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春日部てんこの異世界器用貧乏  作者: O.K.Applefield
13章
119/215

13-1


 見渡す限りの海。

 潮の香りがする風が渡って行く。

 二羽の海鳥が頭上で舞っている。

「うおーえ」

 隣で、リーナが吐瀉物を海に還していた。

 私達は大きめの帆船に乗って、海の上を進んでいる。

「大丈夫か?」

 カレンが背中をさすっている。

「大きめの船だけど、中途半端に大きいから、割りと長い周期で揺れるのが不味いな・・・」

 リーナ程ではないが、こちらも気分が悪そうなユキがそう言う。

 朝日を浴びながら、私達は船の甲板で風に当たっている。

 船酔いになっているのは、リーナとユキ。

 私とカレンはそれ程気持ち悪くは成っていない。

 私の名前は春日部天呼。

 天が呼ぶと書いて、てんこだ。

 ちなみに、私は一人っ子だが、父親はもし下にもう一人女の子が出来たら、名前は地が呼ぶと書いて地呼チコにするつもりだったとか言っていた。

 何を考えていたんだか・・・

 幸い妹は居なかった。

 それはともかく、隕石の落下に巻き込まれてこの世界に転生して来た私達は今住んでいる所のベルドナ王国からの要請で、隣のワーリン王国に潜入する為、海路で移動している途中だった。

 目的はワーリン王国からの亡命者であるベルフォレスト子爵の叔父さんの脱出を手助けする事。

 その人はワーリンの賢者とか呼ばれている重要人物らしく、ベルフォレストさんの出奔によって立場が悪くなった為、今は隠れて暮らしているそうだ。

 御本人が高齢の為、単独での脱出は難しいらしい。

 何で私達がそんな事しなきゃいけないんだとは思うが、それには色々と有ったんだ。

 要は私達が幾つかの出来事で活躍したために、王国からの信頼を受ける様になったからだ。

 いや、ほんと、大した事してないんだけど、謙遜とかじゃなくて。

 一つは、戦争に駆り出された時に、敵の別動隊を足止めして、その事が全体の勝利の糸口に成った事。

 その足止めは、単に自分の身を守る為にしただけだったのだが、それを利用してエドガーさんが作戦を立てて、それがたまたま上手くいってしまったのだ。

 敵陣の突破口を開くのにも少し手を貸したが、最終的に決着を付けたのはロリアーネさんのお父さんのファーレン伯爵が指揮する騎兵隊だった。

 今年のテロ事件の時も、複数の敵の侵入者をくい止めたのはアルマヴァルト市内の各所に配置された兵士や協力者の人達だったし、ユキがロリアーネさんの身代わりとかをしたけど、私は大勢いた敵の内の一人を殴り飛ばしただけだった。

 ただ、その一人が敵の一番偉い人だったってだけだし。

 私としては、目立たず静かに暮らしたいのだ。

 それが何故か物事の流れを左右する重大な場面に出くわしてしまっている。

 おまけにどう言う訳か、なんだかんだでその事態を解決出来てしまっているのも困りものだ。

 いや、その場面では知り合いとかの命とかが掛かっていたから、解決出来て良かったんだけどね。

 ただ、その人を助けられただけで私としては良いんだけど、それ以上の評価が何故か付いてきてしまっているのが困るんだ。

 そのお陰なのか、なんか分かんない内に私は貴族に成っちゃってるし。

 女男爵とか言う、語呂の悪い奴ですよ。

 先日のモモの村での事もそうだった。

 彼女一人を助ければいいのに、なんだかんだ有って、最終的には海賊を撃退する羽目になってしまった。

 あれも実際に戦ったのはモモの住んでいた村の人達だったし、最後の海賊の親玉への止めはモモとアーサー君が刺したのに、私等の功績が大きい事になっている。

 その話はなるべく広まらない様に頼んできたが、どこまで口止め出来ているかは疑問なところだ。

 この世界に来る前はなるべく目立たないモブ人生を送りたいと思っていたし、ほぼそれが出来ていたのに、こっちに来てからは、どう言う訳かファンタジーモノの主人公みたいだ。

