その策は全部ベルドナ王国諜報部のスージー・クレスさんから教えられたものだ。
「なるほど、大体分かった。一つの策に固執せず、場合によって複数の策を用意しているのは良いな」
私の話を聞き終わったアルフレッドさんが頷く。
自分で考えた物ではないので、褒められても面映ゆいだけだ。
とは言え、自信の無い顔をしてアルフレッドさん達を不安にしてもしょうがないので、私は愛想笑いをしておく。
「夕食が出来ました。食べて行かれますよね?」
エラさんが料理をテーブルに並べ始める。
「あ、有難うございます」
私はお礼を述べる。
日も大分暮れて来ていて、お腹が空いて来ていた。
「済みません、こんな物しか無くて・・・」
エラさんが謝るが、出された料理は結構美味しそうだ。
ハムとチーズが載ったクレープの様な物と、野菜と茶色の塊が入ったスープだ。
クレープの生地から少し特徴的な香りがする。
「蕎麦粉?」
私は思わずそう言う。
「はい、済みません。小麦粉は高くて手に入らなくって・・・」
エラさんがまた謝る。
「あ、いえ、そんなつもりじゃないです」
私はそう言って、クレープ(蕎麦粉で作ったものだとガレットか?)を口に入れる。
噛む毎に出る蕎麦粉の甘みと、ハムとチーズの塩気が美味しい。
「蕎麦はこの滋味深さが良い」
同じものを食べて、アルフレッドさんがそう言う。
スープに入っている茶色い塊も蕎麦粉をこねた物の様だった。
「知っているかね?戦場に於いて、麦がまだ有るのに兵の食事にわざと蕎麦などの雑穀を出すことが有る」
アルフレッドさんがそんな事を言い出す。
「え?何故です?」
私が聞き返す。
蕎麦は滋養分が多いが、カロリー的には小麦の方が優れているはずだ。
「決戦の前などには自軍の食料事情が良くないと思わせた方が兵たちが死に物狂いで戦ってくれる。兵糧が潤沢に有ると思われると、末端の兵はだらだらと戦いを長引かせて飯を食おうとするのだ」
「ああ、なるほど」
私は頷く。
「ただ、この方法はある程度自軍の士気が高い時でないと、逆に兵が逃げ出す事も有るので見極めが大変だがな」
アルフレッドさんはそう言って、スープを啜る。
「フラウリーゼの魔女と聞いていたが、戦術や戦略に関してはあまり詳しくはないかな?」
ニヤリと笑ってアルフレッドさんがそう言ってくる。
「ええと、フラウリーゼ川での戦いではエドガーさんと言う人が作戦を立てて、私達はそれに従ってただけです。あと、そう言う事に詳しいのはユキと言う仲間で、私はあんまり・・・」
私はそう答える。
「ふむ、他に得意な者が居るならその者に頼るのも悪くない選択だ」
アルフレッドさんがそう言う。
「取り敢えず、フラウリーゼ川での戦闘について聞かせてくれないかな?こちら側の報告書は読んだが、敵側のその場に居た者の話も聞いてみたい」
夕食もそこそこに彼は身を乗り出して聞いてくる。
こういう話が好きなのか、彼の顔は何処か楽しそうだった。
私は苦笑して、話し出す。




