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マックスさんの頼んだ日替わり定食がやって来たので、それを食べながら私達は今後の行動案を聞いた。
定食のメニューは兎肉のシチューとパン、夏野菜と海草のサラダだった。
パンは船旅中に食べていた様な保存のために固く焼いたものではなく、焼き立てのふっくらと柔らかいものだった。
サラダの味付けは塩だけだったが、酸味の強いトマトが味のアクセントになっていて良い。
「アルフレッド様は王都の東にある小さな町に隠れている。取り敢えずは観光客のふりをして王都まで行き、そこから町に向かう。入国時の審査さえ通ってしまえば国内の移動は割りと自由だから、それほど難しいことは無いだろう」
マックスさんがそう説明する。
席が無いので彼だけ立って居る。
「マックスさんも何か食べませんか?」
リーナが半分に千切ったパンを差し出す。
今は昼食には少し早い時間なので、定食を全部食べ切れるほど私達はお腹が空いていないのだ。
仕事の話をしているのに能天気なその言動に、彼は小さく溜息をついた。
「一人だけ食べていない人が居ると、何か落ち着かないんだよ」
マックスさんが何かを言い出そうする前に、カレンがそう言う。
また一つ溜息をついた彼だが、素直にパンを受け取る。
「これもどうぞ」
ユキが手を付けていなかった自分の分のシチューを器ごと渡す。
「てんこちゃん半分ちょうだい」
そして、私の分を食べだす。
私も一人で食べきれるかどうか分からなかったので、黙って食べさせる。
「それでだ・・・」
パンを一齧りしたマックスさんが、再び話し出す。
「実は俺はベルフォレスト家の使用人として働いていたから、面が割れている可能性がある。別に手配書が出回っている訳じゃないが、一緒に行動しない方が良いだろう。だから、移動時は君達だけで行ってくれ。必要な場面でだけ接触するつもりだ」
そう言ってくる。
女の子四人だけは目立つので避けたいと思ったが、そう言う事情では仕方ないかもしれない。
この店に来るまでの間でも特に問題なかったことを考えると、自分達の噂を気にするのも自意識過剰かとも思う。
「分かった。それで行こう」
ユキがそう言う。
細々とした話をした後、私達は食事を終え店を出る。
店主のおじさんにはちゃんと食事代を払った。
このお店自体が、ベルドナ王国の諜報機関の隠れ家みたいなものだそうだが、普通に食堂としても運営しているので、普通のお客さんも居て、お昼時が近くなってきていたのでその一般のお客が増えて来ていた。
その人達に不審に思われない為だ。
支払ったお金はワーリン王国発行のコインだった。
この大陸の多くの国では共通した通貨単位が使われている。
千年前に一度、大陸全土が統一された事があり、その時制定された通貨単位が今まで続いているそうだ。
通貨単位は同じだが、今は各国でそれぞれ違うデザインで鋳造している。
それでも、質が低い硬貨を造るとその国の威信にかかわるので、どこも最高品質で造っている。
その為、ほぼどの国の硬貨も一対一で両替が出来る。
両替手数料がかかるので、場合によっては他国の硬貨での支払いも出来る店もある。
それでも怪しまれない為に、私達は全ての路銀をバリス公国の物にしてきて、更に入国時にワーリン王国の物に両替している。
私達は店を出ると、ワーリン王国の王都ワーリンベルグの方に向かって歩き出す。
マックスさんは店の裏口から出て、私達に付かず離れずで追って来てくれるそうだ。
ワーリン王国唯一の大きな港町であるペールンから王都までは徒歩で三日程掛かるらしい。
物流の大動脈だから、街道は良く整備されていて、多くの人々が行き交っている。
道の脇には幾つかの露店も出ている。
私達は暫く歩いてから、露店でスイカを一つ買った。
「少し温いけど、喉が渇いてるから美味しいわ」
私がナイフで切り分けたスイカにかぶり付いてリーナがそう言う。
私は護身用の短剣とは別に、料理用のナイフを持っている。
短剣と言っても荒事に使う物だから、刃はそれなりに厚くスイカとかを切るのには向かないからだ。
私達は道の脇の石に座って休憩している。
「塩要る?」
私はみんなに塩の入った小袋を渡す。
塩は単体で使う事も有るので、スパイスミックスとは別にしている。
元の世界の糖度の高いスイカと違って甘みは少ないので、塩を掛けることで少ない甘みを引き立たせることが出来る。
暑くて汗をかくので、塩分補給にも良い。
「こうして見ると。この国も私達の国やバリス公国と変わらないな」
スイカを食べながら街道の風景を見て、カレンがそう言う。
一応、ベルドナ王国の名は出さないで『私達の国』と言っている。
夏の陽が降り注ぐ街道は長閑で平和に見える。
荷物を積んだ馬車や徒歩の行商人が行き交っている。
皆生活が懸かっているので、楽しそうという感じではないが、それでも無駄に必死な感じもしない。
彼等にとっては日常の活動なのだろう。
「そりゃ、敵の国だからって言って、常に薄暗くて背景で雷が鳴っている訳じゃないよ」
ユキがそう言う。
「何それ、漫画?」
リーナが笑う。
確かにそう言うイメージが有るけれど、実際は敵の国だからと言ってそんなことは無い。
ここにも人が居て、みんな普通に生活しているのだ。
入国直後は無駄に緊張していたリーナとカレンも今は普通にしている。
ようやく慣れて来たらしい。
変に悪目立ちしないからこの方が良いだろう。
スイカを食べ終わり、私達は再び立って歩き出す。
馬車の手配が出来なかったので、今回は徒歩だ。
この世界では徒歩で数日の旅とかは、割りと普通の事だ。
馬車は馬車で長時間乗っているとお尻が痛くなったりするので、自分で歩く方がある意味楽だったりもする。
私達は観光客らしく、楽しくお喋りをしながらゆっくりと歩いて行く。