 いや別に、魔王だとか悪いドラゴンだとかを倒していないし、世界を救う程の活躍なんかしていない。

 魔法が有るファンタジー世界なのに魔王もドラゴンも居ないこの世界では、それでも十分賞賛されるらしい。

 去年駆り出された戦場、ベルドナ軍とワーリン軍が対峙した場所であるフラウリーゼ川から、私達はフラウリーゼの魔女とか呼ばれて名前が知れ渡ってしまっている。

 この先ワーリン王国に入る時に困るかも知れない。

 逆に有名に成り過ぎたお陰で、私達の真似をして女性だけ三人から四人位で旅をする人達が増えたのでかえって目立たないのかもしれないが。

 取り敢えず今はデリン商会の男の人が付いて来てくれているので、女だけの集団ではないので、不審に見られてはいない。

 まあ、この船自体デリン商会の持ち物なので、ある程度安心はできる。

 ただ、他に一般の乗客もいるし、今回の作戦についてはデリン商会の一部の人しか把握していないので、保険の為でもある。

 第一、商会と言っても実は一枚岩では無い。

 各国の支店はある程度その国に根付いているので、商会の人全員を信用できるわけでもないのだ。

 ワーリン王国の支店の人はそっちの国と仲が良いのは当たり前だろう。

 今の私達は当初の偽装案のまま、バリス公国のベネウィッツ男爵家の息女とその取り巻きという事にしている。

「お嬢様方、朝食の用意が整いました」

 船室の中から、私達に付いて来てくれたデリン商会の人が呼びに来た。

「大丈夫?ご飯食べれる?」

 一応お嬢様役のリーナに、カレンが聞く。

「ええ、吐いたら少しすっきりしたわ」

 船酔いでふらふらだった彼女が振り返って答える。


 私達が使っている船室の中に、食事が用意されていた。

 男の人は別室なので、今ここは私達だけだ。

 メニューは硬く焼かれた黒パンに、水で戻した干し魚のスープ、それとキャベツの様な葉野菜の塩漬けだった。

「またこれか、あんまり好きじゃないんだよな」

 漬物を見て、カレンがそう言う。

「ザワークラウトって奴だよ。ビタミンCが豊富だから壊血病の予防になる」

 ユキがそう言った。

 私達の世界の大航海時代に船乗りから恐れられた壊血病はビタミンCの不足から起こっていた。

 壊血病にはレモンやライムが効くと言うイメージが有るが、ビタミンCが入っていれば何でも良いのだ。

「まあ、私等は何日も船に乗る訳じゃないから、無理して食べることも無いけどね」

 続けて、ユキがそう言う。

 この世界ではまだビタミン等の存在は知られていないが、経験則で長期の船旅では果物や野菜の漬物を取った方が良いという事は知られているらしい。

 船の性能の向上の前に、魔法の助けで長期の航海が出来ていた為に、大分昔からそう言った知識が蓄積していった様だ。

 この船は定期的に沿岸沿いに行き来する交易船で、長期間海上を航海する訳ではないのだが、慣例的にザワークラウトが毎回の食事に出てくる。

「体に良いなら食べる」

 カレンが千切りになっているキャベツをフォークで刺した。

 乳酸発酵しているらしいツンとした酸っぱい匂いが広がる。

「あんた、体に良い物とか言われるとなんでも食べるよね」

 まだ船酔いの気持ち悪さが残っているのか、黒パンをもそもそと食べているリーナがそう言う。

「何でもじゃないよ、その情報源が信頼できないとね、ユキちゃんが言うなら間違いないと思うよ」

 カレンがそう答える。

「テレビの情報番組とかは真に受けない感じ?」

 ユキがそう聞く。

「それね、昔テレビでやってたダイエットをやろうとしてママにこっぴどく叱られたことが有ってね、あんまり極端なのは真似しない事にしてる」

 スープの中の魚を崩しながらカレンが答えた。

「極端なのって言うと、なんとか抜きダイエットとか、特定の物だけ食べるとかの奴?」

 パンだけでは食べ辛いのでスープに浸して食べだしたリーナが聞く。

「ああ、そう言うのはやらない方が良いよ。そう言えば昔りんごダイエットとかってのが有ったって聞いたな」

 ユキがそう言う。

 それを聞いて、私は昔父が言っていた事を思い出した。

「それって、私達が生まれる前から何回も流行ってるって話だ」

 私が話し出す。

「一日の三食の内どれかをりんごとかバナナとか単品に置き換える奴。それ位ならあんまり問題ないんだけど、極端な人ってどんどんエスカレートして最初一食だったのが、二食に成ったり、三食全部置き換えるとかしだすから、止めて欲しいってお父さんは言ってたな」

「お父さんりんご農家だったよね、りんごが売れるならその方が良いんじゃ?」

 カレンがそう聞いてくる。

「りんご農家なのはお父さんの実家。りんごダイエットが流行り出した頃お父さんまだ子供だったって言ってたけど、子供でもりんごしか食べなきゃ体調崩すのは分かるし、そうなったら逆に風評被害になってりんごが売れなくなるって思ってたって。まあ、三食置き換える程のバカな人はそんなに居なかったみたいで風評被害は無かったみたいだけどね」

「ああ、居るよね、加減が出来ないバカ」

 ユキがそう言う。

「私あんまり頭は良くないけど、そこまではしないな」

 カレンがそう言った。

「カレンはそんな頭悪くないと思うよ。ほんとのバカはゼロか百かだけでその中間が無いからね」

 ユキがそう言う。

 確かに、加減の出来ない人はテレビとかで〇〇の取り過ぎは体に悪いとかって言う話を聞くと、一生〇〇は食べないとか言い出してしまう。

 あくまで『取り過ぎ』がいけないのであって、全く食べないのもそれはそれで問題なのだ。

 例えば塩分の取り過ぎが体に悪いのは誰でも知っているが、逆に汗をかき過ぎて身体から塩分が抜けると体調を崩すし、最悪生死にかかわる。

 物事には丁度良い塩梅が有るが、それを考えるのは難しい。

 極端にゼロか百にすれば、考える事が少なくて済むが、それではいけないのだ。

「まあ、この世界じゃ、ダイエットとか考えてらんないけどね。食べられるだけで何でも有り難いわ」

 リーナはそう言って、ザワークラウトを口にした。

 酸味の強い漬物を食べられるくらいには体調は回復してきている様だ。

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