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三日後、私達はワーリン王国の王都に到着した。
正確に言うと、王都の近くにある古代遺跡と、その周囲に立ち並ぶ観光客向けの商業施設群だ。
「観光客はいっぱい居るけど、肝心の観光地ってあの崩れかけの建物だけ?」
リーナが宿屋やお土産物屋が立ち並ぶ街の中心にあるかなり古い砦の様な建造物を見てそう言う。
「そうみたいだな」
ユキが答える。
千年前、後に魔王とも呼ばれるようになる男が自分の国に反旗を翻し、最初に奪取した砦があれだそうだ。
その後、各地を転戦する事になるが、暫くの間はここを本拠にしていたらしい。
この大陸で最初で最後の統一を成し遂げて皇帝になった男のゆかりの地だけあって、大陸中から観光客が来る。
ただ、ここを取り仕切っているのは大陸中に広がる宗教団体だったりする。
魔王とも呼ばれた初代皇帝は大の宗教嫌いだったにもかかわらずだ。
まあ、彼が王族の神官職を禁じたお陰で、それまでに有った宗教が衰退し、今の宗教が台頭してきたので、恩人と言えない事も無い。
取り敢えず私達はお土産物屋とかは無視して、遺跡を見に行く。
入場料を払って、中に入る。
見学の順路が設定されていて、幾つかの部屋などを見ながら、屋上に上がる。
千年以上前の古い砦だが、補修はされているらしく、今すぐ全部が崩れ落ちそうな感じではない。
「おお、良い眺めだ」
カレンがそう言う。
物見の塔らしき所で、周囲の景色が一望できる。
石造りの古い建物とかにはあまり興味は無いが、この景色は良かった。
近くは門前町の様に観光客向けの施設がひしめいている。
少し遠くにはワーリンベルグの街並みとその周りの田園風景が見える。
街の中心を通った川が海の方に流れて行っている。
千年前には今見ている街は無かっただろうが、その魔王も山や川などの景色は同じものを見ていたのだろうか。
「つまり、その初代皇帝ってこの国の出身だったって事?」
景色を見ながらリーナがそう言う。
「彼が生まれた時にここは別の国だったし、彼が起こした帝国も滅んじゃって、その後も色々変わってるらしいから、この近くの出身だろうけど、ワーリン王国の出身って訳じゃないでしょ。それに帝国を作った時に首都にしたのはもっと西の方、ベルドナの向こうだって話だし」
ユキがそう答える。
「最初にこの砦を占拠したって話だけど、それ以上前の魔王の記録ってないらしいんだよね。貧しい農民の出だって言う伝説も、そう言われているだけで、当時の記録では残ってなくて、後世の創作だって説が最近では主流らしい。事実農民だったにしては戦術とか戦略とかが素人とは思えないんだよね」
私がそう補足する。
この知識は、この世界に来てから聞いた話や、アルマヴァルトの領主邸にエドガーさんやロリアーネさんが持ち込んだ蔵書を見せてもらう事で得た物だ。
あそこで働いていた頃、仕事が休みの日などに見せてもらっていた。
「出自不明の初代皇帝か、もしかしたら彼も転生者だったりしないかな?」
リーナが急にそんな事を言い出した。
「え?」
私はぽかんとした顔をする。
「ああ、あり得るかも。宗教の否定とか、当時としては革新的な事をしてたみたいだし。本で見た感じだとかなり異質なんだよね」
ユキもそんな事を言い出す。
「千年前って何時代だったっけ?」
カレンがそう聞く。
「日本だと平安時代だったような気がするけど」
私は社会科の歴史の授業を思い出して答える。
「微妙だな・・・、戦国時代なら、信長とか有り得る人物は居るんだけど・・・」
ユキが考え込む。
「向こうとこっちって時間の流れは一緒なのかな?」
リーナがそう言う。
「どっちにしろ本能寺の変て信長が50近くの時でしょ、魔王が最初にこの砦を奪った時はまだ若かったって話だから、違うと思うな」
私がそう言う。
「とすると、誰だろう?源義経とか?」
魔王が転生者と決まったわけでもないのに、ユキはそう言う。
「源平合戦とかは鎌倉幕府が始まる前だからそれも時期が少し違うかな」
私はそう言った。
彼の肖像画とか彫刻とかは当時の物は残っていない。
後世に描かれたと言う物の模写を見た事は有るが、元の世界の教科書の中のどの人物にも似ていない。
どの道、千年も前の人物なのだから確かめる術はない。
他の観光客が塔に上がって来たので、私達は順路に従って降りて行く。
私自身の感想だけど、その魔王と呼ばれた彼は転生者とかでは無いように思う。
遺跡を見た後は、周囲のお土産物屋を見て回り、少し早めに宿屋を取る。
食堂は無いが、部屋まで料理を運んでくれるタイプの宿だ。
観光地だけあって、安宿はあまり無い様だったのでここを選んだ。
また四人部屋にしてもらった。
「随分良いご身分だな」
夕食が運ばれてきた後にこっそりと私達の部屋にやって来たマックスさんがそう言う。
彼は私達がこの宿に入った後に時間をずらして入り、別の部屋を取っている。
嫌味ったらしい言い方だが、お土産物屋で買った髪飾りとかを見せ合っていたところだから、言われても仕方ない。
「怪しまれないために観光客の振りをしなきゃいけないんだから、しょうがないでしょ」
値切って買った安物の髪飾りを荷物に仕舞いながら、カレンがそう言う。
私はマックスさんを見ているが、やはり何か違和感がある。
何と言うか、嫌味とか言っているけど、実はあんまり怒っているという感じではない気がする。
「やっぱり、一人だけ食べてない人が居ると落ち着かないですから、どうぞ」
私はそう言って、彼をテーブルに着かせる。
椅子が足りないので、私はベッドに腰を掛けた。
「いや、俺は後で自分の部屋で食べるから・・・」
彼はそう言うが、私が無視してベッドで食べ始めると、諦めてテーブルに着いた。
宿の料理だけでなく、屋台で買って来た肉の串焼きとピザも有るので、十分な食べ物が有る。
マックスさんは二食分食べる事になるが、若い男性だからそれくらい食べきれるだろう。
なんだかんだ言いながら食べている彼を見ると、やっぱり悪い人には見えない。
「ともかく、明日はアルフレッド様の居る村に向かう事になる」
食べながら、彼が話し始めた。
「それは予定通りなんだが、昼間、少し気になる事が有った」
「え、何?」
マックスさんの話に、カレンが聞き返す。
「女の四人組を探し回っている男を見かけた」
彼のその言葉に、私達は顔を見合わせる。
「私達の事バレてる?」
リーナがそう言う。
「分からん。だが、どう見てもこの国の役人と言う風では無かった。と言うか、知り合いを探していると言う感じだったな」
私達は再び顔を見合わせる。
どう考えても心当たりは無い。
「ともかく、気を付けた方が良い」
マックスさんがそう言う。
「そうだな、明日は四人でまとまって動くのは止めるべきかな」
ユキがそう言った。




